第31話 魔石なんてありません

コボルトはぐったりしていてあまり動かない。もうかなり弱っている。二日近く飲まず食わずだもんな。このまま衰弱して死んでいくのを待つこともできるが、今ここで殺すことにする。


「自宅」をいつまでも使用不能にしておくわけにもいかないし、なにより魔物に刃を突き立てる経験が欲しい。やれるよな?やるんだキーン。やればできる!布袋からナイフを取り出して再度「自宅」を発動。ゆっくりとなかに入る・・・。


弱ってるとはいえ魔物は魔物。何があるか分からない。一撃でも喰らったら柔らかい子供の体なんてひとたまりもないだろう。ふーふー。呼吸が荒くなる。はっきりこわいよ。


ここで止めたい気持ちがどんどん湧いてくるけど・・・やらなきゃこの先ジリ貧だぞ?一生この「自宅」に引きこもって生きていくつもりか?危なくなったら外に出ればいいんだ。そうだ。


よし!よし!よし!3、2、1オラ!


はーはー。ひーひー。ふぅ。終わった。息が苦しい。膝がガクガクする。手が震えて嫌悪感がひどい。泣けてくるぜ。これで俺も一皮剥けたか?


見るのも嫌なこのコボルトの死骸は明日にでも林に埋めにいこう。穴を掘る道具を見つけておかなければ。


あぁ。魔物を狩って討伐部位をギルドにもっていくと報奨金が貰えるよ。コボルトもいくらかになるはずだ。でもこの2体はこのまま埋める。10歳の俺だぜ?どんな言い訳したって怪しすぎるだろう。これは仕方ない。欲張って自滅したくないもんね。


あぁあ。「自宅」の掃除もしないとな。とりあえず体を洗いたい。服とナイフもやらないとか。体がダルい。いや気持ちが萎えてるだけか?いつにも増してやる気が出ないっす。


それにしても魔物は魔力を吸収して力を増したり、進化するってわけではなさそうだ。もしそうなら「自宅」のなかにいる間にパワーアップしていなければおかしい。濃密な魔力にあてられて逆に弱ってしまったのか?その可能性もあるか。単純に飲まず食わずが原因で弱った説の方が有力だけど。


浴場で体を拭いてついでに頭も洗ってさっぱりした。気分も少し回復してきたわ。

落ち着いてきたところでなんとはなしにミスリル銀化したコインを取り出して見てみる。さらにミスリル化を発見した後に追加で入れた銀貨3枚も確認してみる。


一応いれてから2ヶ月くらいは経っているはずだが、ミスリル化はしていない。普通の銀貨と比べても何も違いがないように見える。2ヶ月くらいじゃだめなのかな?最初の銀貨は半年近く放置しておいたもんな。それくらいの時間が必要なのかな?まぁこれはしばらく様子をみよう。


そうそうこの世界の魔物には魔石なんてものはありません。本にもそんな記述はないし、ギルドやどこかのお店でも見たことはない。ファンタジー定番の魔道具なんてものもないのだから、魔石がないことぐらい変ではない。当然始末したコボルトにもなかったよ。


さぁ、そろそろご飯の時間だ。食欲はないけどちょっとくらいは食べないと。


「キーン大丈夫か?なんか顔色悪いけど・・・」


「ロッキさん。大丈夫です。ちょっと疲れただけですよ」


夕食後はロッキさんのお部屋で世間話。体調にまで気を遣ってもらってありがたいなぁ。


「そう?ムリはしないようにね。けど疲れたって、あのことかな?」


「あのこと?相変わらずロッキさんは謎情報をもってるみたいですね。なんのことですか?教えてくださいよ」


「フランソワ・オーネス様のことだよ。随分仲が良いみたいじゃないか。今日の図書館のことも噂になってるみたいだよ。もう少し気をつけないと貴族様にいい顔されないよ?」


チッ!それはそうだろうな。孤児風情が貴族のお嬢様と仲良しこよしなんて、あちら側の気に入る話のわけがない。


「はぁ。そんな噂になってるとは知りませんでした。フランソワ様に謝罪をしなければいけませんね。いつもいい情報をありがとうございますロッキさん」


「いや、隣同士だし、年は離れているけど友達じゃないか。それに僕は商人の子だよ。少しは伝手もあるんだ。キーンは優秀だから、今のうちに恩を売っておかないとね。いつか返してくれればいいからね」


正面からハッキリ言われると嫌な感じはしない。さすがに商人の子だとアピールするだけのことはあるぜ!こういう関係は大好きだ。面倒なところがない。


「ハハハ。ロッキさんのそういう正直なところがみんなに好かれるんでしょうね。あぁそういうものかと、ついつい納得してしまいますよ」


「そんなことないよ。こういうのが嫌いな人だって結構いるからね。人によって使い分けたいけど、僕もまだまだだよ」


これで15歳とは末恐ろしいな。いやこんな危険がいっぱいな世界だからこそ早熟になるのかな?


「ロッキさんを敵に回したらこわそうですね。嫌われないように頑張らないと」


「ハハハ。怖がられた商売上がったりだよ。やっぱり僕はまだまだだね。僕だってそんな損得だけ考えてるわけじゃないよ。そんな人間は誰からも信用されなくなるでしょ?キーン?その顔は疑ってるね?ハハハ。面白い。これだからキーンと話すのは楽しいんだよ」


ロッキさんはホントに嫌味がないな。尊敬するわ。俺の脳内劇場も風刺劇の幕を上げるタイミングがない。


さて明日は家庭教師の日か。モロン君の練習問題作らないとな。事前に準備しとけばよかった。なんて浅慮なキーン君。しかし貴重な現金収入だ。辞めるわけにはいかんのですよ。


2時間ほど使って算術の問題を作ってからベッドに入るキーン君なのでした。

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