襲撃者
古手川は
「先輩! もう大丈夫です! ホラ、この通り!」
そういって、まったく出ていない力こぶを見せる。当然六錠は首を横に振り、許さなかった。
「あの特訓はもうダメだ、おまえには合わない。ただでさえ魔力が少ないおまえだ。このままじゃいつか、魔力欠乏症になるぞ」
「それって魔力と一緒に生命力が減る病気ですよね……でも大丈夫です! 今度はほどほどにします!」
「おまえのことだ、やり始めたら倒れるまでやるに決まってるだろ。だからダメだ」
「そんなことないですってぇ!」
小さい背丈でピョンピョンと跳ねて訴える。六錠はその頭を押さえつけて、それ以上の反論を許さなかった。まるで子供をあやす大人のようだ。
そんな二人のいる教室では、二人を差してコソコソと噂が広がる。実は付き合い始めたんじゃないかとか、もうキスは済ませたんじゃないかとか、あの六錠扉が実はロリコンだったとか、そんな話題だ。
しかもその話は全部六錠に聞こえていて、六錠は自分の背後に絶えず殺気を放っていた。それで少しだけ、その場だけ、噂が拡大を止めるのだ。
「うぅ、六錠先輩! もう!」
「うるさい、とにかくまだしばらくはダメだ。大人しくしてろ」
「うぅ……じゃあ大人しくしてます……大人しくしてますから、大人しくしててもいい修行は何かありませんか?!」
ダメだ、まったくわかってない。
しかもそんな都合のいい修行があるわけがないだろう。その根性は大したものだが、もはや呆れるほどだった。
「ったくおまえは――」
不意。視線を感じる。その視線のしつこさと粘々とした粘着質のありそうな感じを、六錠は憶えていた。
つい一昨日、保健室前で襲ってきた奴らだ。あれ以来ずっとこちらを監視している。
また見てるな……。
「先輩? どうかされたんですか?」
「……いや、なんでもない。とにかく、おまえは大人しくしてろ。修行も何も、しばらく禁止だ」
「……はい」
これでいい。
これで古手川とは距離を取ったつもりだった。このままずっと離れてくれると嬉しいのだが、それは今更ないだろう。それは仕方ない。
だがとりあえず、今は一時的にでも離れていて欲しかった。巻き込んでしまっては色々と面倒なのだ。本当、色々と。
「先輩、やっぱりどうかしたのですか? 目が怖いですが……」
「目が怖いのは生まれつきだ。喧嘩売ってるのか」
「そ、そんなことはないのです! 誤解なのです! すみませんでした!」
ったくしつこい。
——扉、まぁた私に隠し事してるでしょ?! 目、怖くなってるよ!
うるさい、これは生まれつきだ。大嫌いな父親譲りの遺伝なのだ。それをあいつは嘘をついているときとか隠し事をしてるときの癖として見てきた。まったく腹立たしい。
これは生まれつきだ。仕方ないのだ。決して隠してなんていない。隠してなんて。
「とにかく今日の修行はなしだ。さっさと帰って、安静にしてろ」
「はい……」
その放課後。六錠は図書館にいた。
すでに下校時刻はとっくに過ぎている。故に電気も空調も点いていない。だがこの暗闇が、六錠が今求めているシチュエーションだった。明るくては、来てほしい者もおそらく来ない。
まったく、このシチュエーションに持ち込むために、今日一体どれだけの労力を使っただろう。この夜中の図書館という人目にも付かず、相手も来やすく、
生徒証に、数人の教師の許可印が並ぶ。これが今日頑張った証だ。だが感傷に浸っている場合ではない。これから六錠扉は、大立ち回りをしなくてはならないのだ。まったく、面倒な。
魔力は充分。体力も充分。気力に至っては十二分。まったく、こんなベストコンディションにさせられたことに腹が立つ。
来るなら来い。
六錠扉は今一人で、人けのないここにいるぞ。誰も何もいないぞと、気配で誘う。その誘導に乗って来て、襲撃者は姿を現した。
全員黒い布と漆黒の霧をまとい、姿を隠した正体不明の五人。背丈も体つきもほぼ同じで、第一印象はまず黒いということだけだった。
同時、彼らの手に炎が宿る。そして灼熱の弾に変え、六錠目掛けて撃ち放った。螺旋する炎が、六錠を捕まえる。が、その体を焼くまでには至らない。六錠を取り囲んでいるだけだ。
その炎を感知して、スプリンクラーが作動した。だがまったく、炎は消える様子がない。そこまでの火力を持ちながら、六錠の体は焼けなかった。すでに六錠の体には、魔力を断絶する結界が張られているのである。
その結界をまとった手で薙ぎ払うと、炎は一瞬で掻き消えた。
そして同時、一体に肉薄する。一瞬での接近に対応しきれずに戸惑っている相手の腹部に鉄拳を叩き込み、胃袋を破裂させる勢いでねじ込み、吹き飛ばした。
手すりにぶつかり、体が上下逆さまになって、下の階へと落ちる。六錠の体に触れたことで魔力が絶たれ、霧が消えた漆黒は血反吐を吐いて気絶した。
それを見たわけではないが、手応えで戦闘不能を確信する。手を振り払った六錠は未だ自分の周囲を周回している残り四体の黒に、拳を見せつけた。
「来るなら来い。来ないなら……こちらから行くまでだ……!」
四体が連続で炎を放つ。だが炎の弾は六錠にぶつかると同時に消え、ダメージどころかその熱さえ与えない。これが六錠の結界魔術。
「おまえらに見せてやる。魔術殺しの
六錠から放たれる、光の幕。それはやがて図書館全体を包み込み、図書館にある物体すべてを光の幕で覆い尽した。
その中で、彼らはまた炎を出そうとする。だが炎はすぐさま霧散し、まったく形にならずに消えてしまった。何度やっても消えるだけ。炎がまったく作れない。
そんな彼らに、六錠は順に肉薄する。
最初に顎を撃ち抜いてから回し蹴りで顔を蹴り飛ばし、次に胸部に三度拳を叩き込んで吹き飛ばし、次に脚を払ってから倒れかかった横腹に拳を叩き込み、最後は顔面に思い切りストレートを叩き込んだ。
全員順に本棚やテーブルにぶつかり、その場で気絶する。六錠はその場で拳を振り払い、結界を解いた。
なんだ、大したことない。
結界が消えて、彼らの姿を隠蔽している霧の魔術が再び展開される。だが再び結界をまとっている六錠が胸倉を掴み上げると、再びその霧が掻き消えた。
「さて……誰の差し金か、吐いてもらおうか」
「誰が——」
六錠の拳が襲撃者の顔面を抉る。その衝撃は襲撃者の歯を折り、口の中を切らせて吐血させた。意識も持っていかれそうになる。
「誰が選べるなんて言った……吐け、さっさと。そうすれば片手片脚で済ませてやる。吐かないなら、殺すだけだ」
六錠の目を見て、襲撃者はすくむ。その目は本気で、本当にこれから片腕と片脚を斬られてしまうのだと思うほどだった。大の大人ですら、その気迫に怯える。
だがその気迫に怯えたのは、その襲撃者だけではなかった。
「先、輩……?」
「……古手川、だと?」
幻覚の類ではない。そこにはたしかに古手川姫子がいた。
一体何故この時間、こんな場所にいるのだろうか。こうして誰かにかち合うことを避けるために、わざわざ今日走り回って許可を取ったというのに、これでは無駄足ではないか。
だが今問いただしている時間はない。今胸倉を掴んでいるのとは別の襲撃者が、ナイフを持って古手川に迫っているのが見えたからだ。
「クソッ!」
胸倉を掴んでいた襲撃者を再び殴りつけて気絶させ、勢いよく地面を蹴り上げて肉薄する。そして襲撃者よりも先に古手川の背後に回ると、後から来た襲撃者のナイフを叩き落とし、正拳突きを胸座に叩き込んで吹き飛ばした。
襲撃者は気絶する。が、他二人の襲撃者が立ち上がり、転移魔術を使って全員その場から離脱してしまった。
だが六錠もまた、ナイフをはたいた手に痛みを感じる。わずかに刃に触れていたようで、手を少し切ってしまっていた。
が、今はそんなことどうでもいい。
「先輩、あの……今の人達は――」
「なんでここに来た! 鍵がかかってたはずだ!」
「え、え……いや、友達に本を返してほしいって頼まれて……鍵がかかってなかったから、まだ大丈夫かなって思いまして」
「鍵が開いてた……?」
おかしい。確実に閉めたはずだ。だが現に、古手川はここにいる。鍵を閉め損ねたというのか。
だがそんなことはどうでもいい。今古手川がここにいて、しかも今の戦闘を一部始終見られてしまったことが問題なのだ。大問題だ。六錠扉、最大の失態かもしれない。
「……今見たことは忘れろ。おまえには関係のないことだ」
「で、でも先輩! 今のは先生に報告するべきじゃ――」
「わかったな!」
「はい……」
とりあえずはこれでいい。これで距離を保ってくれればそれでいい。こうするしか、こうするしかないのだ。
——扉。また目、怖くなってるよ?
あいつならきっとそう言って、距離を離してくれる。まぁそれは結局ただの演技で、裏でコソコソとこっちの真意を探ってくるのだが。それでもいい。その場にいなければ、それでよかった。
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