俺の久しぶりの普通の日常?
それから俺は暇になったので本を読んでいた。相変わらず視線を集めたが。
こんなんじゃ読めないよ。恥ずかしくてもっさもっさしている髪の毛をいじっていた。そういえば最近髪の毛切ってないな、いつか切りに行かないとセミロングになってしまう。それは女子になってしまうので困る。
だが、切りに行ったら行ったで、周りから注目を集めてしまう。
もうどうしたらいいの、おしえてギャル子ちゃん。
チャイムが鳴ろうかという時に快が何食わぬ顔で戻ってきた。
後で覚えておけよ、目にものを見せてやる。
怒りのおかげで午後の授業は眠らずに受けることができた。
ホームルームも終わり、できるだけ沢中とも関わりたくはなかったので、不自然に見られない程度に支度を早めて廊下を出た。
行き先はもちろんあの部屋だ。
一人で普通科の校舎にある生徒会室へ歩いて行くと、俺と同じで一人の人が横を通り過ぎていく。それからしばらく歩くと、今度は仲が良さそうなカップルが、俺など視界に入っていないように通り過ぎていく。さらに歩くと三人組の女子が歩きながら話していた。
「沢中君ってかっこいいよね」
「うんうん、目立ってかっこいいよね」
「そうそう、一人だけ茶髪なのが逆にイレギュラー感があっていいよね。顔立ちも整っててぼっちの人とも話してあげてて優しさも兼ね揃えているよね」
沢中ファンだ。うわ、目合わせたくないな。
顔を伏せて前を見ると、女子三人はこっちを見て、また仲がよさそうに話した。
「もしかして、今の人って会長さんでしょ。あの人も友達少なくて、沢中君と楽しそうに話しているところ一度だけ見た」
ひそひそと言っても聞こえているから。というか君たちの目は節穴でしょうか。そうですよね。どこをどう見たら楽しそうなの、思いっきり嫌がっている顔が見えなかったの? ……たぶんこの人たちあの男しか見ていなかったんですね。そして、かっこいい人と話しているから、その人は幸せなんだという思い込みですね。
その後、女子三人はそうそう。それあるよね。などと言い、いなくなった。
女子三人の話す声が消えると、廊下がやけに閑散となった。
聞こえるのは、俺の足音だけ。
こうして歩いているとたった数日通っていないだけなのに、初めて通ったように思えてくる。あの時は緊張でそれどころじゃなかったから当たり前だったのだろうが。
そこらへんに貼ってある吹奏楽のポスターを、特に意味もないのに見る。
心に余裕が生まれるのはいいことだな。その余裕もすぐになくなると思うけど、貴重な余裕をありがたく使わせていただこう。
そんな時間もいつの間にか来てしまうもので、気付けば扉の前に立っていた。
中を窺ってみると、黒雪がせわしなく髪をいじりながら本を見ていた。
和葉より先に来たからいないのは当たり前だが、舞染も当たり前というべきかいなかった。もしかしたらと思っていたが、現実はそう甘くないらしい。
長い間扉の前で立つのもおかしな話なので、扉を開けた。
中に入ると、黒雪が俺を一度見た。
「こんにちは」
そうしてまた本に視線を向けた。……と思いきやまた俺を見て数秒後、あからさまに驚いた。そして笑ったような泣きそうなよく分からない顔でこちらに走ってきた。
「心配したんですよ相原さん、どこ行っていたんですか! 唯月さんに聞いても言葉を濁らせちゃうばかりで、相原さんも舞染さんもいなくて、朝も夜も眠れませんでした」
周りにここまで心配をかけていたのか。悪いことをした。
「ごめん、すまなかった」
そう言うと、黒雪は呆気に取られたような顔をして、落ち着きを取り戻したのか一歩下がって頭を下げた。……なぜ?
「すみません興奮してました。安心したものですから」
「いや、悪いのは全面的に俺だから、謝れることなんて何もないから。ほんとにごめん」
俺はきれいに直角になるような角度をして頭を下げた。それから5秒ぐらいたってから頭を上げると、黒雪はまだ頭を下げていた。
「いやいや、頭を上げて。罪悪感でいっぱいになるから」
「そうですか、それでは」
そう言ってようやく頭を上げた。その顔はきらきら輝いていた。
そんな輝いている顔をされたら、俺は消えてしまう~。
こんな話はもうしたくなかったので話題を変えることにした。
「突然なんだが、今日は何をする予定なんだ? 後から俺の友達が来ると言うんで、できればそちらを優先させたいんだが」
「あっ、全然大丈夫ですよ。特にこれといって仕事もないはずなので、ちょっと確認しますね」
黒雪は床に置いてあったバッグの方へ行き、水色の手帳をバッグから取ってきた。
いちいち記録しているのか、黒雪はまめな人なんだな。
俺は手帳を持っていないので、代わりに頭にインプットしておく。
「えーっとですね」
そう言いながら手帳をパラパラとめくった。
手帳をさりえなく見てみると、丸っこい字で分かりやすく書いてあった。なんて書いてあったかは見えないが。
「今日は一応、学校の規則を決める予定ですね。後は……これだけです」
今の間はなんだ? 何か隠しているな。
黒雪はさりげなく手帳が見えないようにした。
「なんて書いてあったんだ? ちょっと見せてくれ」
「べ、別に何でもないですよ。気にしないでください。見ちゃだめです」
アダムとイヴの気持ちが痛いほどわかった。だめと言われたら見たくなる。
それに、あの間の時に黒雪は俺を気遣うような視線を少しだけ送ってきたんだ。だから見られて恥ずかしいものではないはずだ。
「少しだけ貸してもらうな」
文面だけ見れば、間違いなくジャイ○ンだが、やっていることは別に大したことをしたわけではない。
ただ、ひったくっただけだ。
これはジャイ○ンどころかひったくり犯だ。……と言っても、別に黒雪の手に力が入っていたということではない。少しだけ恨めしい視線(レーザー)を送ってきただけだが。バリア。
手帳には、「舞染さんを助ける案を考える!」 と書いてあった。
「俺も舞染を助ける予定だから、もう心配してくれなくてもいいぞ。第一、そのつもりで今日は来たんだし」
「そうですか、それは良かったです。一緒にがんばりましょうね」
「あ、ああ、頑張ろうな」
「はい」
軽く首を曲げながら天使のような顔をするのは反則だ。なに? この娘、小悪魔?
それとも大天使ラファエル?
俺は咄嗟に後ろを向いた。
禁断の果実を食べたアダムとイヴは裸のことに気付いて、イチジクの葉で腰を覆ったらしいが、俺は顔を覆いたい。
純粋無垢な言葉は人の顔を赤面させる。
「あの、どうしたんですか」
会ったことだってまだ数えるほどしかないのに、2度も人の顔を赤くさせるなんて。
「別になんでもない、それより先生たちが来るまで待っていようか」
「じゃあ椅子に座りましょうよ」
冗談じゃない。座れるわけがない。
「俺はここで頭を冷やしているから、先に座っていてくれ」
「なぜ頭を冷やすのかは分かりませんが、そう言うなら先に座ります」
少しだけギシッと音がした。静かなこの教室だから気付けたぐらいの小さな音だった。
さて、どうしようか。どうしたらこの顔を真顔に戻せる。
方法は無いな。時間が全てを解決してくれるだろ。
ギーッ。
「ウワ、キモ」
たったこの一声で、時間が止まってくれと願った。
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