第52話 2ヶ月後

集落生活を始めて2ヶ月程が経った。最近はもっぱら修行の日々だ。集落の狩りについていって山のことを教わったり、集落内の広場で体術・剣術の基礎を教えてもらっている。


ここに来た初日に体は魔法で治してもらったから、厳しい訓練もなんとかこなせた。腕の骨折も完治したよ。まだ2ヶ月なので、ちょっと動けるようになったという程度だけどね。


狩りの手伝いで少しだけだがお金を稼げた。日々のご飯代にちょっと足りないくらいだが、ありがたい。その他生活に必要なものは買わなければならないので地味にお金も減っていったが、まだやっていけている。狩りも剣術も教えを受けている身なので贅沢は言えない。


相棒こと国境付近の町で買った靴は1ヶ月ももたずにご臨終した。新しい相棒を買って、ついでにテントも買ってしまった。「自宅」があるとはいえ、野営道具はやっぱり必要だ。周囲に人がいる所で野営する場面もこの先あるだろうし。武器は相変わらずのナイフ。体格的に短剣もまだ振れないし、お値段的にも手がでない。


主な出費はこのぐらい。後は明かり用の油とか、服の補修用の布、針、糸とかこまごまとした物を買ったくらいかな。


スローライフってわけではないけど、そのための準備期間と考えればかなり充実した時間を過ごしていると思う。思うのだが・・・。


最近集落の連絡網で不穏な話が届いたらしい。アロンソ王国との国境付近の動きがキナ臭くなっているということだ。既に小競り合いが何度か起こったという情報もあるようだ。


詳しくはよく分かっていないようだが、それってもしかして俺のせい?俺がコラリオに逃げたからかな?まさかね。


俺がコラリオに逃げたことで、ミスリル化銀貨事件の黒幕はコラリオ王国だ!的な流れができたりなんかしちゃったりして、ドンパチ始めちまえって雰囲気になった的な?


いやだなー。こわいなー。俺が投じた1枚の銀貨が戦争の火種でしたって?ヘビーだな。とても11プラス45歳の一般人に背負える荷物ではないっす。


そんなつもりじゃなかったなんて言っても、誰ひとり許してくれないだろう。ファンタジー的にはもはや俺は魔王の参謀的ポジションになっているのではないだろうか?裏で混乱を引き起こす悪魔の子キーン。


そうだ!人類の敵キーンを吊るし上げろ!お前はこれ以上生きていちゃいけないヤツだ!360度敵。これぞ四面楚歌。しかも俺には仲間なんていない。まさに無理ゲー。


俺はゆるりと生活したかっただけなのに!そうだ!俺はちょっとお金が欲しかっただけなんだ!誰だってお金は欲しいはずだろ?俺だってあんた達と同じだよ!お金が欲しかっただけなんだよ!


うん。これこそ三流犯罪者の定番のセリフベスト3くらいに入りそうなやつだ。しかし冗談じゃない。実際に戦争なんて始まったらどうする?小競り合いはもう起こっているというじゃないか。死人も出ているんじゃないのか?俺はその人達に対してどうすればいい?


まったくどうしようもないな。ただ俺だって死にたくない。責任を取れと言われても、そんな責任俺にはないぜ。俺はミスリル化した銀貨を落し物として届けただけだ。何も悪いことなんてしていない。むしろ褒めて欲しいくらいだ。その後の国の思惑だの、権力闘争だのは俺の知ったことではない!


俺がクズ野郎なのは認めよう。反省して今後はもっと考えてから行動するようにもしようじゃないか。だからって自首なんてしないぜ?俺は危なくなったらすぐに逃げる。幸い山での動き方はここで勉強できた。逃げるときには大いに役立つだろう。


と、散々考えて見たわけだが、国境での小競り合いが俺のせいなんてさすがにないよね。ちょっと妄想を飛躍させ過ぎたわ。


とはいえ実に不本意だが俺はもうダークサイドの住人に登録されているだろう。国境でのゴタゴタから俺に対して変な噂が広がる可能性はある。最近アロンソから来た子供は指名手配犯だみたいな。これだって考えすぎだと思うが、そろそろこの集落は出たほうがいいな。当初の予定通りさらに隣国へ脱出だ。


借りている家に戻って荷物をまとめることにする。かさばる重めのものは「自宅」に投げ入れる。保存食もまだ結構残っているからすぐに出発しよう。


ここの人達には随分世話になったから、何もお返し出来ずに去るのは心苦しいけどまぁ、いいか。俺はひ弱な逃亡者のクソガキに過ぎない。下手に別れの挨拶して何か勘付かれたら逃げるのが困難になる。そんな可能性は低いけど。


お礼として銀貨を5枚ほど置いておこう。皆さんごめんなさい。今の俺にはこれが精一杯です。集落の入り口の門までゆっくり歩く。ちょっとひとりで狩りに挑戦しますと言って門を開けてもらい外に出た。さようなら。


まずは南に下って、それから東に抜けよう。他の集落を避けるように移動するのがいいな。出発が昼過ぎだったので、すぐに辺りが暗くなってくる。


あと1時間もすれば完全に闇のなかだ。少しでも視界が広くとれるところを探して「自宅」に潜ろう。


「やっと見つけたぞ小僧」


心臓が大きく胸を打つ。この声は・・・黒ずくめの男か?


「分かっているんだろう?抵抗するなよ?俺だって子供相手に拷問みたいなマネしたくないからな」


チッ!この嘘つきめ。お前の目には復讐の炎がチラついてるぞ?まさかここで見つかるとはな。すでに遅かったのかクソ。これでも心配し過ぎなくらいの行動だと思ったのに・・・。


姿を見せたのはこいつだけだが、絶対に仲間がいるはずだ。仕方ない。ここで「自宅」へ緊急避難だ!・・・なんだ!体が動かない。


何かに固定されている?魔法・・・先手を打たれていたのか。道理でヤツがのんきに姿を見せるはずだ。クソ!やられた。


「お前の魔法は見せてもらったからな。先に縛らせてもらった。さあこれから楽しくなるぞ」


俺は腹パン一発で気を失ってしまった。あぁ新鮮な空気が吸いたい・・・。

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