六話 その2

 網毛根沼の 南側はね、海へと 繋がっていて。

西山が崩れて 真ん中辺りが、少し狭まった 瓢箪みたいな形の沼で

陸の方からは 今は 巴川と言うけど、ちいさな小川が流れ込んでおって。

 海側の沼の水は 海水が混ざった水質。陸側は 殆ど真水だったんだけど

やっぱり 潮の満ち引きで、水位が変わるから 沼底がむき出しになる時期も

あって、特に 陸側の沼には、水草が生えてたんだと。その水草が、網の様に

生い茂っているから、網毛根沼と 言うんだよ。

 水嵩が ある時に、小川の所から 舟を出して 海に出たりもしていたけど。

船に 良く水草がまとわりついて、身動き出来なくなる時もあったそうだよ。



 ある時 鳥が、水面を泳ぐ カエルを見つけて、それを咥えて 飛ぼうとした時

態勢を崩して、足を水につけてしまって 水草が絡まって、飛び上がれなかった。

 鳥が もがいている そこへ 後ろ向きで 漕いできた舟がやってきて

その舟も 同じ様に、水草に絡まって 前の方がつんのめった勢いで、舟の中に 

水が入り込んで、沈みかけた。

 舟の主は 大急ぎで、沼に飛びこんで 沼岸へ泳ぎ着いたけど。舟は ドンドン

沈んだ。


 同じ塊の草に 足を取られたままの、鳥は 舟が沈むのに 巻き込まれて

どんだけ足掻いても 上がれない。

 それを 見かけた、蛇が 水草をかき分けて、絡まった草を 何とか取って

やったんだけど、冷たい水に 羽を濡らしてしまって、鳥は ぐったりしていて

もう意識が なかったようなんだね。

 それを 懸命に、沈まない様に 沈まない様に、何とか 舟の上に 押し上げて

やるんだけど、その度に 舟が沈んで。とうとう 蛇も、力尽きてしまって。


 鳥も 蛇も 舟も、一緒に 沼の底に・・・


 それを見ていた 舟主が、大変申し訳ない事をした とは思ったけれども

自分も 必死だったから、仕方のない事と そのまま 家へ帰った。


 それから後 村には、雨が降らない日が 何日も続いて。

小川の水も 干上がり、網毛根沼も涸れてしまい 岩がむき出しの

沼底になり、あの時 沈んだ舟も 露わになった。

 あの時の 舟主が、舟を引き上げようと 沼に入って行ったそうだよ。

すると 舟にもう少しの所で、足を掬われて ドンドンどんどん 体が沈んでいき

そのまま 飲み込まれてしまったんだと。


 それを 聞いた村の長老が、もしかすると  蛇は 神の使いとも

聞いているし、しかも その蛇は、白い蛇だったとも聞いて。祟りかもしれんと

祠を建てて、蛇と鳥を 一緒に祀る事にしたんだと。

 そうしたら 急に雨が降ってきて、沼一面 水で溢れる様になったそうだよ。

それからは 村の皆で、春と秋と 祠の前に お供え物をして、大事にして

きたんだけど。いつの時だか ふっっと祀るのを忘れたんだと。


 そうしたら やっぱり雨が降らん年になって、沼が干上がった。

小川の水も無くなり、農作物に 被害が出たんだと。これは いけないと

慌てて お供えをしたんだけど。それからは 沼が水で溢れる程は、雨は

降らん様になったらしい。


 それでも 沼のあった所は、いつもジメジメしていて 真ん中辺りが

こんもり盛り上がっておって、そこら辺が 丁度、舟が沈んだ所ならしいよ。

 その盛り上がった とこからは、キレイな水が湧いておるから その水を

飲むと、ずっと 健康で居れるやら、何やら 色々と、ご利益があるらしいけど。

その近くの どこかに、底なしの場所もあるらしいから 人々は中々

近寄れんかったらしいねぇ。


 最近では 小川を川幅を大きく、整備して 沼に直接 つないで、沼自体も

大きくなって、今は 三日月湖になったんだけどね。その時も あの舟が

沈んだ辺りは 触れなかった様で。

 あの柵がしてある所が そこなんだよ。未だに 潮の満ち引きの加減で

水が少しついたり 時々するもんで、あぁやって 囲ってあるんだよ。


 ただ… 年に2回、今時期だねぇ 潮の加減なんだろうねぇ

沼が一面 満々と水で溢れる事があるんだよ。その時の 水を飲めると、蛇と鳥の

ご利益で ずっと仲良しで居れると聞いてるよ。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 と、その時 やすおばさん 家の、電話が鳴った。

やすおばさん が出ると

【ようちゃん ユキんとこの、おじいさんからだよ】

ようちゃん が、電話に出た。

「うん あぁ!やっぱりぃ」

「うん うん!今 その話を聞いてたとこだった」

「うん!わかった ありがとう、おじいさん」


 ようちゃん が 飛び跳ねながら、戻ってきた。

「昨日の おじいさんの話を、知っている人が居たんだって」

『うん それで?』

「その話は ここの入り江の話だって」

【あぁ 海と繋がっているからね】

「うん その人が言うには、網なんとかって沼だったって」

『それじゃぁ~』

【やっぱり そうなのかぃ。おばさん も、2人の話を聞いて もしかして、そうなのかもしれないなぁと思ったよ。そんな おばさんは、星座の話までは 知らなかったからねぇ~ そういう話もあったんだねぇ】

「すごい偶然!」

『ホント すごぉ~い!』

「『すごいね!』」


 『えっ?じゃぁ 沼に水が溜まる日って、いつなんだろう?』

【あぁ 今時分には違いないけど、ろくさん なら わかるかもしれないねぇ】

「あ でもさっき、水がつくって言ってなかった?」

『そう!だから あぶないって』

【今日が その日なのかもしれないね。電話で聞いてみようか?】

「『お願いします!』」


 おばさん が 電話で尋ねてみると

【水がつく日は 今夜ならしいよ】

『わぁ!じゃぁ その時の水を飲むと良いのね!』

「すごいね」

【あぁ でもこれからは、暗いし 明日 朝早くに汲みに行こうね】

『えぇ だって…』

「うん 鳥座が出てる時じゃないと」

【それって いつなんだい?】

「ぅ~ん… わからないけど、真夜中から 明け方の話だと思う」

『うん』

【そんな時間は 無理だよ】

『えー』

【その時間に行かなくても 水は、早朝辺りまでならあるよ。早く起きて 行く事にしよう。何も その時のでなくったって、水さえ汲めればいい訳だし】

『えぇ~~ぇ』

「キーちゃん そうしよ」

『はぁ~い』

【じゃぁ ご飯にしないとね。もう こんな時間だよ。2人は お風呂へ入っておいで】

「『はぁ~い』」


 ご飯を食べて、明日に 備えて、早めに 床に就いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る