魔術殺し

 今回の騒動も無事、全員確保で終結。二国領土にこくりょうどの封印も解けて、万事解決したのだが。

「はっきり言って最低だな。守りは任せると言ったはずだが」

 六錠扉りくじょうとびらは協会の幹部達を呼び出し、説教していた。朝も早いため、ほぼ全員が眠たそうな顔をしている。それにまた、六錠は腹を立たせた。

「大体領土の魔術が封じられた時点で、俺の魔術が封じられることすら考えるべきだった。そうなれば守るどころの話じゃない。わかっていたのか」

 髑髏の仮面——マスター・ジェオルジオが口を開く。古手川姫子こてがわきこがいるときは自重していたが、彼が口を開くと面の瞳が赤く光っていた。

「何を恐れる、六錠扉。おまえは結界魔術師にして魔術殺し。一介の封印魔術師ごときに、遅れを取るとは思えないが?」

「俺だって、不意くらいつかれる。過大評価をするな、マスター・ジェオルジオ。領土りょうどは愚か、俺まで死んだらどうするつもりだったんだ」

「それはありえない。現時点、六つの魔術書を司る魔術師達は最高の出来だ。無論、おまえも例外ではない。そんなおまえが負けるなど、計算することもありえない」

「だから……過大評価をするな。俺も領土も、殺されれば死ぬ。俺達が死ななくても、周りが死ぬ。魔術協会。おまえ達の求めている結果は、それでいいのか? よく考えろ。俺達だけが生き残っても、意味はねぇんだ」

 それだけ言って、六錠は部屋を出て行く。残された幹部達だったが、その映像は消えずにその場にとどまっていた。

「六錠扉……鍵にしては少々自我を持ち過ぎなのでは? マスター・ジェオルジオ」

「二国領土といい、四法堂掟しほうどうおきてといい、最近の鍵は少し騒がしい。一旗ひとはた三鎖みさ五枷いつかせの状態は聞いてないが、おそらく同じでしょう」

「魔術書の再封印。時期を早めた方がいいのでは?」

「落ち着け、同志達。確かに急を要する事態になりつつある……さりとて、所詮は鍵。いつとて、我々の思うがままである。何せ、我々の道具なのだから」

 屋敷に戻った六錠は、メイドに入れてもらった温かいコーヒーをすする二国のいる部屋で、頬杖をついていた。とくに何をするでもなく、ただ俯いて何か考えているだけだ。今回のことは、色々と思うところがある。

「どうした扉、おまえもコーヒーが飲みたいのか? 入れてやろうか。砂糖はいくつだ。シロップは入れるか?」」

「違う。あと、俺は飲むならブラックだ」

「何、ブラックで飲めるのか。大人だな」

「おまえはそこまで大人なふりして何故飲めない」

「ハ! 苦いものを飲み食いできるのが大人とは限らんさ。新聞のチャンネル欄だけ見てる奴だって大人になるんだ、コーヒーくらい好きに飲ませろ」

「その変な理屈はまぁいいとして、いい加減俺を呼び捨てにするのはやめろ。殺されたいのか」

「おまえに人は殺せないだろう? そう、おまえは魔術を殺す者。故に魔術殺し。おまえは結局これまで何度殺すと脅してきても、その生命の命を奪ったことはない。だから人殺しなどと言われないんだ。優しすぎるよ、おまえは」

「おまえはガキのクセして大人ぶりすぎだ。いい加減、その俺はなんでも知っているし経験しているみたいな態度をやめろ」

「ハ! それこそいらん忠告だ。他ののうのうと生きてる奴らに比べれば、俺達鍵はなんでも知っているし経験している。六錠、それはおまえも知っているし経験しているだろう? 見てきたものが違う。感じたものが違う。そこらの平凡な魔術師では、俺達についてはいけん」

「おい、領土。おまえこのまま従者の話に持っていこうとしてるだろう。見え見えだぞ」

「なんだバレたか。もはや俺が決めてやるしかないと思ったのだが」

「余計な世話だ。俺は誰も従者にしないし誰もつけない。俺は魔術殺し。魔術師の敵のような存在だ。いずれ……」

「フン、貴様の方がよほど知っている風ではないか。その目で一体何を見た? 何を知っている」

「さぁな。おまえが理解できるとしたら、それはおまえの魔術が死んだときだ」

 六錠は部屋を出て行く。二国は止めもせず、また何も言わなかったが、飲んでいるコーヒーの水面には、つまらなさそうな表情が映っていた。

 六錠がテラスに行くと、そこでは古手川が一人黄昏ていた。風に吹かれていた彼女はどこか遠くを見つめていたが、六錠が来たのに気付くと振り返った。

「先輩……」

「どうした」

「……ちょっと、兄のことを思い出していたのです。今回のことで、色々と思い出しちゃって」

「そうか」

 風は止む。二人の会話を邪魔しないかのように止む。それと同時、彼女は何か決心でもしたかのように口を開いた。

「私の兄は死んでしまったのです。突然のことでした。一緒に寝てたのに、朝起きたら兄だけ起きなくて、そのまま……」

「そうか」

「兄は立派な魔術師だったのです。その兄から、私は魔術を教わりました。とても優しく、でも厳しく、教わりました。そのおかげで、私は魔術学園に入学が叶ったのです」

「そうか」

「そんな兄と、約束をしたのです。あの死んでしまうまえの夜、指切りをしたのです。人々を傷付けるすべてから、すべてを守れるくらいの魔術師になる。そう、約束をしたのです」

「そうか」

 指切りをした夜を思い出し、目に涙が溜まる。だが古手川はそれを拭い去り、無理に明るく振る舞った。六錠でも無理してるなと勘付けるくらいのテンションだ。

「はい! そんなとき、マナちゃ――市ノ川いちのかわさんの提案で先輩に弟子入りしたのですが……今はとても感謝しているのです! よかったと、心から思っているのですよ!」

「そ、そうか」

 それは多分、俺に近付いて殺そうっていう手段だったんだろうが……まぁ、いいか。

「六錠先輩!」

「な、なんだ」

「私、強くなりますから! 先輩を守れるくらいに強くなりますから! だから待っててほしいのです! 必ず、強くなりますから!」

――私、必ず強くなるから! 強くなって、それで……

 なんとも懐かしく、忘れていた光景が脳裏で蘇る。あのときの彼女も、屈託のない笑顔で笑っていた。

 彼女の姿と古手川姫子の姿が重なったとき、六錠扉は硬直する。返答が遅れた先輩を心配して、古手川姫子は顔を覗いた。

「先輩?」

「……いや、そうか。ならさっさと強くなれ。俺を守るというのなら、それなりの速度でな」

「はい! 師匠!」

 だから、どっちかに統一しろっての。

 その後まもなく、第六魔術書の保管場所が決まった。一度見つかった場所を保管場所に決めることはないため、日本にするとは言っていたが、その可能性は薄いと思っていた。

 のだが――

「帰ってきました! 日本! やっぱり私は、日本人なのです!」

「声がでかい。あまり目立つな。まったく……」

 本当に日本になるとは思ってなかった。しかも次の保管場所は、魔術学園からそう離れていないらしい。転校も引っ越しも、しなくて済みそうだ。

 こちらとしては楽なのでいいのだが、魔術書を守るという目的で言えばどうなのだろうか。少し安易すぎる気もする。それとも協会は、また何か企んでいるのだろうか。

「それで、次の保管場所は――」

「教えるわけがないだろう。おまえは所詮一般人。俺の連れじゃない」

「うぅ……私は師匠の一番弟子ですよ!」

「だったら弟子らしく、次の修行のことでも考えてろ。今回のことであまり鍛えられなかった。次はハードに行くからな」

「そ、そんな。まずはこの長旅の疲れを――」

「知るか。帰ったらまず走り込みだ」

「ふぇぇ……」

「立派な魔術師になるんだろ?」

 珍しく、六錠に微笑まれる。古手川はこのとき、ズルいと思った。兄もそうだった。兄も自分がくたびれたとき、そう言って笑顔で励ましてくれた。そっくりだった。

「はい! 先輩!」

「よし。じゃあとりあえず、ここの周りを三周くらい走っておくか」

「く、空港の周りをですか?! よ、よぉし……やってやるのです! 頑張るのです! いざ、修行再開なのです!」

——行くよ! 扉! トレーニング、開始だよ!

 まったく、あのバカと同じ背中で走りやがる。

 あいつもそうだった。まったくもって、一直線にしか走れないバカだったが、嫌いではなかった。珍しく、本当に希少に、あいつのことが嫌いではなかった。

「先輩! 何をしてるですか! 早く行きますよ!」

「前を見て走れ、バカ。ぶつかるぞ」

 二人が空港を後にしたのは、それから一時間後のこと。その一時間後、空港に一台の旅客機が到着した。

 そこから降りて来たのは、黒髪の青年。帽子とサングラスとで顔を隠してはいたが、滲み出てくるオーラ的な何かは隠し切れていない。それを隠すため、彼女の周りには多数のボディーガードが立っていた。

 そこに、眼鏡をかけた秘書のような人が入る。

「マネージャー、これからの予定は?」

「今日はもうないわ。明日から魔術学園に入学だから、ゆっくり休みなさい。ホテルはもう取ってあるから」

「そう……楽しみね。魔術学園。どんな人がいるのかしら」

 

 

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