第33話 もう無視無視

帰ろうとしたら獣人族の女がいきなり横にあらわれた。目線を動かすと首に刃物が当たっているのが見える。腹立つわー。なんなのこいつら。動きがめちゃくちゃ早かったし・・・なんかの魔法か?


「動くなと言ったはずだ」


精霊野郎が偉そうに警告してくる。マジで何なのこいつら?テロリストなの?質問には答えたよね?かまってちゃんなの?質問があと何千個あるのか知らないけど、こっちはそんなのに付き合ってらんねぇよ。


「いい加減にしてもらえませんか?」


さすがにこれ以上は我慢できん。頭が沸騰してるな俺。でももうとめられない。


「なんだと?」


「なんだと?じゃねぇんだよ。盗賊野郎。金が欲しいなら早く言えよクソ野郎共」


精霊野郎は目を見開いている。他の連中も同じ様な反応だ。


「盗賊?金?何をいっている。ケンカ売っているのか?我等は冒険者だ!」


「は?子供相手に執拗につきまとって首筋に剣を当てるやつらが冒険者?そんなのは盗賊の仕事だろ?お前らがホントに冒険者だってなら、冒険者ってのは随分偉いんだな?裁判から死刑執行までなんでもできるってわけか?勝手に家に帰ろうとしたから死刑!ってか?」


「お前が怪しい行動をしていたから話を聞こうとしていただけだ!怪しい奴が逃げようとするのを放って置くわけにもいかないから動きを封じたまでのこと!後ろめたいことが無いならどうして聞いたことに答えず逃げようとした!」


「は?お前らが偉そうに聞いてきたことには答えただろ?あのゴブリンは俺がやったと。それともなんだ?お前らが納得するまで質問に答える義務が俺にあるとでも言うのか?俺はお前らの奴隷か?命令されたことにはハイハイ従え!俺は冒険者様だぞ!ってか?」


「熱くなりすぎだランカム!ゴクノバは剣を収めろ!子供相手に何をやってるんだ!その子の言う通りだ。俺達は盗賊じゃないんだぞ!」


人族のおじさんが仲裁に入ってきた。獣人女は不満気に剣を収め、精霊野郎はおじさんと小声で話し始める。エルフ女は眉間にしわよせてこちらを睨んでいる。癇に障る野郎共だぜ。話がまとまったのか人族のおじさんが俺の前まできた。


「すまなかったな。お前みたいな子供が明らかに不審なことをしていたんだ。こっちもそれなりに警戒してな。つい詰問するかたちになってしまった。許してくれないか?」


おじさん。あんたとなら話ができそうだがもう遅いよ。首に剣まで当てられて今更YOブラザーってわけにはいかないんだよ。


「・・・もちろんです。こちらこそ盗賊なんて言ってすみませんでした。お互い誤解があったようですね。それでは僕はもう帰りますので」


「待ってくれ。もう少しだけ話を聞かせてもらえないか?正直言ってお前は怪しい。それはお前だって分かっているだろ?俺達としては後で変な犯罪や揉め事に巻き込まれたくない。ぼうや気をつけて帰れよってわけにはいかないんだ」


なかなか弁の立つおじさんだな。言い回しが俺好みだ。うまく丸め込まれてしまいそうだわ。まあこのままおとなしく帰らせてもらえるとは思ってなかったけどな。


「分かりました。こんな所で立ち話ではまずいでしょう。街へ戻るまでなら付き合いますよ」


「了解だ。じゃあすぐに出発しよう」


面倒なことになったなぁ。我ながら熱くなりすぎた。最近忙しくて、ストレス溜まってたのかな。もう「自宅」使っちゃおう!って気になってたもんな。


これはまずい。「自宅」の使用を前提にしているといつか人格破綻者になりそうだ。っていうかもうやばいんじゃね?さっきはもうやる気満々だったからな。王都に戻る間に人族のおじさんことドミニクさんと話をする。


「そうか。キーンは文官養成学校の生徒なのか。その年で優秀なんだな」


自己紹介がてら俺の素性を簡単に話す。別にやましいことなんて何もないとアピールするのに丁度いいし、このぐらいは話さないとヤツラは納得しないだろう。


もちろんあちらさんの話も聞いた。ドミニクさんの冒険者パーティーは王都に来て3ヶ月程らしい。だからか文官学校のことも知っていた。


「いいえ。孤児院の院長先生がよくしてくれただけですよ」


「そうか。孤児なのか・・それで先程のことをもう一度聞かせてもらえるか?」


「ええ。自分が他人に疑われるようなことをしていたという自覚はありますからね。でも先に言っておきますが、犯罪や厄介事とは関係ありません。ドミニクさん達が見た通りですよ。僕はゴブリンを殺して埋めていた。そこに貴方たちが現れた。それだけです」


「なるほど。ゴブリンはどうやってやったんだ?アレはキーンのような子供が殺せる魔物ではないはずだが」


「首の傷は見ましたよね?それですよ」


「だからそれをどうやってやったんだと聞いているんだ!」


エルフ女が横でキーキー鳴いている。全くよぉ。無視だ無視。


「仲間がすまないな。俺も知りたいんだ。教えてもらえないか?」


「ドミニクさん。それはできません。教えて僕になんの得があるんですか?」


「・・・その通りだな。キミのような子供に言われるとは思わなかったよ」


ドミニク兄貴は苦笑している。エルフ女がまた何やらさえずっていたが雑音として処理することにした。


ドミニクさんとは王都まで王都まで世間話をして帰った。終わった話を蒸し返すこともなく、なかなか有意義な時間だった。ただここでもエルフ女と精霊野郎がちょいちょい絡んできたので全て無視してあげた。


「じゃあなキーン。俺達はまだしばらく王都にいると思う。今度飯でも奢るよ」


「そういうことならぜひ」


ドミニクさんと別れ寮に戻る。はぁ、しんどい。なんとか殺されずにすんだ。かなりギリギリだったな。当分は魔物狩りは中止だ。あいつ等は俺を疑っているだろうからな。


今回は運がよかったんだ。ドミニクの兄貴がいなかったらどうなっていたことやら。普通にアウトだっただろうさ。そして俺の人生終了。あっけないもんだ。


しかし俺はまだ生きている。だったらやり直しはいくらでもできる。調子に乗っていた分を修正する必要がある。


魔物の死体を持っているのがバレた時用のいい訳をしっかり考えとかないと。そうするとミスリル化した銀貨用のも準備しときたい。ただ「自宅」を使っているところを見られては言い訳のしようがないと思う。それに関してはどうすればいい?あぁ頭のなかがグチャグチャで考えが纏まらない。


今回の反省点は俺の怒りの沸点が低すぎたこと。斬られた後ではもう遅いが、あの場面ではもっと我慢できていたはずだ。「自宅」の保険はあったのだから。


相手の感情に簡単に巻き込まれてしまったよ。その辺を狙って煽ってくる奴にとってはいいカモでしかない。


冒険者をちょっと舐めてたな。もっとしょぼいもんだと勝手に思っていた。あの利己的なギルド組織では碌なヤツがいないだろうってさ。


でもあの獣人の女の動きは尋常じゃなかった。魔法の類なのは間違いないだろう。

冒険者の認識を改めなきゃだめだなこれは。


俺はゆっくりとだらだらした毎日を楽しく送りたいのに、こんなシリアス展開になっちまってげんなりだよ。キンキンに冷えたビール飲みたくなってきたわ。


はぁ。言い訳のレパートリー考えるのダルいなぁ。加えてジャンピング土下座に代わるスキルも習得せねばなるまい。だって考えても見てよ。ジャンピング土下座では射程が短すぎるし、どうしてもこっちが後手後手になっちゃうでしょ?


うーむ。ホント面倒くさい。

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