第11話 はじめての×××①
バスに揺られながら、僕はなにをするでもなく、ぼんやりと窓の外へ目を向けた。
巨大な観覧車が見える。目的地に近づいてきた。
僕たちにとってはお馴染みの風景だ。昔は逢海家と栗羽家のふた家族揃って、よく遊びに行っていた。おそらと二人で行くのは今回がはじめてになる。
もちろん、三人で遊ぶのも――今日がはじめてのことだ。
「彩愛、もう着いたって」
声をかけられ、隣の座席に目を向けると、毒々しい色合いのニット帽が視界に入った。民族衣装じみた風変わりなファッションに身を包み、相変わらず周囲からは浮きまくっていたが、似合っているので問題はない。
おそらはスマホから顔をあげて、窓の外に目をやった。
「こっちはあと五分くらい?」
「十分くらいかな」
「楽しみだね」
「うん」
僕と、おそらと、佳月さん。
よりにもよってこの三人で遊園地に行くことになるなんて、思ってもみなかった。
事の発端は、僕と佳月さんの関係が決定的に変わった、あの日まで遡る――
佳月さんと別れた僕はまっすぐにおそらが待つ校門へ向かったが、おそらはまだ来ていなかった。
……少しホッとしている自分がいる。正直、おそらと顔を合わせるのが怖かった。どんな顔をして、どんなふうに声をかければいいのかわからない。後ろめたさと、バレるんじゃないかという恐怖で、必要以上に緊張している。
少しして、おそらがやってきた。佳月さんも一緒だった。
「おまたせ、比呂弥」
「うん……」
「ねぇ比呂弥、突然だけど、次の日曜日……デートしない?」
「え……? デート?」
予想外の単語に、緊張も忘れ素で訊き返してしまう。なにより本当に突然だった。
「うん、だってわたしたち……まだちゃんとしたことなかったでしょ?」
「それは、そうだけど……」
デート以上のすごいことをすでにしてしまっているので、順序がおかしいような気もするが、確かにデートらしいデートはしていない。
「ね、しようよ。いいでしょ?」
「……」
ちょっとだけ、返答に困る。
佳月さんの告白を受け入れた直後に、佳月さんが見ている前でおそらの誘いを受けるのは、さすがに抵抗がある。“二番目で構わない”と佳月さんは言ってくれたけど、それでも、どうしても「佳月さんに悪い」と思ってしまう。
とはいえ、恋人からのデートの誘いを断るなんていかにも不自然だ。それは佳月さんだってわかってくれるだろう。
「もちろん、いいよ」
僕は言った。
「ありがとっ。で、相談なんだけど、彩愛も一緒でいい?」
「…………え?」
今度こそ言ってる意味がわからなくて、思わず佳月さんを見る。佳月さんはどこか不安げな顔をして僕を見ていた。
「彩愛から聞いたよ、恋愛相談に乗ってあげてたって」
「……」
佳月さんが急に慌てたように、なにかを訴えるような強い眼差しを僕に送ってくる。……ここは、話を合わせておくのが賢明だろう。
「実はそうなんだ。……それが?」
それとデートの件が、どう繋がってくるんだろう。
「彩愛はデートが成功するか心配で悩んでる。だから、すぐそばで見学して、参考にしてもらおうと思って」
「……僕とおそらのデートを?」
「うん」
なんだそれは。デートの見学なんて聞いたことがない。
「もちろんただ見てても面白くないと思うから、実際には予行演習も兼ねて、三人でデートすればいいと思う」
「……おそらは、それでいいの?」
「いいもなにも、わたしの発案だから。わたしも彩愛の力になってあげたいの。それで、比呂弥はどう? 比呂弥がそういうの嫌なら、無理強いはしないよ。別の応援の仕方を考えるからだいじょうぶ」
「……佳月さんも、本当にいいの?」
「はい、先輩さえよければ、私もご一緒したいです」
その瞳からは、本気の熱を感じた。話の流れ上仕方なく、という感じではない。
……確かに、考え方によっては、これはチャンスかもしれない。
佳月さんと、デートができるチャンス。おそらに見つかることを気にせずに、予行演習の名目で堂々と。二人きりでとはいかないが、こっそり行ってあとで発覚するリスクを考えると、むしろ三人一緒のほうが都合がいい。
「…………うん、わかった。二人がいいなら、僕もそれでいいよ」
少し迷うふりをしてから、僕はそう言った。
「決まり」
おそらが言った。
僕たちはバスを降りて、そこからは徒歩で目的地に向かった。
特別大きくも小さくもない、どこにでもあるような地元の遊園地だが、休日ということもあってか、カップルや家族連れでそれなりに賑わっているようだった。
「あれ、彩愛じゃない?」
入口のゲートのそばに長い髪の女の子が佇んでいる。
おそらが手を振りながら近づいていくと、女の子もこちらに気づいて、控えめに手を挙げた。
ふいにおそらが僕の服の袖を引いた。
「ん?」
「おまたせ、待った? って言ってみて」
「……」
僕は佳月さんのもとへ駆け寄りながら、言われたとおりに声をかけた。
「おまたせ、佳月さん。待った?」
佳月さんはどこか恥ずかしそうにしながら、上目遣いに僕を見た。
「い、いえ。今来たところです……」
佳月さんが十分以上前に到着していることは本人からの連絡で把握済みだから、このやり取りに意味があるとは思えないけど……。
「うん、いいね、合格。その調子だよ、彩愛」
予行演習はもう始まっているらしかった。
「……私のことなら気にしなくていいから、おそらは先輩とのデートを楽しんで?」
「彩愛も一緒に楽しむの。彩愛のほうこそ変に気を使ったりしなくていいからね」
「……うん」
二人が会話しているあいだ、僕は改めて佳月さんを観察してみた。
清涼感のある白のブラウスの上から薄手のカーディガンを羽織り、小さめのバッグを肩から斜めに提げている。下はシンプルなショートパンツに黒のオーバーニーソックスを合わせ、園内を歩き回ることを想定してか足元は動きやすそうなスニーカーだ。
清楚なイメージは制服のときと変わらないが、はじめて見る私服姿ということもあり、とても新鮮に感じられた。いつも可愛いのに、さらに数割増しで可愛く感じる。
……褒めたい。褒めて、照れた顔を見たい。
だけど、いくらデートの予行演習という大義名分があるとはいえ、おそらの前でそれはさすがにまずいだろう。僕が佳月さんに気があると少しでも悟られたら、その時点で終わる――そう思っておいたほうがいい。
仕方ないので褒めるのは諦めて、僕は二人に声をかけた。
「こんなところで立ち話もなんだし、とりあえず入ろうか」
反対の声があがるわけもなく、僕たちは三人揃って遊園地のゲートをくぐった。
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