第16話 永遠の誓い② ※修正版
二階の窓からこっそりと外の様子を窺って、おそらが学校に向かったのを確認した。
様子を見に行きたいと言われたときは焦ったけど、どうにか誤魔化せた。
すぐに彩愛に連絡する。
彩愛の到着までまだ時間はあるが、いつまでも家にいると親に怪しまれるので、いつもどおりを装って家を出た。
先に家の中に入って待っていようかとも考えたが、どうにも落ち着かなくて、一秒でも早く顔が見たくて、結局外で待つことにした。
しばらくして、こちらに駆け寄ってくる影が見えた。そして気がつけば、僕のほうも、彼女のもとへと駆け出していた。
「先輩っ……!」
「おっと」
まさかいきなり胸に飛びこまれるとは思わなくて、ちょっとたじろぐ。
「会いたかったですっ!」
彩愛は全身で愛情を表現するように、強く強く僕を抱きしめる。僕も負けじと、華奢な背中に腕を回してきつく抱いた。
体温を感じる。柔らかな感触が伝わる。ただ密着しているだけで、ものすごく、信じられないほどいい匂いがする。ただ抱きしめあっているだけなのに、下腹部が熱を帯びていくのを抑えることができない。
それでも気にせず抱きしめ続けて堪能して充分に満たされてから、そっと腕の力を緩めた。
「彩愛、今日はなんか、いつもよりテンション高い?」
「かもしれないです。だって……」
彩愛は目と鼻の先にある、一軒の家に目を向けて、
「今日、これからのことを考えると、どうしようもなくドキドキしてきちゃって……」
「楽しみ?」
「……はい、とても」
ぼそりと言って、俯く彩愛。完全に開き直っているわけじゃない、だからといって欲求に逆らおうとも思わない――そんな、複雑な表情をしていた。その気持ちが、僕には手に取るようにわかった。
彩愛の格好は僕同様、制服姿だった。親の目を欺くには、そのほうが都合がいい。
サボらせて。嘘をつかせて。裏切らせて。
「なんかさ、僕、どんどん彩愛を悪の道に引きずりこんでる気がする」
「ふふっ、それ、たぶん気のせいです。だって私、とっくに悪い子ですから」
言われて、ふいに蘇ったのは、
『おそらとは、別れなくていいです』
『私は、二番目で構いません』
――始まりの記憶。愛の告白。
「だけど、いいんです、悪い子でも」
笑いながら言うようなことでもないだろうに、彩愛は笑顔だった。
「いいってことはないでしょ?」
「いいんです。先輩さえ受け入れてくれるなら、私はどれだけ悪い子になっても平気なんです」
「……なるほど」
間の抜けた返事をしながら、思うのは。
じゃあ、僕はどうなんだろう、ということだ。
彩愛にさえ、彩愛にだけ愛されていれば、おそらには嫌われてもいいのか。
それとも……。
「せんぱいっ」
彩愛が僕の腕を取る。
「行こっ?」
「……うん、入ろっか」
僕は彩愛と連れ立って、栗羽家の玄関前に立った。
上着の内ポケットから合鍵を取り出し、鍵穴に挿しこむ。
「素朴な疑問なんですけど、どうして合鍵なんて持ってるんですか?」
「あぁ、うん」
たしかに、普通は不思議に思うかもしれない。幼なじみとはいえ赤の他人が、人様の家の合鍵を持っているなんて。
「これは昔、
栗羽家は昔から、両親が仕事で夜遅くまで帰ってこないのが常だった。
まだ小学生の娘を一人きりで過ごさせるのが親として心苦しかったんだろう、あるとき、久望里さんはうちの親には内緒だと言って、合鍵をくれたのだ。おそらのことが心配なんだって、子ども心にもわかった。
その日以降、僕は頻繁に栗羽家に出入りするようになった。久望里さんの気持ちを汲んで、というよりも、単に広くて立派な秘密基地が手に入ったみたいでうれしかったのだ。おそらが習い事で帰りが遅くなる日も、僕はひとり、栗羽家に入り浸り……今思えば、すべてが久望里さんの思惑どおりだったんだろう。
「おそらのお母さんに感謝ですね」
「まぁ、ね」
久望里さんも、娘のためを想って渡した合鍵をこんなかたちで使われるなんて、さすがに想定していなかっただろう。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。だからといって、やっぱりやめようこんなこと、とは思わない。
ふたりいっしょに、玄関に足を踏み入れる。
彩愛は脱いだローファーを丁寧に揃えると、そのまま手に持った。
「持ってくの?」
「はい、念のため」
「心配しなくても、おそらも両親も当分は帰ってこないよ」
「でも、万が一ってことがあるので」
彩愛の両の瞳には、揺るぎない意志が宿っていた。
「絶対に、バレたくないんです」
「まぁ、そこまで言うなら」
別に止める理由もない。油断するよりは警戒していたほうがいいだろう。
僕たちは二階へあがると、“おそらプレート”がぶら下がる扉の前で立ち止まる。
彩愛と顔を見合わせて、静かにうなずきあった。
ガチャリとノブを回し、扉を開く。
幾度となく目にした壁紙、ずっと変わっていない家具の配置。慣れ親しんだ、幼なじみの部屋。
彩愛は興味深そうに室内を見回している。
あまり女の子の部屋らしくない、よく言えばシンプル、悪く言えば殺風景な部屋だ。
でも、おそららしくはあって。
だからこそ、燃える。
おそらのいない、おそらの部屋――
それは、安心と刺激を両立した、奇跡のデートスポットだった。
「貸して」
一階から持ってきた新聞紙を部屋の隅に広げて、彩愛から受け取ったローファーを置いた。
彩愛に目を向けると、部屋の内装からある一点へと視線を移していた。
「先輩は、この部屋で……このベッドで……その」
ほのかに頬を赤くして、ちらりと僕を見る。
「おそらと…………した、んですよね?」
「……うん」
喉元まで謝罪の言葉が出かかって、だけどそれは違う気がして、呑みこんだ。
彩愛はなにも言わず、ベッドの縁に腰を下ろした。
「先輩も、隣……座ってください」
「ん……」
僕は隣にそっと腰を下ろし、次の瞬間には、彩愛に押し倒されていた。
仰向けになった僕の眼前に、彩愛の顔が迫る。
垂れ下がる黒髪に、視界が狭められる。
目の前の女の子は、この世のものとは思えないほど可愛かった。頬を上気させ、瞳を潤ませ、恋する眼差しで僕だけをじっと見つめている。僕はただただ、見惚れることしかできなかった。
彩愛はさらに顔を近づけてきた。
長い髪が頬を撫でる。彩愛の匂いがする。
「はぁっ……比呂弥せんぱい……っ」
吐息の熱をゼロ距離で感じて、ぞくりと全身に鳥肌が立つ。
「今日は私が、先輩のことを気持ちよくしてあげたいんです。……いいですか?」
ゴクリと、無意識に喉が鳴る。澄みきった目をまっすぐに見つめ返しながら、僕は小さくうなずいた。
「うれしい、ですっ……」
唇を塞がれる。
彩愛の柔らかい唇が、僕の唇を吸いあげる。
ちゅぅっ、ちゅぅっ、と音を立てて、何度も何度も、強く吸いついてくる。
それだけでも、頭が変になりそうなくらい気持ちいいのに、彩愛は僕の唇を強引にこじ開けるようにして、舌を挿し入れてきた。
「んぁ……はぁぁ……」
舌を。歯茎を。唇の裏側を。歯の裏側を。頬の内側を。慈しむような丁寧さで、順にねぶっていく。
ぬめぬめとした感触が、生温かい吐息が、唾液が混じりあうぐちゅぐちゅという音が。脳の中枢を直接刺激して、意識がどろどろに溶けていく。
朦朧とした頭で、一心不乱に舌を絡める。後頭部を押さえつける。強く強く唇に吸いつく。
「ぷはぁ……っ、……はぁ、はぁっ……」
彩愛は顔を真っ赤に染めて、荒い呼吸を繰り返し、
「私のキス、どうですか? 気持ちいいですかっ……?」
「うん……すごく……」
「……じゃあ次は」
ガチャガチャと、ベルトの金具が外れる音がした。
幸せな時間は終わらなかった。
彩愛は宣言どおり、ほとんど一方的に僕を攻め続けた。年下の女の子に主導権を握られるというシチュエーションが、これほどまでに興奮するものだとは知らなかった。
とはいえ、僕だけがひとりで気持ちよくなるばかりではない。行為をすればおのずと、彩愛とふたりで、一緒に気持ちよくなることができる。
僕たちは欲望の赴くまま、ただ貪欲に、ひたすらに互いを求めあった。
時間の感覚がない。
一度だけ、飲み物を取りに一階に降りたことは覚えているが、それ以外はずっと部屋にこもりきりだった。
延々と、ひとつのことに熱中していた。肌を触れあわせ、こすりあわせ……そんな単調な行為を、飽きもせず、取り憑かれたように何度も何度も繰り返した。
刺激のその先にあったのは、果てることのない快楽だった――。
仰向けに寝転んだ僕の上で、彩愛が呼吸を乱している。
彩愛の頬には濡れた髪の毛が張り付いていて、指を絡めあった両の手のひらは、混じりあったふたり分の汗でぬるぬるになっていた。
彩愛も僕も体力はとっくに限界のはずなのに、快感が疲労感を常に上回って、いつまで経ってもやめることができない。
「せんぱいっ、比呂弥先輩っ……私っ、またイキそうっ……!」
繋いだ両手に、ぎゅっと力がこもる。
「彩愛っ、彩愛っ……ああっ、もう出る……っ!」
僕は彩愛の手を強く強く握り返しながら、自然の流れに身を委ねて。
精も根も尽き果てようとした、まさにその瞬間。
唐突に、ガチャリと音がした。
僕は反射的に、音のほうへと目を向けて。
そして固まった。
いるはずのない人物が、そこにいた。
壁の時計を見やる。時間なんて今はどうでもいいのに、動揺して正常な判断が下せない。
彩愛を見る。間の悪いことに、小さく身を震わせていた。
「っ……はぁ、はぁ……」
音に気づいたときには、もう手遅れだったのだろう。乱れた呼吸を整えながら、こわばった顔で僕を見る。
それから、ゆっくりと背後に顔を向けた。
「おそらっ……! これはっ、ちがっ……!!」
誰も言葉を発しない中、いち早く我に返った彩愛が声をあげる。
それが引き金になったのか。
「っ……!」
無表情で立ち尽くしていたおそらは、弾かれたように身を翻した。
「待って……! おそらっ……!」
呼び止める声が虚しく響く。階段を駆け下りる音が聞こえる。
彩愛が今にも泣きだしそうな顔で僕を見た。
「どうしようっ、先輩っ、どうしようっ……!」
「…………」
僕はぼんやりと、開け放たれた部屋の入口に目を向ける。
目の前が真っ黒に塗り潰されていて、なにも見えない。
脳が、心が、現実を拒絶していた。
「せんぱい……ねぇ先輩っ……」
僕を呼ぶ弱々しい声も、やがて聞こえなくなった。
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