第30話 優秀なお嬢様

ハムストリングこと太ももが大ダメージを受けたのも今は昔。昨日の俺はもうここにはいない。しかしなぜだ?ハムストリング的なところが痛い気がする。


痛い気がするっていうか痛い。まだ筋肉痛が続いている。子供なんだし、ファンタジー世界なんだから異常な超回復ぐらいサービスして欲しいところが、現実はここにある。そうハムストリングに。


すみません。ハムストリングって言いたかっただけです。今日も朝からダルいです。このままゴロゴロしてから、ご飯でも食べてさらにダラダラしたいです。


もーいいよぉ。ミスリルを適当に売っちゃってさ、まとまった金を手に入れてさっさと田舎で隠居しようぜ?なんて甘い誘惑の声が聞こえてきます。


スローライフ!お前はいつだって魅力的だよ。孤児院のみんながオラにパワーを分けてくれていなかったら、俺はその誘いに躊躇なく乗っていただろうな。そしてあっさり軟禁生活ってか?いや監禁生活だな。


やれやれ、そろそろ着替えて朝ごはんを食べにいくとしますか。腹が減ってはなんとやら。おばちゃん、Aセット大盛りで!


ご飯を食べて教科書類を持ったら、早めに部屋を出る。私は平民ですよ、貴族の皆様から話しかけられる価値もない底辺の人間ですよオーラを出しながらフランお嬢様のいるクラスを目指す。


えーっと2階の一番端のはずだから・・・ここか?ほかの生徒の視線が刺さるぜ!どれどれ、間違ってここに来ちゃった感を演出しながらこっそり確認だ。


お嬢様はいずこに?あらら、いるね。普通にいましたよ。よかった。怪我とか病気の線は薄くなったわ。やば、お嬢様と目が合った。面倒なことが起きる前に撤退だ!


しかし遠めから見た限りではお嬢様はお元気そうだったな。じゃあ最近は何かで忙しかったのかな?いや待てよ?こんな風には考えられないだろうか?俺を避けていたと!!俺と顔を合わせるのが嫌だから図書館通いを止めていた。うん。可能性はあし、妙にしっくりくる。


もしこの名推理が当たっていたら、さっきの俺ってとんだストーカー野郎じゃないか?身の程をわきまえず、友達感覚で心配したりして申し訳ありませんお嬢様!


バースよ。お前と練習したジャンピング土下座の出番かもしれない。いつでもいけるように体あっためておこう。


お嬢様の件が気になって授業にいまいち集中できない。前にも言ったが貴族相手の冗談はある意味命がけなのだ。ストーカー云々だって相手がそう言い張ったらそれまでのこと。ついつい調子にのってしまう自分が情けない。頼むから勘違いであってくれ!


そんなこんなでやっと放課後。やってきました図書館に。そしていましたお嬢様。

いまだ!オレのターン!ジャンピング土下座!


「キ、キーンどうしたの?大変、具合でも悪いのかしら」


「フランソワ・オーネス様。お許し下さい。どうか、どうかお許し下さい」


「・・・ついていらっしゃい」


フランお嬢様はそう言うとどこかへ向かって歩きはじめた。こののまま明日まで土下座でアピールする作戦もあったが、お嬢様を追いかけるほうが楽なので、安易な道を選ぶことにする。


今の一幕を見ていた観客からの視線がこわい。きっと色々な意味が含まれているんだろうな。お嬢様は美人だし、俺は平民で孤児だし・・・。もう冷や汗ダラダラっすわ。


図書館の北側の出入り口から外へ出て、ちょっとした庭につくとベンチに座るように言われる。ここなら人もあまりいないので、図書館の談話スペースよりは目立たない。さすがのご配慮です。お嬢様!


「キーン。先ほどのあれはなに?」


やべぇ。めっちゃ怒ってるよ!ちょっとそこの人、僕の顔見てもらえませんか?

死相・・・出てますよね?


「キーン。こたえなさい」


「はい。フランソワ・オーネス様に対する数々の失礼な振舞い。このキーン、若輩者ゆえ気づくのが遅れてしまいました。先ほどは私の最大限の謝意をご覧いただこうと思った次第でして・・」


「待ちなさい。あなたは何をいってるの?無礼な振舞いってなんのことかしら?怒らないから話してごらんなさい」


最近お嬢様が図書館に姿を見せなかったこと、心配になってクラスを訪ねたらお嬢様はお元気そうにいらしたこと、それで自分が避けられているのでは?と思ったこと、ならば原因は自分の失礼な発言や馴れ馴れしい態度だろうと考えたことなどを話してみた。


「あなたは誤解しているわ、キーン。わたくしは最近少し用事があって学校をお休みしていたの。その用事も済んで今日からまた学校にこれるようになったのよ。ふふふ。わたくしの心配をしてくれていたのね。ありがとうキーン。弟がいたらこのような感じなのかしら?」


セーフか。よかった。しかし調子に乗っていたのは間違いない。お嬢様のほんわかした性格に甘えてしまっていたな。いくら優しいお嬢様でもこの人は貴族の一員。あちら側の人間。その言葉ひとつで俺は死刑台へと歩かされる。


「ありがとうございます。そのようなお言葉は私などには過分なもの。ただただ恐縮するばかりでございます」


「キーン。どうしたの?いつものあなたらしくないわ。先に言っておきますけど、今になって貴族だ平民だというお話なら聞きたくないわ。面白くないもの」


さすがお嬢様だ。こちらの考えを読んでいる。だからこそ今まで友達感覚で付き合ってこれたわけだが・・・さぁどうしようか。ここで縁を切るのは簡単だ。しかしそれをさせないだけの魅力がお嬢様にはある。悩ましいところだが・・・。


ただ、これ以上仲良くなってしまっては計画に支障が出るだろう。守るべきは自分と孤児院の皆のみ。とても残念だがお嬢様とはここでお別れか。さてどう切り出したものかな。


「キーンにはお土産もあるのよ。前に魔法に興味があると言っていたでしょう?わたくし魔法を使えるようになったわ。どうかしら?話しましょうか?それともやめる?」


こ、こいつ勝負どころを間違えねぇ。確実に攻撃を当ててきやがる。ご馳走の臭いだけ嗅がせておいて、最後の最後で皿を取り上げる気か?単純だが効果的だよ。押しても引いても俺の負け・・・か。


「もちろん聞きたいです。お姉様、おっと失礼しましたお姉様だなんて親しい口をきいてしまって。フラン様。是非にもフラン様のお話をお聞かせ下さい」


「ふふ、いつものキーンでいてくれるのね。わたくし嬉しいわ」


こいつも町長と同じだな。俺をお抱えの道化か何かと勘違いしてやがる。お優しいお嬢様。あんたのことは結構好きだったが、どうやらそろそろ分かれ道が見えてきたぜ。俺はこっちであんたはあっち。別々の道を進もうじゃないか。


フランお嬢様は治癒魔法をおぼえたということだ。国の許可やそれにまつわるお金の話も聞くことができた。簡単に言ってしまえば国の許可は主に貴族向けのもの。


魔法使いという存在は管理したいが、現実的に難しいのは分かっている。貴族は柵があるため国に許可を求めるが、貴族でもない他種族なんかが魔法使いを勝手に増やしたところで管理なんかできるわけない。


貴族でないものが無許可で魔法使いになったのがバレても、登録申請をしろといわれるぐらいで特にお咎めはないようだ。


あんまり強く言っても相手は魔法使い。反発されたらやっかいだ。人族の国で人族に命令するならまだ強くも言える。しかし他種族相手では事情が変わる。種族間の揉め事ってやっかいだもんね。


もちろん貴族がそんなことしたら重罪らしい。そして面白いのが、魔法は一人一つしかおぼえることができないというもの。


魔法使いがおぼえられるのは師匠から継承した魔法ひとつだけ。二つ以上はおぼえられない。もちろん過去には二つ以上会得しようと研究もされたし、実験も行われたようだが、どれも成果は得られなかったらしい。


そうなると魔法使いはおぼえたい魔法に合わせて師匠を選ぶということになる。一人一つなのだから、治癒魔法をおぼえたら火の魔法はもうおぼえられない。火魔法を選んだら水はダメ。とまあこんな感じで、例外はないそうだ。


女性には治癒魔法が人気のようで、フランお嬢様も高いお金を払って師匠を雇い、治癒魔法を継承したということだ。師匠とはいったものの完全にビジネスの関係だね。魔法さえおぼえたら特に指導などを受けるわけでもなく、それっきりでバイバイって話だしね。


魔法を見せてあげましょうか?と言われたが丁重にお断りさせていただいた。久しぶりに嫌なことを思い出して脂汗が出たよ。あぁ切断された俺の指よ!


魔法に関しては今まで調べることを躊躇して避けていたが、思わぬところで情報を得ることが出来た。いい話を聞かせてもらったな。


フランお嬢様と別れて、寮の自室に戻る。ドアに鍵をかけて深呼吸をする。先ほどまでもある意味修羅場だったが、これからまた大事な仕事を始めなければならない。皆さんご存知「自宅」内部のコボルト君を始末するのだ。


気が重いけど・・・どれ様子を見てみましょう。

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