俺たちの作戦会議
俺はあの顔を何とかするのに必死だった。そして、他のことになんて気が回せるはずがなかった。
「それにしても、お前あの顔ナニ?」
なのでもちろんのこと、扉が開いてしまうなんて万に一つも思っていなかった訳で。
扉のすぐ近くにいた俺は、いいアングルでその顔を見られてしまった。
うわーん、お嫁にいけないよー。どうも性別不詳の俺です。
「ニヤニヤしててさ、控えめに言ってもキモかったぞ」
不幸中の幸いは、こいつだったこと。
「もう、松田さん、相原さんが可哀想じゃないですか」
で、今のこの状況なに? 俺が快を押しのけてトイレに逃げ込んでたった数分だぞ。
そのたった数分で、普通にこの二人話しているんだが。
というか黒雪さん、あなた言葉と顔が矛盾していますよ。にっこにこですね。いえ、にっこにっこに―ですね。
笑顔の配達人じゃないと思うのでその笑顔止めて。すでに、俺に笑顔が配達されていないから。
「いいのいいの、こいつ鉄のハート持っているから、もう何でも言っていいぞ。全部、大したことのない胸板で受け止めてくれるから」
「お前はもう出て行け、邪魔だ邪魔だ。生徒会のメンバーで全て話すから必要ない」
「なんだよ、ケチだな。せっかく俺もこの生徒会に入ろうと思ったのに」
「はっ? お前が入ったとして、サッカーは?」
「そんなもんどうにかなるだろ」
……こいつはこんな奴だったな。変に楽観的な所、そしてなぜか、大抵上手くいく。ふざけんじゃねえよ。それを一部でいいから俺にくれ。
「お前が入ると面倒なことになるので止めてくれ。これ以上面倒事には関わりたくないからな」
「しょうがねえな、今のところは入らないでおくか」
妙に上から目線じゃねえか。しかも、これから入る気満々だろ。
「それは今のところ置いといて、快はこの件には関わらなくていいだろ」
「いいじゃないですか、一人でも多くいた方が」
うん、君の意見は分かった。でもね、さりげなく俺の袖を引っ張る必要は無いと思うのだよ。いやまあ、嬉しいっちゃあ嬉しいんだけど。
「確かに、直接的には俺と舞染さんには接点は無いと思う。でもお前にあんなことを言ったのに結局自分は助けようとしないっていうのは酷すぎると思ったからな。」
ああそういえば……確かにその通りだな。当たり前なのかもしれない。ただ当たり前のことをやるっていうのは意外と難しいもんだからな。
かっこいいと思うよ。必死に隠そうとしているドヤ顔が見えなければな。惜しいな。
「全くもってその通りだな」
「……ああ」
黒雪は先ほどから首をかしげている。まあ無理もない、俺たちの会話を聞いていないのだから。そして快は不満げな顔だ。褒めてもらえると思ったか。その考えが甘い。
お前の好感度がだだ下がりだからありえない。
「さてこれからどうする、唯月や先生を待つか?」
そう言いきるか言いきらないうちに扉が開いた。いよいよおでましですか。
別にたいそうな人が来るとは思っていませんが。
扉からは先生が出てきた。ほら、たいそうな人じゃない。これは失礼だな。ただ言わなければそれは無いことと同じ。つまり、友達と思っている人からも実は馬鹿にされているかもしれない。うわ、それ誰信じたらいいの。ということで、浅く広くの友好関係は大抵どこかで馬鹿にされる。俺みたいな、アリの巣の中みたいな関係が一番ということだな。俺の友好関係入り組んでいて複雑だな。しかも水入れられたら一瞬で崩壊。もろすぎる。もしかして俺の関係ってこんなもんなの? 泣きそうだ。
先生の後には唯月も出てきた。
いよいよ本題に入りそうだ。
「ねえ相原くん、なんで君の学友がいるの?」
えっ何? 先生学友とか言っちゃうの? ジェネレーションギャップが……。
「あっそれはですね、舞染を助けたいとこいつが言っているからです。そして学友はもう死語だと思います」
危険を冒してそう言うと、思いっきり睨みを利かし、すぐさま快の方へ体ごと向けた。
「それはありがとうね、でも生半可な気持ちで助けてはいけないよ。まあ君の場合、そこにいる失礼な友達としっかり拳で話しあったらしいから大丈夫だけど」
先生はやはり先生だった。生半可な、って言うときの眼差しがすごかったから、少し快がすくんだ。すぐに元に戻ったけど。……ん?
「先生はなぜ、僕たちがあの件で話したことを知っているんですか」
もしかしたら唯月辺りが言ってしまったのか?
「私の情報網は広いんだよ。ちなみに言っておくとね、唯月さんから教えてもらった訳ではないから」
この人ストーカーだ。波留に憑いていたものが先生へ乗り移ったんだ。
なぜなのか知るのが怖くなってきて、問うのは止めることにした。
それは他の面子も同じだったようで、苦笑いしながらもどこか引いたような視線を先生に送っていた。
先生は気付いていないのか顔色一つ変えずに椅子に座った。みしっと鳴った。きっと勢いが良かったせいだろう。きっとそうだ。
それから唯月も椅子に座った。
「ではさっそく、舞染さんを助けるための案を考えましょう」
俺は短くはい、とだけ言った。他の人も同じくそう言った。
ふざける気にはなれなかった。先生の目が本気だったから、唯月たちの目も本気だったから。
それぞれ、どのような思いを持ち、はいと言ったのか。
快はそもそも舞染と言葉すら交わしていない。俺や和葉、黒雪だって、ほんの二日ほどしか顔を合わせていない。それは先生も同じことが言えるだろう。誰も詳しいことは知らないのだ。そして、もしかしたら俺の推論自体が間違っている可能性だってある。ただ単に修学旅行が嫌だったのかもしれない。
だがそれにしては、反応に違和感があった。しかし、俺は舞染ではない。そういう反応をしてしまうほどのことがあったのかもしれない。
つまるところ、知る由など無いのだ。
だから俺は自分の推論を信じるしかない。一度向きあうと決めたのだから。
「何か案がある人はいない?」
すぐに快が威勢よく手を挙げた。
「俺はもちろんのこと、他のみんなだって舞染のことを詳しくは知らないだろ、だから尾行をしてみるのはどう?」
何を考えているんだこいつは。
「あのな、お前は精神的ストレスがある相手に尾行をするというのか。それに、そもそも舞染がどこにいるかすら知らないだろ」
「あっ、そのことなんですけど、舞染さん、今日学校に来ていましたよ。見かけましたから。でも放課後にすぐ帰ってしまったみたいです。周りの人もどことなく気にしている様子ではあったんですけど、結局、私が見ているときでは誰一人話し掛けていませんでした……。」
そうなのか? 俺は先生に視線を送ると、先生は視線に気付き、短く頷いた。
「ただ、どちらにしても、そんなことをして気付かれたら、舞染さんにストレスを与えちゃうと思う」
俺と和葉が言ったことで、快の威勢は無くなってしまった。
「じゃあ、他に何があるんだ」
何があるか、か。何があるんだろうな、結局のところ。
生徒会に無理やり来させる? 相手に強制させるのは駄目だろ。
じゃあ、家を突き止めて訪ねてみる? 迷惑がられておしまいだ。
じゃあ、マネージャーか誰かから情報を聞き出す? ……これだ。先生なら知っているんじゃないのか?
「先生、舞染にはマネージャーとかいるんですか? いるのであれば、連絡して詳しいことを聞き出せばいいんじゃないでしょうか」
先生は、手を口元に当てて思案顔だったが、しばらくして顔を上げた。
「それはいい考えだね。校長先生に聞いてくるよ」
そう言って、早歩きで生徒会室から出ていった。
扉が閉まらないうちに、黒雪が口を開いた。
「私たちで舞染さんを助けられるのでしょうか」
普段の俺だったら、なに弱気になっているんだ。と言えただろうが今の俺には言えなかった。俺もそう思っていたからだ。
もし、マネージャーと連絡が取れ、舞染の人となりを知ったとする、その後に俺らは何ができるのだろうか。俺の考えには情報集めという大義名分の裏に、先延ばしが潜んでいた。もちろん、情報集めは必要だし、俺が言わなくても誰かが言っていただろう。
大事なのは、先延ばしを考えていたということだ。俺は一度向きあうと言ったくせに、どうしても不安や心配が脳裏から離れないのだ。
そう思った時点で結果は見えている。また辛いことがあったら逃げだしてしまうに違いない。
しかし黒雪は、そんな俺の考えを見破った訳ではないはずだ。
黒雪だって俺と同じように悩んだのだろう、その中での不安や心配が口を突いて出てきただけだ。それには、俺と違って先延ばしという概念は存在しない。舞染の件と真剣に向き合っている。
「違うよ、助けられるかじゃない。助けるんだよ」
ありきたりな言葉。しかしそれには説得力があった。自らを鼓舞する意味でもあったのだろうが、効果は覿面だった。
目の輝きが変わった。それは見間違いだろうが、少なくとも周りを取り巻く雰囲気は変わった。これからも何度も挫折すると思う。でも、乗り越えて行ける、そう思う。
走る足音が聞こえてきた。そして扉が開く。
「連絡先が分かったよ」
薄暗かった教室に陽の光が入ってきた。
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