封印魔術師
お互いが決して魔術を使うことなく、相手の攻撃を
六錠が殴った相手の腕を二国が捕まえ、投げ飛ばす。投げ飛ばされたそれはまるでボーリングのように、後方で構えていた集団を吹き飛ばした。
そんな二国に刃が迫る。だが寸前で六錠が二国の頭を押さえつけ、その勢いで跳躍。その相手に回し蹴りを叩き込んで壁に叩きつけた。
すると今度は背後から襲ってくる。すると今度は二国が六錠を突き飛ばしてその相手にぶつけ、六錠は裏拳で殴り飛ばした。
さらに二人の後方からそれぞれ来る相手の顔面を、二人同時に蹴り飛ばす。
「領土、メイド達はまだ来ないのか」
「何かしらの足止めでも喰らっているのだろう。まぁこの場は、俺とおまえがいれば足りるだろうがな」
たしかにこの場は二人で足りる。四〇対二と数では圧倒的不利だが、実力が違う。肉弾戦でも、余裕で捌ききれた。
だが一人、おもむろに六錠のまえに出る。そして伸ばした腕から鎖を解き放ち、六錠に向けて放った。
先が刃となっている鎖が三本。まるで蛇のように追いかけてくる。六錠は壁を駆け抜け、天井へと跳び、そいつに拳を振るったが、あと一歩届かなかった。
だがフードは外せた。それは右目の下にバーコードを刻んだ紫髪の少女だった。
彼女は着地直後の六錠に肉弾戦を挑む。高く跳んで踵落としを叩き込むと、そのまま逆さまになって上から左右から蹴り続け、最後には顎目掛けて腕の力で跳躍、蹴り飛ばした。
が、六錠はこれらの攻撃をすべて手で受けきっていた。最後の蹴りを受け止め、思い切り投げ飛ばす。
壁に着地した少女は再び鎖を放ち、六錠を捕まえんと襲い掛かってきた。
「扉、そいつが俺に魔術刻印を刻んだ奴だ!」
「封印魔術師……こいつか……!」
襲い掛かってくる鎖を自ら捕まえ、引っ張る。触れれば魔力の流れを絶つ鎖だったが、それより早く六錠の魔術を無効化する結界が張られていた。
引っ張られた少女の体は引き寄せられ、六錠に胸倉を掴まれた。息が苦しくなるまで締められる。そしていきなり手を離されると、その腹に強烈な正拳突きを叩き込まれて吹き飛ばされた。
壁に減り込み、吐血し、そして倒れる。だが彼女の敗北を見ても、彼らはやめる様子がなかった。倒していた相手まで、立ち上がっている。
「これは長期戦になりそうだな」
「関係ない。全員叩き潰すだけだ……!」
六錠の拳が一人、また一人と殴り飛ばす。全員の腹を陥没させ、鼻を折り、臓器を潰す一撃を放ち続けた。
が、そのときだった。突如悲鳴が聞こえたのは。
見るとそこには般若の面を被った奴と、
「大人しくしろ、六錠扉、二国領土」
「こいつを殺されたくなければ、言うことを聞け」
「人質か……まったくもって
六錠から、多大なる魔力が放出される。それは大気を揺るがしその場の敵すべての心臓を圧迫し、息苦しくさせる。その顔がどんな感情を持っているか、それは明らかだった。
怒り。他の何物でもない、純粋な怒りだった。
一歩、六錠が踏み出す。するとすぐ側の壁に亀裂が入り、床が軋んだ。
「ふざけた面を被った奴らだ……! そこを動くなよ! 今叩きのめす!」
「く、来るな!」
刃先が古手川の首筋に触れ、流血させる。下手をすれば死んでしまうこの状況下。古手川は初めてで、今にも泣きそうだった。力強く命を掻こうとしているその手が、おそろしくてしょうがない。
だが六錠扉は迫る。一歩一歩、
「く、来るなと言っているだろう! 殺すぞ!」
「おい殺すな! 大事な人質だぞ!」
火男が静めようとする。だが般若は完全にビビってしまっていて、冷静ではない。その手は六錠が迫る度に大きく震え、呼吸も乱れていた。
「おいそこの般若……おまえ、それ以上そいつに傷をつけてみろ。ただで死ねると思うなよ……再生魔術で意識を保ちながら、一枚ずつ全身の皮を剥いでやる……覚悟はいいな!!!」
割れた窓ガラスがさらに細かく粉砕され、舞い散る。壁にはさらに亀裂が入り、一瞬揺らぐ。それはまるで地震のようで、集団はそれぞれ怯えたり、怖気づいたりする。
二国もまた、軽はずみな言葉を出さなかった。今の六錠は、二国が見てもそれほどに危なかったからである。下手に大人しくさせようとすれば、こちらに飛び火しかねない。
今まさに六錠が二人を倒すため――いや殺すため、突撃の姿勢を取ったそのとき、風が吹いた。それは魔力で生み出された風で、結界で覆われている六錠以外のものを吹き飛ばし、揺らした。
窓の外を見ると、そこにいたのは大きな巨躯の持ち主。その面は白い
集団はまるで救世主が来てくれたくらいの反応。間違いなく、この場にいる敵の中で一番の手練れだろうことは想像がつく。だが怒りに満ち溢れている六錠は、敵の力を計ることもせず魔力を放ち続けた。
翁は壊れた窓越しに状況を見る。そして暴風を吹かせると、般若と火男を古手川と共に風で持ち上げ、外へと吹き飛ばしてしまった。
「先輩!」
「古手川! ッ!」
翁を睨むが、奴はまったく応えない。そしてまた風を吹かせると、それに乗じて集団は次々に窓から跳んでいった。次々に逃げ出していく。
だが六錠は封印魔術師を担いで行こうとした奴の腕をへし折って叩き落した。そいつはすぐさま風に吹かれて逃げて行ったが、封印魔術師を床に押さえつける。
そうしてその少女以外の全員がその場を離脱すると、翁もその場から消え去った。それと同時、武装したメイド達が到着する。
「領土様……!」
「半数はただちに今の奴らを追え! いいか、逃がすことは許さん!」
「「「はい!!!」」」
一斉に、メイド達が窓から跳び出していく。だがそれでもおそらく、奴らは逃がしてしまうだろう。が、そのための彼女だ。
二国もそれに関しては気付いている。追わせたのは、もし彼女が吐かなかった場合を想定してのことだった。
「扉、どうする。あの弟子を助けに行くか? まぁ、当然行くのだろうが」
六錠は無視する。少女を壁に押さえつけ、頭突きで無理矢理叩き起こした。
跳ね起きた少女は暴れ出す。だが生憎と
息ができるギリギリまで、六錠は締める。
「答えろ……おまえ達のアジトはどこだ。さっさと言え……!」
薄れていく意識の中で、少女は腕の拘束を解こうと必死にもがく。しかしそればかりで、まるで言う様子はない。ただしんどそうに、呻くばかりだ。
それを見て、六錠は腕を解く。しかしすかさずその顔を潰す勢いで鷲掴み、目を開けさせた。白く鋭い眼光が、六錠の目で光る。それを見た少女からは力が抜け、一切の抵抗をしなくなった。
「
「こいつは簡単にかけることができるが、解くのが難題だ。だから使いたくはなかったが……やむを得ん」
「ハ、それだけ古手川姫子を助けたいということだ」
「領土……」
「だがそうであろう? 使いたくないのに使ったんだ。素直に認めんか。それに今は、それどころではないだろうに」
六錠は少女に向き直る。少女はボーっと六錠の足元だけを見つめ、動かなかった。六錠も、少女の顔から手を離す。
「おまえ達のアジトはどこだ」
「……はい、ここから西に数キロ行ったところにある、礼拝堂です」
「領土」
「ウム、昔孤児院だったところならある。今は使われてないはずだ」
「他に、奴らが使いそうな場所は」
「はい……今のところ、
「わかった。今すぐ案内しろ」
「はい、扉様」
少女を立たせ、一応彼女が持っていた武器の類をすべて預かる。強烈な光で相手の目を眩ませる手榴弾が一個と、ナイフ二本。拳銃が一丁。中には弾が七発。それだけだった。
手榴弾と拳銃はいらないので、領土に渡す。そしてナイフは念のため、胸ポケットに入れた。相手も武装している可能性がある。今は生憎と武器がないので、仕方ない。
ならば拳銃の方がいいのではないかと言う奴もいるだろうが、生憎と六錠は射撃の腕はそううまくなかった。ちゃんとした場で構えられれば撃てるが、緊急事態などではまずそんな場はない。
ならばナイフの方が、自分の戦闘スタイル的にも都合がよかった。
「行け」
少女を顎で先に行かせる。普通に道を使うと時間がかかるので、屋根伝いだ。
「やはり弟子が心配か?」
「おまえには、関係のないことだ」
「従者にするつもりもないのだろう。なのに何故助ける? とくに思うところもないのだろう?」
――私は助けます! 他の人がみんな先輩を助けなくても、私は助けます! なんなら私が守ります! 命に代えても守るのです! 私は、先輩の一番弟子ですから!
「……それこそ、おまえには関係のないことだ」
他人とすぐに繋がれる、おまえにはな。
六錠は跳んでいく。先を行く少女を追いかけていくその後姿を見上げて、二国は吐息した。
「領土様」
残り半数のメイドが、指示を待つ。だが実際彼女達は、自分達の主がどうするのかは察しがついていた。だから命令の言葉だけを待っていた。
「ここの掃除をやっておけ。誰か一人は執事に車を出すように言ってこい。六錠扉を追う。あとはそうだな……俺達が帰ってくるまでにたっぷりの湯を入れておけ。そして待機だ」
「「「かしこまりました、領土様」」」
夜の静けさに満ちるギリシャの街。小さく、でもとても歴史と国独特の形を見せる家の屋根や屋上を走り、蹴り飛ばして、六錠と少女は移動していた。その中で、六錠は思う。
――何故、助ける。
さぁなんでだろう。
そういう誤魔化し方もないわけではなかった。だが本当に、あいつには関係のないことだからあぁ言ったまで。
実際本当に関係のない話だ。あのとき古手川が言っていたことを信じてしまったことも、守ると言ってしまったことも、そこに沸きあがった感情のすべても、他の奴には、関係のないことだった。
「扉様、あそこです」
そこは、町中にある小さな礼拝堂。夜中である今でも明かりが点き、大きな鉄扉が開いている。そこから中に入るのが普通なのだが、二人はそのまえの背の高い家の屋上で停止した。
正確には六錠がそうさせたわけで、少女は暗示に従って止まっただけだ。
「あの正面から入れるのか」
「入れはしますが、おそらく連れ去られた彼女のいるだろう地下に行くには遠回りです。裏口から侵入した方がいいかと」
「そうか……なら」
少女が正面から、礼拝堂に入る。するとそれに気付いた女二人が駆け寄って、倒れた彼女を抱き上げた。
「大丈夫?! よく帰って来たわね!」
「はい……なん、とか……目を盗んで……でも、鍵は殺せなくて……」
「いいのよ、帰って来てくれただけで!」
「さぁ、中へ!」
少女の帰還で浮足立っている表玄関とは裏腹に、裏では見張りをしていた男が二人倒されていた。生えていた木に縛られ、気を失っている。
そこから裏口を使って侵入した六錠は、少女の帰還に喜んで迎えに行っている彼らの目を盗んで地下へと侵入する。暗闇で目もまだ慣れない中でグングンと奥へ進んでいき、ついに最深部へと辿り着く。
そこは大きな広場になっていて、奥には祭壇がある。礼拝堂という聖なる場所で何を崇めていたのかは知らないが、神ではない何かを崇拝していたのは間違いない。
何せ供えられているのが髑髏に瓶詰のコウモリ。さらに怪しい謎の液体だ。これで神聖だと言われても、まるで説得力がない。そのまえには三人の男達がいて、それぞれ般若と火男、翁の面を被っていた。そしてその足元には、気絶させられている古手川がいた。
「ど、どうする……? 連れて来ちまったけど……」
「また人質にすればいい。こいつは魔術書の鍵と一緒にいた奴だ。こいつの命を盾にすれば、きっとあいつらも……」
「さっき失敗しただろ?! 殺してもあいつらの怒りを買うだけだ……どうすれば……」
般若と火男が喚く中で、翁は何も言わない。だが古手川が起きようとするとその首筋に指先を当てて、また気絶させてしまった。
ここでようやく、翁が面の下の口を開く。声を聞く限りは、それなりの歳のようだった。
「おそらくこいつを取り戻そうと、何かしらの動きをするはずだ。どう来るかはわからんが、こちらはこちらの対応を取るだけのこと。恐れることは何もない」
そうか。なら見てやる。おまえらの対応とやらを。
手当てを受けていた少女の目が見開いた。中途半端に包帯が巻かれた状態で立ち上がると、両手から無数の鎖を伸ばし、周囲の集団を全員縛って捕まえた。その動きをしばし封印する。
その暗示を送った六錠もまた、礼拝堂の地下全体を結界で覆う。般若と火男の二人は突然のことに戸惑ったが、翁だけはうんともすんとも言わなかった。
般若の面が、出てきた六錠に気付く。
「ひぃ!」
「り、六錠扉!」
「おまえら覚悟はいいんだろうな!」
六錠が肉薄する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます