第二の鍵
六つ目の錠
その保管場所を変えるため、魔術書を管理する魔術協会の総本山があるギリシャへと飛んだ
魔術協会が持つ専用機で日本から直行するはずだったのだが、途中突然の乱気流や嵐が発生。近くの国に降りて空港で一夜を明かすということが二度続き、結果ギリシャに行くだけで、三日もかかってしまった。
とはいえ無事にやってきた二人。世界地図でようやく場所を理解した古手川は、ギリシャという国に驚愕していた。
場所は首都アテネ。
人類で最初の魔力を持つ人間が生まれた地であり、現在の魔術協会の総本山がある場所とはいえ、その人口のほとんどが魔術師だった。見ればあちらこちらで、魔術が使われている。
魔力が世界を満たしてからおよそ一五〇年。魔力を持った人間の数すなわち全世界の総人口という現在だが、魔術師という職についている人は少ない。総人口のおよそ二割くらいだ。
だってそうだろう。もし全世界のすべての人が魔術師になったら、それ以外のすべての職業がなくなってしまう。それは非常事態だ。たとえ魔術を使うにしたって食べ物を作る人は必要だし、建物を造る人だって必要なのだ。
故に一〇〇年前。世界は魔術師というのを一つの職業として認定した。国や会社、貴族王族に直属に配属され、魔術を行使する。それが仕事である。
そして、その魔術師達の配属先や収入などを決めるのが、他でもない魔術協会である。その総本山があるこのギリシャでこの数は、当然と言えば当然だ。
「すごいのです! すごいのです! 魔術師だらけなのです! 日本だと学園でしか見ないくらいなのに!」
「そりゃそうだ。世界人口の二割が現在の魔術師の総数って言われてるが、そのほとんどはギリシャ人だ。それに第一の魔術書が封じられてるのもここギリシャ、当然の数だろう。ところで、俺達は観光しに来たんじゃない。さっさと行くぞ」
「そう言えば、魔術協会の本部って見たことないのです。どこにあるのですか?」
「すぐ目の前にあるだろう。あれだ」
「……あれ?」
六錠の指差す先。そこに確かにそれはあった。
それは、かの有名なパルテノン神殿の後方に建てられた巨大な建造物。その大きさ形とも、スペインのサグラダファミリアを思わせる。とてつもなく巨大で壮大。そんな教会がそこにはあった。
「お、大きすぎません……? あんなに目立っていていいのですか?」
「むしろあれだけ目立ってれば、逆にあれが魔術協会の総本山だとは誰も気付かないだろう。現時点でも一般人には、ギリシャのどこかに魔術協会があるって話は伝わってるが、バレた試しは一度もない。人間の盲点を逆手に取った工夫という奴だ」
「な、なるほど……たしかに私も、あれがまさか協会だとは思わなかったのです」
「そういうことだ。さっさと行くぞ」
「あ、先輩待ってください! どこかでお茶していきましょうよぉ、せんぱぁい」
古手川の提案は却下され、二人は協会へと向かう。現地のタクシー的乗り物も乗らずに徒歩で向かい、到着した。
そこは、観光名所の一つとなっていた。一般の観光客には新たに見つかった神殿遺跡の跡を復元したものだと伝えられていた。なるほど、これなら確かにバレることはない。
そんな六錠と古手川のまえに、モップを持った老人が通りかかる。床を磨いていた彼は六錠がすぐ側を通りかかると、早口で何かを伝言した。
それを聞いた六錠はキャリーバッグを転がす古手川の手を掴み取る。そしてそそくさと人けのないところに来ると、石の壁目掛けて突進した。
だがぶつからなかった。どうやら石の壁だと思っていたそれは、隠し通路を隠すための幻影だったらしい。それを通り過ぎると、六錠は古手川から手を離した。
「先輩? あのぉ……」
「行くぞ、古手川。言っておくがここから先は無論、一般人には非公開だ。絶対にここのことを喋るな。写真にも撮るな。そうした場合、おまえには永久に自由はない。そう肝に銘じておけ」
「……はい」
二人で並んで歩くにはやや狭い通路を、進んでいく。途中美しい庭園に出ることもできたが、六錠は構わず前を歩き続けた。
そうしてしばらく歩き続け、辿り着いたのは一つの大部屋。まるで裁判所のようなそこは、被告人席とでも言うような椅子を中心に座席がズラッと並んでいた。目の前には、大きな玉座まである。
「古手川、そこに座れ」
「え、私がですか……先輩ではなく?」
「期待しなくていい。おまえには何も起こらない。だが俺の代理で座れ」
いや、期待っていうか、むしろこれは恐怖なのですよ師匠……!
とにかく目で威圧されて、古手川はその席に座らされる。すると同時にそれを囲うようにされた座席に次々と人が現れ、一斉に着席した。本物ではなく、映像だ。
全員の鋭い視線が、古手川に向けられる。古手川は思わず立とうとしたが、六錠の片手に押さえつけられた。
「久し振りだな、おまえ達。揃いも揃ってまったく、ご苦労なことだ」
見た目からして明らかに年上だろう人達に、六錠は平等に目上で話す。だがそれでも彼らは堂々とした態度で、表情を変えることはなかった。彼らと話す六錠の態度が、いつもこの調子であることが
「元気そうで何よりだ、六錠扉。白の魔術書、六つ目の錠よ」
古手川から見て目の前の席——玉座に座っている男が喋る。声と体格で男だとわかったが、その顔は髑髏の面で、姿は黒いローブで隠していた。
「おまえも元気そうだな、マスター・ジェオルジオ。それで、新しい魔術書の保管場所には目星は付けたのか?」
「それはまだだ。魔術書の保管場所となればそれなりに慎重に選ばなくてはならない。白の魔術書の場所を変えるのもこれで四度目。そろそろ苦しくなってきた」
「いっそのこと
「日本はフランスほど警備が備わっていない。魔術師の数も少ない故、公にはできないのだ。故に六錠扉。貴様には保管場所が決まるまでの間、このギリシャの地から出ることを禁ずる。生活できる場所は用意した。そこで報告を待つがいい」
「だろうなと思ってた。だがあるのか? 魔術書を保管できる場所が。まだ日本に」
「ないことはない。いくつか候補はある故、それを検討する。だが決定した後にも保管場所にするのに色々と時間がかかる。それは了承せよ」
「わかっている。いつものことだ」
「ウム……では魔術書を置いていけ。こちらで保管する」
マスター・ジェオルジオがそう言うと、部屋の唯一の出入口から黒のローブに身を包んだ人がやってきて、六錠のまえに片膝を付いた。
六錠は自身の胸に手を当てる。するとどういう原理か、六錠の体から一冊の本が現れた。魔術書だ。古手川も知らない間に、自分の体の中に入れていた。
それを人に手渡し、下がらせる。人は扉から出て行くと、気配と共に一瞬で消え去った。
「白の魔術書、たしかに預けたぞ。このギリシャにいる間、俺達はおまえ達直属の監視下。充分に守れよ。警備も警護もおまえ達に任せるからな」
今までで一番上からの言い方に、古手川は内心ヒヤヒヤさせられる。正直目の前の髑髏の仮面が、ものすごく怖かった。が、マスター・ジェオルジオはウムとだけ頷く。
「任された。安心せよ、六錠扉。貴様と貴様の後輩は、我々が責任を持って預かる。存分に、自由を満喫せよ」
「フン、自由か……それ相応のものを期待しておこう。で、俺達の部屋はどこだ?」
「それだが……六錠扉、おまえには第二魔術書の鍵に会ってもらう」
それを聞いた六錠の雲行きが怪しくなる。古手川の周りを周回すると眉間を押さえて唸り、もう一度訊いた。
「なんだと?」
「
また六錠の顔が暗くなる。その理由がわからない古手川は、ただ首を傾げた。
「何故合流する必要がある。あいつなら俺がいなくても大丈夫だろう。むしろ俺がいることで、奴は真価を発揮できないと思うのだが」
「奴の魔術書が何者かに狙われているのだ。奴と共にその撃退、捕縛をしてほしい」
「それこそ俺はいらないだろう。奴の実力なら、組織の一つや二つ訳ないはずだ」
「それがそうもいかぬ。その事情は、本人から直接聞くといい……」
結局それで映像は途絶え、その後いくら待っても彼らは出てこなかった。これは協力しろということだ。六錠は嫌々吐息し、すべてを悟って古手川を連れてその場を後にした。
教会の前で、第二魔術書の鍵を待つ。
「先輩と同じく魔術書の鍵……どんな人なのですか?」
「一言で言うなら自信家だ。ハッキリ言って、俺はあいつが苦手でな。気が合わん」
「言ってくれるではないか、六錠扉。俺はまったくそんな気はないのだがな」
嫌な声が上からする。振り返って見上げると、教会の巨大な鉄門の上に人が立っていた。組んだ両手に籠手を巻いた、白髪の青年。彼が第二魔術書の鍵である二国領土だと、古手川は六錠の顔で察した。
「相変わらず不機嫌そうだ。俺に会ったんだ、もっと晴れやかな顔をしろ。俺に対する礼儀だぞ、扉」
そう言って、二国はその場から飛び降りる。なんの魔術も使わずに着地した二国は、まるで応えていない晴れた顔で六錠を見つめた。
それに対して、六錠は舌を打つ。
「悪かったな。何故かおまえの前だと気分が晴れない。おまえ、どこかの病原菌でも連れて来てるんじゃないだろうな」
「俺を前にして緊張か? ようやくおまえにも、俺のすごさが理解できたようだな」
「バカを言え。俺とやり合って、おまえが一度でも勝ったことがあるか」
「ならやってみるか? 久し振りに。実力のほどを計ってやろう」
「やめておけ。結果は見えてる。恥を掻くぞ」
「どうかな」
二人の間に火花が散る。不穏な空気とはまさしくこのことである。今まさに二人が戦いを始めるのかというところまで来たそのとき、二人の間をピョンピョンと、古手川が跳ねた。
「あの! ちょっと! こんなところで喧嘩しないでください! 私困るのです! 喧嘩されては、止める自信がありません!」
「……誰だ、貴様は」
当然の質問で古手川に返す。だが古手川を見下ろす二国の目は、まるで小動物を見るかのような優しい目だった。
「申し遅れました! 初めまして! 私は古手川姫子! 六錠先輩の後輩で、一番弟子なのです!」
「弟子……だと?」
かなり驚いた様子で、二人を見並べる。だがすぐに肩を震わせ、そして大声で笑い出した。涙まで流している。
「扉! こいつの言ってることは本当か?! ハハ! おまえが弟子を取るとは……!
「笑うな、領土。殺されたいのか」
「いやいや失敬。俺は嬉しいんだ。あの孤独な一匹狼が、ようやく人間らしく群れたかと思ってな。これで俺も安心した」
フン、と六錠はそっぽを向く。その様子を見てまた安心した二国もまた、鼻で笑った。そして小さな古手川の頭を、力強く掻き乱す。
「古手川姫子よ、我が名は二国領土。そこの六錠扉と同じく魔術書の鍵を成すもの。第二の緑の魔術書を守る世界そのものと知れ」
「……は、はい! よろしくなのです! 二国先輩!」
「古手川、そいつまだ十五だぞ」
「え?!」
古手川は健全な十六歳。故に、完璧に年下である。それでも二国は大人っぽくて、見た目が子供に近い古手川と並ぶと、もう年上にしか見えなかった。
「おいおい歳の話をするなよ、扉。鍵になったのは同じ時ではないか」
「呼び捨てにするな、
「そう簡単に行くといいがな」
「何?」
二国が怪しく笑みを浮かべる。そして大きく胸を張って、堂々と言った。
「今回は俺の窮地だ。故に助けろ、扉。少し厄介なことになった」
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