刺客
学内序列
今更になるが、魔術学園は世界に一二しかない。アメリカ、ロシア、ドイツ、フランス、中国、韓国、朝鮮、オーストラリア、エジプト、ブラジル、日本、そしてギリシャ。
各地にある魔術学園は、魔術協会の下部組織である。魔術協会の支部はこれ以上の数あるが、基本はこの一二の国の協会が大きい。これらは常に魔術学園を管理し、操作している。
その権力が現れる最も典型的な制度が、魔術学園内の序列制度である。
魔術学園に入学した生徒達には、一年生一学期の期末試験で序列が与えられる。魔術の才、実力、知識などを計り、ランキングにしたものだ。これを使って、魔術協会は学園の魔術師達の実力を計っている。そして序列上位の生徒には、いち早く推薦状が送付されるのだ。
そして、今年入学した
「大丈夫? 姫子ぉ?」
「無理です、眠いのです、疲れたのです……クタクタなのですぅ……」
「姫子、まだ
「はい……先輩まったく手加減なしなのです……今日もこのメニューをこなすまで、休憩なしだったのですよ」
そう言って、古手川は友達にケータイのメールを見せる。そこに書いてあったメニューを見て、友達全員少し引いた。
腕立て伏せ二〇×百。
腹筋二〇×百。
背筋二〇×百。
スクワット五〇×五〇。
魔術による的当て、三〇発連続で当たるまで継続。
これらが終わるまで、寝ることは許さんということだった。学内の体育系部活動でも、ここまでのことはしない。と、陸上部とハンドボール部、剣道部の友達は思った。
「姫子、これ全部やったの?」
「はい、なんとか……三〇発連続はキツかったですが、なんとかやり遂げたのです。成長した気がするのですよ」
「そりゃあ、これだけやって成長しない方がおかしいよ」
「ってか姫子、本当に大丈夫? 無理してない?」
「無理は……正直してるのです。でも先輩は、私を強くしてくれようとしてる。私のために、時間を割いてくださっているのです。だからやらないと! 私は、先輩の一番弟子ですから!」
「……姫子ぉ!」
友達三人に抱き着かれる。古手川の小さな体では足りなかったが、一人に頭を抱えられてなんとか事足りた。
「姫子、頑張って! 私達応援してるからね!」
「なんかあったら言って! 私達なんでも付き合うから!」
「愚痴だって聞くよ! 全部聞いたげる!」
「あ、ありがとうございます。古手川姫子、これからも精進して参ります!」
仲良し四人組、六錠のお陰でより団結する。そんな中一人の女子生徒が、開いている教室の扉をわざわざノックした。
「失礼。古手川姫子さんのいる教室はここ?」
「古手川は私ですが、何か……?」
「少し話があるの。付き合いなさい」
「はぁ……わかりました」
古手川が謎の生徒に連れて行かれた同時刻。六錠
教室の全員、生徒でもない一般人の登場に疑問が浮かぶ。だがその相手は六錠扉。誰も質問などできるはずもなかった。
「で?」
「で、ではありません。何度も申し上げている通り、お願いしたいのですが」
「……俺に、そのなんとかって奴の面倒を見ろと?」
「はい」
六錠は一息吹く。そしてしばらく考えたか、それとも考えていないのか、外を見つめた六錠は、窓に映る女性の姿を見上げて言い放った。
「帰れ。そんなどこの馬の骨とも知らん奴の面倒を見るほど、俺は暇じゃない」
「謝礼は支払わさせてもらいますが……」
「俺がいつ金を出せと言った。金を出せばなんでも言うことを聞くと思うな、バカ」
「バカ……」
「わかったらさっさと帰れ、目障りだ」
結局、六錠は一度も女性の方を見ることはなく、その話を断った。女性はその場からそそくさと退散したが、まだ諦めていないことを六錠は顔を見ていないため察せなかった。
だが、そんなことはどうでもいい。今の六錠の頭の中は、古手川の特訓メニューのことでいっぱいだった。
最近はそればかり考えている。それは何より今の古手川の目標を、一つに絞っていたからだった。
話は、二人がギリシャから帰ってきた一週間後。今から約二ヶ月まえに遡る。
「期末試験、ですか」
「そうだ。とりあえず目先の目標として、そこに的を絞る」
六錠は運ばれてきたコーヒーに口をつける。その目の前で、古手川は特大サイズのパフェを食べていた。場所は東京のとあるレストランの禁煙席。ちなみに料金は、それぞれ持ちである。
「一年最初の期末試験。そこでおまえ達一年には、学内序列が与えられる。魔術学園で過ごす以上、ついて回る階級制度だ。高い方が、より今後の将来が約束される。おまえには、その上位百位以内に入ってもらう」
「ひゃ、百位以内?!」
思わず声が大きくなり、周囲の人々の注目を集める。しかも立ち上がっていた古手川はすぐさま座り直し、落ち着くために水を飲んだ。
「せ、先輩……いきなり百位以内って、今の私には無理では……? マナちゃんと違って百位圏内確実と言われてたわけでもありませんし……」
「あいつだって、まだ序列は貰ってなかったんだ。もしかしたら百位から零れてたかもしれないだろ。すべては可能性の話だ。あいつは百位以内に入る可能性が高かった、それだけだ」
「でも私には、その可能性が……」
「あぁ、低いな。これ以上ないくらいに低い。
そんな、はっきりと言われなくても……さすが先輩、厳しいのです。
「だがな、古手川。励ますつもりじゃないが、それはあくまで可能性が低いって話だ。絶対に無理、なんて言ってない。可能性は零じゃない。おまえにも、可能性があるんだ」
「先輩……そ、そうですよね! 私だって頑張るのです! みんなに負けないのですよ!」
「ちなみに今年度の日本魔術学園の生徒総数は、八二六人だ」
「……やっぱり、無理な気がしてきてしまったのです……」
「序列には俺達二年や三年もいる。その中でいきなり上位百位以内に入るとなれば、かなりのイレギュラーだ。例外と言ってもいい。しかも今年の一年は、かなり曲者揃いと聞いている。その中で奴らを蹴落とすのは、なかなかに骨だな」
「うぅ……ちなみにですが、先輩は去年何位からスタートされたのですか?」
「六位だ」
さ、さすが先輩なのです……やっぱりすごいのです。でも、なんだか私はやる気が……やる気が削がれていくのですぅ……!
「試験は筆記、実技、実戦の三項目に分かれる。おまえの場合、魔術の知識と技術は問題ないだろう。あるのは実戦だ」
「実戦……」
「数があるからな。実戦だけは三日に分けられて試験される。一日一戦で全三戦。それで計られる」
「き、厳しいのですね……」
「そうだな。上位百位以内に入るとなればこの三戦を確実に……さらに時間制限に余裕を持って勝たないといけないだろう。課題は多いぞ」
「うぅ……」
六錠はコーヒーを飲み干す。そして古手川のパフェに刺さっていたチョコスティックを一本取り、口に
「とりあえずだ。時間制限や戦術はどうでもいい。とにかく勝て。何より勝たないと、序列上位に入ることは叶わない。故に、これからの修行は勝つためのものにする。覚悟しろ、古手川」
「……はい! 師匠!」
以降、古手川の序列百位以内を目指し、日々修行に特訓と付き合っている次第だ。さらに自分も、序列三位という座を一応守らないと顔が立たない。
故にもう、自分と古手川だけで手いっぱいだ。そこにもう一人だなんて、面倒にも程がある。それにそう何人も、群がるのは嫌いなのだ。今は古手川だけで充分である。あいつだけで、充分だった。
そんな六錠が再び黄昏ている頃、呼び出された古手川は立ち入り禁止の屋上にいた。呼び出した彼女は誰かと電話をしていたが、一言二言会話を交わすとすぐに切った。
「あのぉ……なんの用なのでしょうか。そろそろ朝のHRが始まってしまうのですが……」
「そうね。だから、単刀直入に言いましょう。古手川姫子。あなた、六錠扉の元から離れなさい」
「え……」
「彼の弟子には私がなるわ。あなたは邪魔なのよ、古手川姫子」
突然のことで、何がなんだかわからなかった。
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