総本山

 構える六錠扉りくじょうとびらに、炎の武器が襲い掛かる。剣に槍に斧に鎌。思いつく限りの武器が投擲されるが、どれも六錠の結界のまえでは塵と消える。

 遠距離戦がダメなら接近戦だと、男達——操っている市ノ川真那子いちのかわまなこは切り替える。剣や槍を握らせて、六錠に襲い掛からせた。

 が、遠距離攻撃だろうと肉弾戦だろうと、攻撃手段が魔術であるのなら意味はない。最初に斬りかかってきた男の槍を握り潰すと、その顔面を全力で殴り飛ばした。

 その次の男も剣を蹴り砕き、その顔が一八〇度近く回るまで強く蹴り飛ばす。そして次に来た男の剣撃も躱し、その懐に背が折れ曲がるほどの正拳を叩き込んだ。

 が、最初の男も首を回してやった男もそして今正拳を叩き込んだ男も、まるで倒れない。通常なら意識を喪失しているはずの攻撃でも、今は操作魔術の術中。怪我の有無など関係ない。生物を操作する魔術にかかっている人を止めるには、殺すしかないのだ。

 だが生憎と、こちらの武器は現在この拳と脚のみ。ボクサー並に鍛えたこの拳なら人を殺すことは不可能でもないが、それにしたって時間がかかる。

 相手は三〇人近く。そんな時間はかけてられない。一人にそんな時間をかけていたら、他の人間に殺される。ならば、狙うはただ一人。

 どれだけ傷を負おうと操れるとはいえ、ダメージを負った瞬間にその個体は動きを一瞬停止させる。そのスキを狙う。

 その狙いに気付いたらしい市ノ川は、男達の行動を変えた。炎の武器を握らせるのではなく、炎を拳にまとわせる。六錠の結界の弱点に、同時に気付いたのだ。

 魔術を消せる結界であるが、それ以外の直接攻撃を無効化できない。故に六錠相手には、刃物や銃弾と言った魔術世界以前の時代の武器が有効である。もっともこの時代、そんな手段に出る人間はそうはいないが。

 故に男達の武器も拳しかない。即座に殺すことはできないが、ジワジワとなぶり殺しにする算段だろう。趣味の悪い。

「俺の殺し方がようやくわかったか。が、遅い。遅すぎる。さては情報収集をサボったな……その程度で、俺が殺せると思ってるのか!」

 男達が襲い掛かる。対して六錠も肉薄し、拳を引いた。

 全員の胸部——正確には心臓を狙って拳を叩き込む。鋭く突き抜けた衝撃は血を送るための鼓動を阻害し、停止させた。

 だが、この程度で人間が死ぬのはおよそ一五〇年前までの話。魔力を持つ現代の人間は、過去では信じられないくらいにタフだ。衝撃で止まった心臓など、再び同じくらいの衝撃を与えれば復活する。まぁ、運が悪ければそりゃあ死ぬが。

 とりあえず、これで仮死状態。市ノ川の操作対象である生き物には該当しない。これなら相手を減らせる。まぁ的確に、絶妙な力加減で打たなければならないが、そこはやってみせよう。

 弟子兼後輩の手前、失敗できない。

 相手の拳を躱し、懐に入り込み、正確な位置に拳を叩き込む。強すぎたら即死させ、弱すぎれば反撃されるという緊張感の中、六錠はやってみせた。

 その様を、古手川姫子こてがわきこは絶えず見続ける。

 自分には決して真似できない戦闘スタイル。魔術ではなく、自身の肉弾戦による戦闘技術を軸に考えられた現代ではまるで見たことのない戦闘手段。おそらくそれが、自らの魔術を最大に生かすと計算したうえで選択したのだろうことはわかる。

 だから見る。自分には決して完成させられないだろうその戦闘技術を、とにかく見る。それはこれから、この人の弟子になるんだという刷り込み。いつかこの人と同じ頂に立つんだと言う、誓いのためだった。

 時間にしておよそ三分。たったそれだけの時間ですべての攻撃を躱し、的確に攻撃を打ち込んだ六錠の周囲には、仮死状態にある男達三三人が倒れていた。

 それを動かそうと必死に魔力を働かせるが男達は動かず、市ノ川は焦る。六錠が指を数度曲げて挑発してくると完全に冷静さを欠き、魔力の流れを変えた。

 操作魔術で自らを操る。眼光を赤く光らせた彼女の膂力りょりょくは限界まで引き上げられ、獣のごとく咆哮した。

「うるさいな……」

 獣のごとき敏捷びんしょう性で動き回り、六錠に攻撃を繰り出させない。他人を操るよりも、自身を操る方が明らかにやりやすいことは確か。故にこのときの市ノ川の速度は、常人も男達も遥かに超えていた。

 が、生憎と六錠は目で追っていた。今は語る時間がないし、そんな暇でもないが、簡単に言えば六錠扉という男は常人ではなかったのである。

 だが一応、速いな……くらいの感想は抱いている。しかしその程度だ。捉えられない速度ではない。動きを見極め、一撃を構える。

 それに対して、市ノ川は果物ナイフを取り出した。

 いい判断だ。やっと俺の殺し方がわかったか、このたわけ。

 そんな感想を抱く六錠に、市ノ川はあえて正面から斬り込む。しかしその動きを完全に捉えていた六錠の正拳は、市ノ川の顔面ど真ん中に叩き込まれた。

 鼻が折れ、吹き飛ばされた市ノ川は貯水槽を突き破り、階段を転げ落ちる。後頭部を手すりにぶつけた彼女は、そのまま気を失った。

 だが今の一撃、市ノ川の攻撃も届いていた。ナイフは六錠の脇腹に刺さり、血をドクドクと出させていた。だが六錠はまるで痛がる様子もなく、平然としている。何故か痛がったのは、見ていた古手川の方だった。

「痛そうなのです、痛そうなのです……先輩、抜いた方がいいのではないでしょうか」

「バカ、傷口を広げる気か。そんなことよりさっさと縛れ、造形魔術師。そしたら誰か呼んで来い。教師なら誰でもいい……俺は休む」

「……まったく、弟子使いの粗い師匠なのです」

「口答えするな、さっさとしろ」

「はい、先輩」

 それと先輩か師匠、いい加減統一しろ……まぁいいが。

 その後、古手川が連れて来た教師達と警察機関によって、市ノ川真那子と男達は連行されていった。

 学園ではその話題で一時盛り上がったが、魔術書が学園にあったということも六錠との関係も知らない。ただ偶然不審者を連れた市ノ川と六錠、古手川が遭遇し、撃退しただけだという話で通じていた。

 六錠に話を聞きたいが怖いので、生徒達は古手川に話を聞きに行く。当然彼女は魔術書の鍵関連は話さず、ただただ強かった六錠の戦闘に見入っていたことだけを語った。

 その結果、不審者と遭遇した場合はまず先生に伝えるべきだというマニュアルを無視したとして、六錠は形式として罰せられた。と言っても、ただのトイレ掃除である。

 さらには、学園全体で第四位だった六錠の序列が三位に浮上するという栄誉まで与えられた。

 が、話題と噂はすでに移り変わるもの。一週間程度でその話題は落ち着き、学園は元の姿へと戻っていった。まぁそこまで変貌していたわけではないのだが、落ち着きを取り戻したというべきか。

 六錠と古手川が再会したのは、それから数日後のことだった。未だ扉が直っていないが、一応継続して立ち入り禁止の屋上に二人はいた。

「先輩」

「なんだ」

「マナちゃんは、どうしてあんなことをしたんでしょうか……マナちゃんは操作魔術の使い手として、学園でも一〇〇位に入るって噂の実力でした。私と違ってすごく優秀なのに、なんで……」

 優秀な人間が、何故力を欲したか。古手川の疑問はそこなのだろう。だが、そんなのは簡単だ。力が欲しいのは、何も力に恵まれなかった者だけではないということだ。

 更なる高みを目指す者。自らに限界を感じてしまう者。自らの夢を叶えようと、必死にがむしゃらに努力する者。皆、力があるのなら欲しいのだ。そこに優秀な人間もそうでない人間もない。

 現に古手川は、傍から見れば弱いし脆い。才能にも恵まれていない。だがそんな彼女だって、六錠から見れば恵まれている点はある。

 努力家で夢に向かって一直線で、自分のためだけでなく他人のために強くなろうと思える奴。諦めが肝心だとほざく人間達の中では、どれだけ輝かしい存在だろう。

 そんな彼女だって力を求める。夢である、立派な魔術師になるために。そのためだったらどんな特訓だってやる覚悟だし、諦める気はないのだろう。

 言うなれば努力の天才である彼女ですら、力を求めるのだ。

 市ノ川真那子という魔術において優秀だった人間が、どのような経緯で力を求めるに至ったのかを考察することはとても難しい。が、わかるのは彼女もまた壁にぶつかり、壊せず、どうしようもなく諦めて、魔術書なんてものにすがりついたのだろうことくらいだ。

 残念だが、そう言う奴は力を手に入れたとしても、すぐに自壊する。自身の壁を自身ではない他の何かで壊した人間は、また壁にぶつかったとき、またどうしようもなく壁の前で膝を付くだけなのだから。

「さぁな。が、動機は簡単だ。力が欲しかったから。その力で奴が何をしたかったのかはわからない。が、とにかく力が欲しかったんだろう。自分の悩みを全部どうにかできるくらいの、そんな力を」

「でもそれは、本当の力じゃありません」

「そんなの関係ない。力を求める奴にとって、それがどんな力とか関係ない。ただ手に入ればそれでいい。それが普通の考え方だ」

 だからこそ、あいつはあんな馬鹿をしたとも言える。

 市ノ川ではない。六錠の知るあいつはもっと愚かで、バカで、どうしようもない奴だった。だからあんなことになった。

「でも私は、私の力で強くなりますよ! これからも! ずっと!」

「……当然だ、俺が面倒を見るんだぞ。他人の力を借りるなんてさせるわけがない。しようとしたら、即刻斬り捨てるからな」

「大丈夫です! 何せ、六錠先輩が師匠なのですから!」

 六錠はフンと鼻を鳴らす。そりゃそうだ、なんて言葉を照れと共に噛み砕いたことは隠して、六錠はそっぽを向いた。

「そういや、おまえに話しておきたいことがあるんだ」

「なんですか?! まさか、新しい特訓ですか?! やります! やります! やらせていただくのです! 私古手川姫子は、六錠先輩にどこまでも付いて行くのですよ!」

「違う。勝手に話を逸らすな、バカ」

 そう言って、六錠は古手川に手紙を渡す。六錠の同意を得て中身を空けた古手川は、たった一行の文章を読み上げた。

「本部へ帰還せよ……? なんですか、これ。イタズラですか」

「魔術協会からの連絡だ。今回のことで、この学園に隠してた魔術書の場所がバレたからな。その保管場所を移す。そのために一度、帰って来いというわけだ」

「帰るって……どこですか」

「当然。魔術協会本部がある場所と言えば、ギリシャしかないだろう」

「ぎ、ぎぎ、ギリシャ?! ギリシャって……ギリシャってどこですか?!」

 このバカ、授業で習ってないのか。人類最初の魔術師が発見された国だろうが。

「とにかく、俺はギリシャに飛ぶ。もしかしたら保管場所によっては、この学園からいなくなることもあり得るだろう。だから、おまえには知らせておこうと思ってな」

「そんな……」

「……ケータイ貸せ」

「へ?」

「いいから! 貸せ! さっさと!」

 六錠に怒鳴られながら、古手川はケータイを取り出す。それを受け取った六錠はものすごい速さで指を動かし、すぐさま古手川に返した。

「俺の電話番号とアドレスを入れた。何かあったら連絡しろ。可能なら行ってやる」

「先輩……」

「仕方ないだろ。その場の勢いって奴で約束しちまったんだから……とにかく、特訓メニューや魔術の調整は、基本このケータイでやる。だが無駄話はするなよ、もったいないからな」

「……金欠なんですか?」

「バカ、時間がもったいないって言ったんだ。誰が金の話をした」

 さて、無駄話がないということは、こんなやり取りもここで終わりというわけだ。なんだかないならないで、少し寂しいものだが。仕方ない。

 これ以上古手川を巻き込まないためにも、距離を取っておいた方がいいのだ。これでいい。また孤独に逆戻りだが、それでいい。

「じゃあな。体調管理は自分でしろよ、古手川」

「……」

 その二日後、六錠は空港にいた。自分が乗る便を目の前に、思わず溜め息が出る。涙の別れも何もない。ただ少し寂しいなと思うこともない。だって六錠は、一人ではないのだから。

 本当に。

「あ! あれに乗るんですか?! 先輩! 大きいのです巨大なのですカッコいいのです! 飛行機って私初めて乗るのですよ!」

「なんでおまえがここにいるんだ、古手川!」

 そう、そこには古手川姫子がいた。元気溌剌はつらつ――いや、元気爆発の古手川がいた。こんな彼女の隣で、どうして悲しさや寂しさに涙しようか。

「なんでって! 私は先輩の弟子なのです! どこへ行くにも一緒なのですよ! 言うではありませんか! 旅は道連れ世は情けって!」

「学校はどうする気だ!」

「大丈夫なのです! ちゃんと休学届を出してきました! 宿題一二日分で、許可が下りたのです!」

 学園長め、俺の事情は知ってるはずだが……?

「さぁいざ、ギリシャへゴーなのですぅ!!!」

「……ちなみにだが、おまえギリシャの場所はわかったのか?」

「え、あ、それは……」

 六錠の手刀の制裁が下る。頭を叩かれた古手川はその場で膝をついて痛がったが、六錠的にそこまで強くした覚えはなかった。

「行くぞ」

「……はい! 先輩!」

 向かうは聖地ギリシャ。

 人類最初の魔力を持つ人間の生まれた地。そして、六つの魔術書とその鍵を監視する魔術最大組織、魔術協会の総本山がある国である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る