アジアの純真

『アローアロー、皆様こんにちは。今日も空からワタクシ、ウィンディアハートくんが午前10時をお知らせします。本日は一日快晴、最高気温は20度に最低気温は14度、湿度21%に金利は0.5%と大変過ごしやすい一日となっております。こんな日は思い切ってピクニックでも繰り出したりホホホモールでショッピングなどはいかがでしょう?そして帰り道に定期預金を組めばパーフェクトな一日となること請け合いです。それでは皆様良い一日を。ホホホ~ホホホ~ホがみっつ~、あなたの街にホがみっつ……』


 一点の曇りも無い澄み渡ったスカイブルーの空に、一隻の飛行船が浮かんでいる。

この国の国民は日に一度、必ずこの飛行船を目にする。飛行船自体は彼らにとって特に珍しいものでは無いのだが、この飛行船だけは特別である。

 雲一つない晴れの日も、逆に隙間なく雲に覆われた曇天でも、必ずこの飛行船だけは目に入る。何故か。色がショッキングピンクだからである。国民に天気予報やニュース、連邦政府からの告知を国民に届けるためにマイクの音声が届く程度の高さを飛行している上に、全長100mを誇る巨大飛行船であるこの「ウィンディアハート

くん」は、どんな色彩の空に浮かんでいても目立ってしまう。ホワイトでなくとも

レッドやシルバー、或いはサンライトイエローなどであれば昼間に見える煌びやかな星と言えなくもなかっただろう。しかし現実はどうしようもなくミスマッチであり、幻覚から飛び出してきたピンクの鯨としか言いようのないこの物体は、一日たりとも

欠かすことなく空に浮かんでいる。

 見る者が見れば悪夢にしか見えない光景だが、それに不満を唱える者はこの国内には誰もいない。何故か。である。


 「大公様。本日はウィンディア204号の巡回飛行にご搭乗頂き、誠にありがとうございます。本機は間もなく予定されたフライトを終え、ホホホ第一空港へ帰港いたします」


 コントロールをオートに設定し操縦桿から手を離した機長が、後ろの男に報告をする。肩越しに振り返りながらではなく、席を立ち、最敬礼である。

 白かった。

 機長を始めとしたスタッフ全員が機体と同じ、目も眩むようなショッキングピンクの制服に身を包む中、この男ただ一人だけが純白を纏っていた。この船内だけの事ではない。この国において白を纏うことが許されるのは、唯一この男のみである。


 「ご苦労。機長と副機長、他の者達も大儀であった。これからも公国の空の秩序を担う者として、抜かりなく勤めてくれることを期待する」

 「ハッ!我ら、常に三つの微笑みを胸に!」

 「うむ。我ら、常に三つの微笑みを胸に」


 ホホホ銀行第一セクターから始まり、今や世界の七割を覆いつくすに至ったホホホ公国。その二十六代目当主にして現大公、穂澄将源ほずみしょうげん

 積み上げられた岩石のような体躯を持ち、 何事にも揺るがぬ鉄塊の心を宿す。

 数多の修練と試練をこなし、跳ね除け、並み居る継承者候補を全て下し、「冠」を勝ち取った男。

 それが現在、この世界を支配している男である。




 「ご当主様、査察お疲れ様でございました。一度お屋敷へ戻られますか」

 「いや、良い。このまま城へ向かってくれ」

 「かしこまりました」


 執事の運転するリムジンの後部座席に深く腰掛け、瞑目する将源。

 リムジンは黒であり、また執事も同様に黒スーツと黒のボウタイを身に着けているが、これらを伴うこともこの男のみに許された特権である。彼以外の者がこれらを

保有する場合、リムジンの色はラメ入りメタリックパープル、執事はターコイズブルーのスーツと決まっている。

 ホホホ公国においては全ての物のカラーリングが予め法律で定められており、その色彩規定から外れる事は認められない。それらの色彩デザインはファッションデザイナーであった初代党首の妻が決定したものとされる。故にこの規定に縛られないのはファーストレディであった彼女よりも上の地位である、「大公」ただ一人なのである。


 目を開け、流れゆく外の街並みを眺める。

 将源はこの時間が好きだった。

 ビビッドイエローの道路を、ナイルグリーンの車両が駆け抜けてゆく。

 ダークブルーの住宅街では、カーマインレッドの母がだいだい色の子供と手を繋いでピクニックへ出かけてゆく。

 抹茶色の飲食店からランチを終えたヴァーミリオンのサラリーマン達が現れ、ビリジアンのオフィス街へと気忙しそうに戻ってゆく。

 その合間合間をエアホバリングで移動する最新型ハートくんTH-03。彼らの役割は都市機能の保全管理と治安維持、そして営業であり、そのカラーは堂々のゴールドであった。

 この極彩色の街を眺める度に、将源は少し疎外感を覚える。

 何故自分だけが白なのか。

 

 それが象徴としての「王」である自分に課せられた義務である事は理解している。

 それは分かっているが、やはり少し寂しくなる。

 その寂しさを嚙み締めるのが、将源は好きだった。

 その寂しさを勲章に、王は唯一己と同じ色を纏う城へ帰還する。


 ユーラシア大陸中央に位置する大東亜ホホホ公国第一都市、首都「ホホホ」。

 無数の色が氾濫する、狂った虹色の都。その中心部に君臨する、天をも貫かんとする白亜の王城。

 それが「大公」穂澄将源の居城でありホホホ公国の政府中枢でもある、ホホホキャッスルである。


 

 「それではこれより、定例大幹部会議を始める。一同、国父に敬礼」

 「「我ら、常に三つの微笑みを胸に」」

 

 ホホホキャッスル第一大会議室。

 見渡すほどの広さがある広間の奥の壁には、高さ10mにも及ぶ巨大な肖像が飾られている。この肖像に描かれた人物こそホホホ公国初代大公にして国父、そして元

穂澄銀行頭取、「穂澄源一郎」である。将源はこの国父に瓜二つで、その点も彼が継承者にふさわしいと判断された理由の一つであった。ここでの閣議を行う際はまずこの肖像に敬礼を行うのが習わしであり、それは現大公とて例外ではない。

 中央には巨大な円卓が置かれており、その円卓を大公と各部門を統括する幹部が囲む。しかし肖像の前にある「上座」は大公の物と決まっている。また、纏う色も大公はピュアホワイトだが幹部連はチャコールグレーである。彼ら幹部連は継承者争いにおける敗者達であり、最終選抜の結果に応じてポストが割り振られる。


 「一同、着席。それではいつも通り各部門の報告から。先ずはIT部門からだ」

 

 大公の右手に座す男が進行を務める。聳え立つ岩山のような将源と対照的に研ぎ澄まされた日本刀のような佇まいのこの男、「穂澄源水津ほずみみなみつ」はホホホ公国において最も重要であるとされる金融部門の統括を任されており、この地位は継承者争いの第二位が就くことになっている。またその呼び名も「頭取」という、「大公」の次に意味の重い物となる。

 

 「IT部門、極めて順調です。ハートくんの新OS開発も佳境に迫っており、ファクトリーのファームウェアアップデートも問題なく進んでいます。また、人材育成も過不足なく、次代の優秀なエンジニア達が目覚ましい成績を上げています」


 「それは結構。では『パンドラ』の解析はどうなっている」


 「そ、それは……特に優秀なエンジニア達を集めたスペシャルチームを結成し、目下全力で当たっておりますが、作業は困難を極め……」


 「焦らずとも良い。一朝一夕で出来ることではないのは分かっている。しかし、『パンドラ』の解析こそが現在のIT部門における最重要目標であることは忘れるな。手を休めることのないように。次、食料部門」


 「食料部門、より効率的な製造法の開発はIT部門の協力もあって問題なく進んでおり、生産量は前年比45%にも上り、また栄養に関しても多くの栄養素を含有させるだけでなく、吸収効率の面においても研究を進めています。天然由来の食品サンプルを入手できれば、より大きな成果が見込めると思われますが……」

 

 「ハッ、バカな!いまさら獣の肉や土塗れの草木を口に入れろというのか!新人類である我らの口には到底入らぬわ!」


 「源義はらよし、口を慎め。合成食料とて万能ではない。あらゆる可能性を想定し、あらゆる保険を打っておくべきだ。食品サンプルについては検討しておく」


 既に世界の七割を手中に収め、実質的に世界の覇者であるといえるホホホ公国であったが、それは世界の全てを手にしたという事を意味せず、また恐ろしく歪な欠点を幾つも持っていた。その一例として、ホホホ公国には。彼らが口にするのは化学物質由来の合成食料のみである。その他にも、かつての国家群が概ね保有していたいくつかの基本的な技術分野を彼らは根本から喪失していた。そしてその喪失を、持っていた他の技術で埋め合わせることに成功したのが彼らの繁栄の理由であり、同時に不幸と狂気の源であるとも言える。


 「……以上で各分野の報告は終了だな。それでは先日発生した、新たな議題について話そう」

 

 場がざわつく。

 幹部連の殆どが考えたくもない、到底信じられないといった面持ちである。

 

 「先日、エリアW-17、18、19がファーヴニル派の襲撃に合い、管制システムをクラッキングされ、我らの支配領域が失われることとなった。これによりエリアSW方面が我らにとって侵入不能領域となった」


 「驚きですな。まさか未だに火薬で鉛を撃ち出して喜んでいるあのサルどもにそんな真似が出来ようとは。何かの間違いではないのですか?一帯のハードウェアが経年劣化で軒並み停止したとか」

 

 「強制シャットダウンされる寸前にmz-h010が送ってきた映像では、奴らは電磁

パルスを発生させるスタンロッドを装備していたようだ。それで内部構造にダメージを与えたらしい」


 場に新たなどよめきが走る。

 

 それは彼らの常識からして、一層有り得ないことであったからだ。


 「バカな!電気工学はではないか!」


 「まあまあ、そう興奮なさらず。かつて原始人は自ら木を擦り合わせて火を付ける方法を自ら発見したと言うではありませんか。ならば連中とて、いい加減軽い電気の一つや二つ起こせてもおかしくはないでしょう。しかし、それが我らのエレクトロニクスを上回ることは有り得ません。そうですな源水津頭取?」


 「その通りだ。所詮は追い詰められた鼠の悪あがきにすぎん。そもそも奴らが撃退したmz-h010は、使い道のなくなった旧式のガラクタでしかない。むしろ在庫処理が出来て良かったというもの。そして今度は我らの番だ」


 「しかしそうは言っても、一帯のシステムが落とされたなら新たにハートくんを派遣することもできますまい。まさかいまさら人間の兵力を派遣するおつもりで?」


 「その必要はない。既に準備は整っている」


 源水津が会議室入り口で待機していた配下に目をやる。

 それを受けた配下が一度部屋から出て、新たなスーツ姿の男を伴い戻ってきた。

 しかし、それは明らかに人間ではなかった。

 その顔には目も鼻も口もなく、ただはめ殺しのレンズが一つあるだけだった。体表はゴムと金属の中間のような材質で覆われ、メタリックシルバーに輝いている。そしてスーツ姿のその背中からは、白金に煌めく羽根が生えていた。

 

 「こ、これは……」


 「私が秘かに開発を進めさせていた戦術特化型ハートくん、Typeメタトロンだ。完全なスタンドアローンの自律制御型で、管制システムエリア外でも問題なく任務を遂行できる。また全ての外装が新素材で構成されており、従来の防弾、絶縁などの防御性能はそのままに、より高い水準へ到達している。攻撃面においても最早トリモチ弾や洗脳ナノマシーンなど野暮ったいものを用いたりはせん。純粋に殺傷を目的とした兵装を複数内蔵している」


 「素晴らしい……なんという美しさだ。この姿、まさに国父様が遣わして下さった天使と言うべき神々しさよ」


 「流石は源水津頭取、いつの間にこんなものを。相変わらず微塵も隙の無いお方ですな」


 「しかしこれはようやく先日ロールアウトにこぎつけたばかりで、まだこれ一体しか存在せん。量産には今少し時間がかかる。しかしそれが済み次第、まずは奪われたW-17、18、19へ派遣し奪い返す。そしてそのまま一気にファーヴニル派の本拠地まで攻め落とす。大公、この作戦にご許可を頂けますか」


 将源が立ち上がり、ただ一言、重々しい響きをもって宣言する。

 

 「許可する」

 

 「ありがとうございます。それではこれをもって定例大幹部会を解散とする。全員、起立。我ら、常に三つの微笑みを胸に」


 「「我ら、常に三つの微笑みを胸に!」」


 閉会の幕が落とされる。

 彼らの顔は皆一様に、自信と勝利への確信と歓びに満ち満ちていた。

 我らこそが勝者である。我らこそが正義である。

 即ち、我らこそが真理である。

 ホホホ公国に栄光あれ。 









 ホホホキャッスル最上階、大公居住区のバルコニー。

 この国に、これより高い視点は存在しない。ウィンディアハートくんも、このバルコニーより高く飛ぶことは許可されていない。

 その最も高き場所に、二人の男が佇んでいた。


 「なあ、源水津。俺には分からない。一体何故こうなるんだろうな」

 「何がだ将源。分かるように話せ」

 「彼らの事だよ。何故彼らは俺達を拒むんだ。こんな美しい俺達の世界を、文化を。俺は別に彼らが憎いわけじゃない。皆殺しにしたいわけじゃないんだ」

 「ファーヴニルの連中か。今更言っても始まらん。80年前の大戦でウロボロスが滅び、より多くの領域と技術を我らペンドラゴンが支配した。そしてその結果、戦力勾配が生まれた。一度傾きがつけばもはやその勢いは止まらん。それが全てだ」

 「だったらなおさらだろう。もう勝負はついているといってもおかしくない。なぜ彼らはああまで拒むんだ」

 「それがそもそも奴らの生まれた理由だからだ。奴らは

 「分からない。俺には分からないよ。何故、分かってくれないんだ……」


 将源と源水津の眼下には、ホホホキャッスルの城下町、ホホホキャッスルランドが広がっている。将源はこの光景が何よりも好きだった。世界中にこの光景を広げたかった。この、完成しないことに腹を立てて地面に投げつけられたルービックキューブの様なこの都を。

 将源は信じている。いつかは皆分かってくれるだろうと。きっといつかはこの極彩を受け入れてくれるだろうと、心から信じている。

 (何故なら、俺の横には源水津がいる。)

 何から何まで、体の形から心の在り方まで全て正反対で、今日までの一生を争い競い合った弟が俺の横に立って同じ光景を見てくれている。それだけで将源は確信できた。

 源水津は何も言わず、将源の横に佇んでいた。

 源水津は、ただ空を見ていた。どこまでも澄み渡る蒼い空を。


 

 

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