天狗のリドル

なのめ

 

 祖父じいの形見を整理していたときのこと。

 旅の備忘録らしいノートの余白に、こんな走り書きがあるのに気づいた。


「卵から生まれてくるけど、生き物じゃない。逆立ちしたら、シワだらけ。赤い顔して、夏のお山に立っている。これ、なんだ」


 多趣味だったじいは、なぞなぞ作りもしていたようだ。でも、肝心の答えが書かれていない。ヒントを探し、走り書きのあるページを読んでみる。


「○年七月×日。

 高尾山。東京都八王子市。標高五百九十九メ-トル。

 京王線高尾山口駅から一号路→薬王院参拝→山頂→四号路→一号路。

 下山後に蕎麦を食す」


 この年、七月の高尾山でじいは何かを見つけ、それでなぞなぞを作ったらしい。

 窓の外を見た。七月の太陽が照りつけている。

 まるで、じいがあの世から挑戦状を送ってきたようだ。受けて立ってみるか。


 さっそく、翌朝早く、高尾に向かった。

 登山口のある京王線の高尾山口駅へは、新宿から電車で一本。

 JR線なら高尾駅で乗り換えて一駅だ。

 事前に調べたところ、最近の高尾山はミシュラン三ツ星評価になったり、駅前に温泉ができたりで、休日は激混みだとか。

 フリーの編集者という職業柄、締切さえなければ平日に動けるのがありがたい。

 服装はTシャツにジーンズ、足元はスニーカー。

 リュックサックには、駅に置いてあるガイドマップ、雨具、水のペットボトル。じいがよく持ち歩いていた氷砂糖。それから、じいのノートを入れた。

 登山道はいくつもあるが、ノートに書かれたルート通り、一号路から登ることにする。山中にある真言宗の寺・薬王院まで舗装された、初心者向けの参道だ。

 とはいえ傾斜はそこそこ急で、すぐ汗まみれになる。立ち止まって飲む、ぬるい水がおいしい。

 天狗信仰のある山岳修験の山だけに、暑い中にも背筋がぴんとなるような清浄な雰囲気がある。なぞなぞの「赤い顔」は、やはり天狗絡みだろうか。

 露出した根が蛸の足みたいな蛸杉の前で、外国人カップルに頼まれて写真を撮ってあげた。

 日本語は話せないが気さくな二人で、これから「さる園」に行く、と言う。

 山の中で猿山観察ができるのも、高尾山のひとつの売りだ。

 参道を抜け、薬王院に着いた。本尊の大日如来と飯綱大権現にお参りする。

 飯綱大権現は、白い狐に乗った烏天狗の姿なんだとか。

 烏は「卵」から生まれる。仏が神として姿を現した権現は「生き物じゃない」。

 一瞬、解けた!と思ったけれど、「逆立ちしたらシワだらけ」部分が腑に落ちない。きっと、正解は他にあるはずだ。

 奥の院から山頂に出た。日陰の少ない山頂は暑い。一休みする人たちは、人種も服装も様々。足元も、素足にサンダル、登山靴、なんでもありだ。

 山頂の茶屋は座れそうだったが、昼食には早い。

 持ってきたペットボトルはもう空だったので、自動販売機で水を買う。

 トイレを済ませ、口に氷砂糖を放り込んで、四号路から山を下り始めた。

 樹々の緑が深くて涼しい。足の裏で踏む土や木の根の感触が新鮮だ。

 このままなぞなぞの答えが見つからなくても、それはそれでいいかな、という気がしてくる。氷砂糖の懐かしい甘さを、ゆっくり味わう。

 「疲れを取るには、これが一番」と、じいの真似をして言ってみる。

 山を下るときはベタ足で、膝を少し曲げろ、と繰り返し教えてくれたのも、じいだった。うるさいなあ、と思ったものだけど。

 深い谷に架かった、わずかに揺れる吊橋を渡りきったとき。

 あ、と息を呑んだ。

 道の脇の斜面に、何か「赤い」ものが立っている。

 キノコだ。

 柄の根元に「卵」の殻のような白いふくらみ。

 朱色がかった赤の傘の裏には、たくさんの「シワ」ひだがある。

 iPhoneにキノコの特徴を入力し、検索にかけてみる。

 夏に見られるキノコの仲間で、テングタケ科のタマゴタケというらしい。

 天狗の山に生える、天狗のような赤い色の、テングタケ科のタマゴタケ。

 よく見ると、タマゴタケは近くに幾つも生えている。白くて丸いのは、生えたばかりなのだろう。上の方が割れ、赤い傘の色が覗いているのでなければ、小さな卵そのものに見える。

 ノートを取り出し、じいのなぞなぞの下に、タマゴタケ、と書く。

 「これ、正解だよね」

 呟いたときだ。

 遠くから、ハ、ハ、ハァ!と、大きな笑い声のようなものが響いた。

 もしかして、天狗?

 それとも、じい?


 下山を再開して少しすると、蛸杉で会った外国人カップルが下から登ってきた。

 “この先で、卵から生まれるけど生き物じゃない、赤い顔して立っていて、逆立ちするとシワだらけ、な何かに会えますよ”

 少しばかりあやしい英語で言ってみる。

 “リドルなぞなぞ?”

 “猿、じゃないよね。何だろう?”

 答えはお預けにして、氷砂糖とm&m’sのチョコレートを交換して別れた。

 一号路に合流し、麓に着くと、ちょうど昼時になっていた。

 ケーブル駅前に軒を連ねた蕎麦屋を物色しながら、あの二人は答えを見つけられたかな、と考える。

 正解すれば、谷にまた、大きな笑い声が響くかもしれない。

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