第3話
十二月も半ばを過ぎた。相変わらずスタジオに
クリスマス・ライヴの当日本番が、もう質量を
で、今は練習合い間の休憩時間。
俺は半分ぼけっとしながら、水を飲んだり、手首を回したりしている。極度に集中した後は、その反動でぼけっとしやすい。俺はぼんやりと周りのみんなを眺めていた。
リンさんとユキイチロウさんは、つい先ほどまでここのオーナーと話をしていた。当日参加する他のバンドのことや、もろもろの段取りなど。しかしオーナーが去ってからは、ずっと楽曲の議論をしている。
ミヨは一人で練習していた。ミヨはその見た目や性格とは裏腹に、タフだった。長く集中していても、俺みたいに反動はないようだ。一人でベースを弾いて、不安な部分を繰り返し練習している。
一瞬、リンさんが俺を呼んだ気がして、俺は視線を移した。しかし、二人はこちらを見ていない。たまたま話の中に俺の名前が登場しただけで、呼んだわけではないようだ。
こちらを見ていないことをいいことに、俺はしばし、リンさんのことを眺めた。
どうして『Rumble Wish』が、クリスマスのライヴに重点を置くようになったのか。
元々Rumble Wishは、リンさんとユキイチロウさんの二人だけでスタートしたバンドだった。結成したのは、三年と少し前だと言う。
大学に入って初めて楽器を手にしたユキイチロウさんは、友人グループのバンドにギタリストとして加わり、その年の文化祭で演奏を披露した。すると、当時高校生だったリンさんが、たまたま友人とその文化祭に来ていて、ユキイチロウさんのギターとユキイチロウさん自身に一目惚れをした。当時からとても行動的だったリンさんは、ライヴ終了後のユキイチロウさんたちの下へ押しかけ、なんとそのままバンドの一員に加わる約束まで取り付けたと言う。
リンさんはリンさんで、幼い頃から歌が好きで、高校に入ってからはギターも弾いていたらしい。だけど周りにはバンドをやるような人がいなくて、ずっと物足りない日々を過ごしていたようだ。
そのバンドが何と言うグループかは知らない。だけど、リンさんが入ってからは、それはもういろいろあったらしい。
リンさんは、何と言うか……、とてもわがままで高飛車な性格だった。今でもその片鱗は存分に
……そうそう、『Rumble Wish』は、〝やかましくおねだりをする人〟という意味だ。これは二人がバンドを作ろうと決めた時に、ユキイチロウさんがその当時のリンさんを指して名付けたものだそうだ。それぐらい、ユキイチロウさんにとって、手を焼いたということだろう。
話は戻って。その二人がいたバンドはどうなったか。
周りがみんな避けたがったリンさんを、最終的にはユキイチロウさんが受け止めた。と言うより、始めからリンさんはユキイチロウさん目当てで入ったのだから、ユキイチロウさんが自然と何とかしなければならない立場にいたそうだ。当時付き合っていた女性とも別れ(リンさんが付いたことでフラれた)、わがままが強くて周りと馴染めないリンさんを、時間を掛けて大人にした。
そうして、周囲との溝を埋めたところで、自分やリンさんの技量がそのバンドでは窮屈することを見極めると、二人でそのバンドを抜け、Rumble Wishを結成した。
で、何だっけ? ……そうそう、クリスマス・ライヴだ。
クリスマス・ライヴは、Rumble Wish結成後に初めてやったライヴだ。
その時は、助っ人としてドラムとベースを入れたのだそうだが、実質二人で成功させたことになる。その時に初めてリンさんとユキイチロウさんは、お互いの可能性を知り、お互いを深く認め合った。そこで初めて未来に展望が開けたからこそ、クリスマスのライヴは特別なものになったのだと言う。
しばらくぼけっとしていると、視界の隅で俺はそれに気が付いた。
ミヨもまた、いつしか二人のことを見つめていた。
……いや、二人を、ではなく、ユキイチロウさんを、だろう。
だけど、その願いは届かないんだ。後からやってきた俺たちには、二人の間に入る隙すらないんだ。
俺とミヨは、Rumble Wish結成の翌年に正式参入した。ミヨが春ぐらいに、俺は秋口ぐらいだったか。ミヨはバンドを募集しているところを拾われて、俺はドラムを募集していたところに応募して入った。
四人になって、それから二回のクリスマス・ライヴを経て、俺とミヨはメンバーの一員として自信が持てるようになったし、リンさんとユキイチロウさんもそれなりに俺たちのことを認めてくれるようになった。
──だけど、それでもしかし、それとは別に、リンさんとユキイチロウさんの間には、特別な信頼関係があった。
手放しで信頼し合えて、絶対的に肩を寄せ合うことができる、そんな絆が……。
その願いは届かないんだ。
俺は言ってやりたかった。
スタジオを出ると、目の前の通りにはまだ多くの人や車の姿があった。
時間はまだ早い。今日はスタジオの設備点検の関係で、早く出なければならなかった。最近は少しオーバーワークが過ぎていた。せっかくだからと、今日は早めに解散して休もうと、ユキイチロウさんのお達しもあってのことだ。
ミヨは用事があると言って、俺より一足先に帰った。だから俺は、一人アーケード街を歩く。
なんとかしてやりたいという気持ちがあった。
ミヨのことだ。
ミヨがユキイチロウさんと結ばれることは、まず不可能だ。そりゃあ、ミヨがユキイチロウさんと結ばれたら、俺にもチャンスが出てくるってものなのだが。しかし、リンさんとユキイチロウさんが別れるなんてことはまずないだろうし、そんなところは決して見たくもない。俺もミヨも、あの二人が連れ添っている姿を見るのが好きなんだ。
それに、例え俺やミヨが、リンさんやユキイチロウさんと結ばれたとしても、俺たちには今のあの人たち以上の信頼関係を築くことはできないだろう。
俺もミヨも、そのことがわかってしまっているのだ。
だから、せめて、ミヨがクリスマス・ソングを書けるように。Rumble Wishとしてリンさんが歌える、みんなを幸せな気持ちにさせられるような曲が書けるように。
好きなんだ。
どうしようもないぐらいに。
俺はリンさんのことが。
ミヨはユキイチロウさんのことが。
だから、同じ気持ちを共有している俺が、何とかしてあげたい。何とかしてあげられるはずだと思っている。
……しかしなぁ。
とは言え、実際には何をどうしてあげられるのだろうか?
俺は人混みの中を、とぼとぼと歩く。アーケード街に流れる呪いのヒットナンバー。もう気が早いってこともないだろう? と言わんばかりに、ボリューム高く鳴り響く。その中を、やはり浮ついたように歩く、たくさんの人、人、人。早く練習を上がったことが、こんな災難を呼び寄せる。
しかし俺には、アーケードの外を歩くほどの寒さ耐性はないのだから、ここは苦汁をなめて耐える他ない。
駅までが遠くに感じられる。前の人間が道をふさいでいる上に全然進まないから、一向に距離が縮まらない。クリスマスまで後どれぐらいもない。心なしか、普段よりもカップルの姿が多いように見受けられる。
フン、人の気も知らないで。俺は心の中で毒づく。俺だって、ミヨだって、好きな人とああして並んで歩きたい。手を繋いで、いいところで食事をして、プレゼント交換をして、それから……。
そうすれば、ミヨだって、ステキなクリスマス・ソングの一つだって書けるはずだ。俺だって、人に幸せを運ぶ演奏ができるかも知れない。
すべては、ゴールの形を知らないからいけないんだ。
しばらくよそ見をして歩いていたから、俺は誰かとぶつかってしまった。
「あ、すいません」
俺は言って、その人を見る。
するとその人は、サンタクロースだった。
「いえ~」
と言って、俺に愛想のいい笑顔を向ける。
「今なら全品、30%オフ! プレゼントセールの実施中でーす!!」
サンタクロースが大声で言った。とても忙しそうに、店の中と外を駆け回っている。
クリスマスもまだなのに、ご苦労なことだ。
俺はそのサンタクロースを見つめて、それから『プレゼントセール』の文字が
要は、クリスマスを知らないからいけないんだよな。
俺の中で、何かがすとんと
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