消える俺の時間

今日の授業中、俺は意外にも集中することができた。昨日の夜は散々考えて、平常心にはしばらくなれないと思っていたのに。

 焦りや不安も特に感じず、昨日の自分がなんだかアホらしく思えてきた。

 集中している時の時間はあっという間に過ぎ、昼食を食べる時間になった。

 いつもよりお腹がすいている気がする。ま、それもそうか、朝から走っていたんだから。今日は快を誘ってぼっち飯を回避する。

 そんなことを決意していると後ろから生理的に無理な、男子には似つかわしくない、あま―いボイスが聞こえてきた。

「ねえねえ、相原君、一緒に昼食を食べない? 今日は僕もいつもの君と同じように一人なんだよね」

 後ろを振り返ると、予想していた通りの顔が目の前にあった。ここまで笑顔が不気味な奴がいただろうか? いつも女子に振りまく笑顔とは別の、明らかな嘲笑。沢中の顔がそこそこかっこいいのは残念ながら認めるが、これはない。全くない。全然ありえない。

 返事をするのも面倒なので、さっさと快を誘うか。

 辺りをきょろきょろしていると快はすでに誘われてしまったのか、いつも沢中と一緒にいる男どもと一緒に楽しくランチをしていた。

 その姿を見て愕然とした俺を、沢中は後ろからフフフといつもの嫌な笑いをし、手を肩に乗せてきた。

「君も僕と同じで一緒に食べる人がいないんだから食べようよ」

 顔を上げると、沢中の仲間の男が俺に向かって、グッジョブというジェスチャーを送ってきた。とっさに俺も返そうとしてなんとか思いとどまった。

 あれは俺にではない。隣の生命体に向けてだ。

 そのときに俺はこの事件の隠された真相に気づいてしまった。

 事件の真相はこうだ。まず沢中はあらかじめ取り巻きの男どもに相原と昼食をとるために手伝ってくれないかと言い、その男どもは快を誘った。

 後は、快とも食べられなくなった俺は必然的にぼっち飯となるため、沢中が逃げる口実のなくなった俺を誘うという寸法だ。

 体は高校生、頭脳も高校生の俺には簡単な謎だったな。

 真実はいつもひとつ。

 決まった……。なんて悠長なことを考えている暇はないだろ。

 このままじゃ確実に一緒に食べることになってしまう。

 あっ、起死回生の切り札がこちらにはある……。訳もなくそのまま沢中の前で弁当を広げてしまうという失態を犯してしまった。

 こいつ、なんだかんだ言って、ぜってぇー俺のことが好きだな。

 厄介な敵に目を付けられたもんだな。

「それにしてもなんで俺と食うんだ。仲間がいるだろう」

「相原君が生徒会長になるらしいから、色々と話を聞いておきたいなと思ったんだ」

 生徒会長になってからロクなことがないな。

「それでさ、生徒会長になってから変わったことはあった?」

 なぜかすごい目がキラキラしているんですが、これは勘違いでしょうか。

「どうもこうもまだたった一日なんだからそんな激変しないだろ。変わったのなんて精神的にやられてるぐらいだ」

 ん、言うべきじゃなかったか。沢中の目の輝きがいつものに戻ってしまった。

「変わったのは精神的にだけなのか。それでも目が少しやつれてるっていうことは、結構ダメージを受けているみたいだね」

 ふむふむとか言ってロクでもないことを考えている沢中と関わらないよう急いでご飯を食べ、そそくさと逃げた。

 席に戻ると、少し疲れた顔をした快がのろのろと歩いてきた。

「快の顔もやつれてるが、きっと同じことがあったんだろうな」

「優紀も同じか。馴れない相手と食事をするのは控えた方がいいな、質問攻めにあって大変だった」

 快は二人と話していたから、なおさら嫌な目に遭ったんだろうな。

 ここ二日間で、俺を含めた周りの人が嫌な目に遭いすぎじゃないか? きっと偶然だと信じたい。一方でこれは起こるべくして起こった必然の出来事だと分かっている自分がいる。

 それもこれもあの先生のせいだ。でも今さら時、すでに遅し。

「そういえばさ、俺は生徒会の件だったけど快はどんなことを聞かれたんだ?」

「男子高校生に限らず、女子高生も好きな類のことだ」

「なんだ、その分かりづらい答えは。どうせ恋愛話だろ」

 俺がそういうと驚嘆の顔をしてきた。

「そうか、お前もようやくその手の話が分かるようになったか」

 俺がその話の意味を計りかねていると今度は呆れだした。

「つまり恋愛に奥手なお前もそういう話は好きになったのかということだ」

 やけにゆっくりな口調で、諭すかのような言い方だった。

「なっ、お前それはどういう意味だ」

 すると今度は間髪をいれずに、

「どういう意味って、そのまんまの意味だ」

 ちょっと怒ったが、そんなエネルギーも残ってなく怒ることを止めた。

「そんなバカなことばっかり言うなよ。俺は一般常識で言ったんだ」

「すまんすまん、ちょっとからかっただけだ。しっかし優紀はいつになったら付き合えるようになるんだろうな……あっそうだ、生徒会のメンバーの誰かに告白でもしたらいいんじゃないか」

「あのメンバーにか? 迷惑がられるだけだから無理だ」

 特に、あのアイドルなんかに告白でもしたら即行振られる。

「まあ気楽にやっていけ。いつかお前にふさわしい奴が現れるさ。もうすでにいるかもしれないがな」

「こっちもそんな人が現れるのなんて願ったり叶ったりだ」

「お前がどうであろうと人生一度きりしかないんだから、精一杯楽しめよ」

 まさかそんなことを言うとは驚きだ。だが惜しかったな、顔がドヤっていうのを訴えてきているのがマイナスポイント。よってゼロポイント。

「顔はともかく言っていることはその通りだな。生徒会もできる限り楽しもうとするか」

「おっともう授業の時間だ。じゃあ頑張れよ」

 授業はいつもと変わらずゆっくりと過ぎていき、昨日は緊張していたこの時間が、心の持ちようによって晴れ晴れと過ごせた。

 そして授業、掃除、ホームルームが終わり、現在、重厚感のある扉の前に立っている。

 ここで立っていてもしょうがない。

 扉をあけると、三人の女性が決して仲良くとは言えない距離感で各々ただボーっとしてたり、スマホをいじったり、困ったような苦笑いをして座っていた。

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