俺の間違い

俺は今でも

「はっ」

 なんか悪夢を見た気が。女性三人が老いた女の人に若さをくれーみたいなことを言われて逃げている夢を。山姥か教師か。目覚めが悪いな。

 今日は余裕を持って登校しよう。


 誰だ、余裕をもってとかいった奴、ふざけんじゃねえよ。今日も全速力だこのやろう。

 約18時間ぶりのご飯だったので、いつもの三倍食べていたらこんな時間になってしまった。そのせいで現在進行形で走っているんだが、食べ過ぎたからなのか、ストレスなのか、過労なのかで体がだるおも。それより、あの山姥が全く怒っていなかったことに俺は驚きなんだが。びくびくしながら階段を降りたら、あら今日は早いのねって言ったから怒りすぎてて逆に優しく感じる類のやつか思った。でも心から許しているようだったから良かった。

 遅刻しそうだから全速力で走っていると、前には和葉が走っていた。

 和葉は、走ってくる足音に気付いたのか、こっちを向き、また前を向き、知らんぷりをして走った。

「おい、唯月」

 できるだけ大きな声で言うが、返事はない。だから俺はさらに走って横に並んだ。

「なんで無視するんだ?」

「急いでたから、ちょっとかまってる暇がなかったの」

 ようやく和葉が口を開いた。

「それはすまないことをしたな。遅刻しそうだもんな」

 そのまま、できるだけ疲れないようにするため、一言も話さずにただただ走った。

 それにしても今日は、天気がいいな。走っているというのもあるけど、日差しが出ていて気温も高い気がする。絶好の散歩日和だ。走る日には向いていないけど。もう汗がだらだら。脇汗もひどそうだな。


 遅刻決定の電車のひとつ前になんとか間に合いそうになった。

「それにしてもなんで真面目な唯月が遅刻ギリギリなんだ?」

「自分のことを棚に上げてよく言うね」

 シラーっとした目で見るな。目の不純度が俺みたいになってるぞ。

 俺が遅刻してても別に不思議じゃないだろ。

「俺は真面目じゃないから、平気だ」

もう突っ込むのを止めたのか、唯月はあくびをして目をショボショボさせた。

「昨日あまり眠れなくて、寝坊したの」

 おお、仲間いたぞ。これにより俺の昨日の行動が異常じゃないということが証明された。それより、遅刻しそうなのに話してちゃ駄目だな。そう思って俺は一言も言葉を発さないようにした。

 しかし和葉は無言に耐えられないのかこっちを見てくる。

「今話しても、息が切れやすくなるだけだから電車に乗ってから話してくれ」

「そうだよね」

 なんだか悲しそうな声音で言われた。理由がちんぷんかんぷんなんだが。女心ってやっぱり分かんない。


 5分ほど走り、ようやく無人駅に着いた。少し前ぐらいかな、駅員さんがいなくなると聞いて、ついにここも無人になってしまうのか、どうにか過疎化を止められないものかと思ったものだよ。

 駅に着いても時間が時間だからかスッカラカンだった。

 時刻を見ると、電車が来るまで約2分。焦っているから、何もできない時間をどうにも出来なくてもどかしい。ソワソワしてくる。

 和葉を見ると、冷静なのか意外と落ち着いている。走っていた時の悲しさはどうした。

「そういえばさ、なんでさっき悲しそうだったんだ?」

「そうだったかな、見間違いとかじゃない」

 見間違いだったのか? 違うような気もするが、本人が違うと言うのであればきっとそうなのだろう。和葉は基本的に嘘もつかないし。これが例外的という可能性がでてきましたな。そのようだねワトソン君。

 これ以上聞いても帰ってくる返答はどうせ変わらないと思い、なんとなく携帯を開いてみた。


 携帯をいじっていたらようやく電車が来た。早く乗っても遅く乗っても、着く時刻は変わらないが、気持ち的に急いで走っちゃった。

 ようやく焦りも消えていき、後にはとある疑問だけが残った。結局、和葉は何を話そうとしたんだ?

「さっきは何を言おうとしていたんだ?」

そう言うと、和葉は少し考える素振りをした。

「昨日は、なんかいろいろと事が進んだけど、肝心の中身が抜けている気がしてたまらないんだけど」

「確かにな。いきなり何したいとか言われてもって思うし、黒雪は先生の傍若無人な行動についていっているし」

「それと、優紀くん大丈夫? こう言ってはなんだけどお世辞にも人と接するのが得意とは言えないでしょ。全校生徒の前でのあいさつとかできる?」

 自分でもしっかりと分かっているけどいざ言われたら、イラつかない代わりに悲しくなってくるな。親に的確な所を突かれて何か言い返そうとするけど、やっぱり言えない感覚と同じだ。やっぱり親に勝てないと分かった瞬間だったよな。

 それを小学生で分かったんだから大人だな。親にはおじいさんと言われたこの頃。

「確かにその通りだけど、それぐらいどうにかなるだろ」

「これだから男の子は。確たる証拠もないのに何とかなるって言って何とかなるの?」

「それはやってみなきゃ分からない」

「大丈夫な理由を具体的に言ってもらわないと」

 和葉の口調が少しだけきつくなった。

ちょっとヤバいな、このままだったら喧嘩になりそうだ。どちらかが折れなければ。これは高齢者の俺が折れるべきか? プライドがあれだけど喧嘩になるとめんどくさいから折れるか。

「すまなかった。理由は特にないから大丈夫とは言えない」

 そういうと、和葉は一瞬、面を食らったような顔をして突然申し訳なさそうな顔になった。

「私もそんなに責めたかった訳じゃないから……。ごめんね」

 大変申し訳なさそうな顔の上目づかいは意外と精神的に来るな。しかし俺の理性という名のA.T.フィールドを破るにはまだまだ足りないな。

「元々悪いのは俺なんだからあんまり気にしないでくれ」

 和葉がうんと言ったのを最後に、俺も和葉も口を開きづらい状況になり、走っている時には無かった静けさが辺りを支配していた。

 電車には人がちらほらいたが誰もがこの静けさを壊そうとはしなかった。

 こういう時に静かになると焦りを感じてしまうのが常識人である。俺もその例に漏れず、遅刻とはまた違う焦りを感じていた。違和感がないようにしきりに今まで何度も目にした風景を見る。


 木や草があったのが、次第に市街地が見えてきた。そして駅に着いてしまった。

 超気まずい。遅刻しそうだから走らないといけないのは分かっているんだが、どうにも走る雰囲気ではない。そう思いホームから出て歩いていたが、いつの間にか普通の顔に戻っていた和葉がこっちを向いた。

「走らないの? 遅刻しちゃうよ」

「そうだな」

 和葉に感謝だわ。和葉は雰囲気は関係ないのか。KYのいいところを初めて知った。すごい自分が嫌な人だっていう気分。感謝している人を馬鹿にするなんて信じられない。そんな自分に嫌気がさす。

 自分を責めてもネガティブになるだけだから和葉のペースに合わせて走った。

 それにしても意外と和葉は足が速い。勉強もでき、運動もそこそこできる。俺も、どちらもそこそこできると自負をしているが、もし和葉が男だったら負けているはず。

 さらに誰とでも分け隔てなく接することができる。苦手なことがあるのかと疑問を持ってしまうぐらいだ。

 そこら辺が男子に好意をもたれるだけでなく、女子にも友達としての好意をもたれる原因なんだろうな。そこには尊敬も少なからず入っているだろう。

 大きな存在になると出てくる妬み嫉み憎しみも多分ないだろう。

 しかし俺は昔、いや今も……

 学校にはぎりぎり遅刻せず登校することができた。

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