第15話 魔王の美しくもない仕打ち
「脂ぎった男と頭の毛が寂しい男と年がら年中発情している雄――どれがいいです? お前は一応公爵令嬢ですし、選ばせてあげましょう」
王宮の東の端に作られた小さな庭園は、大昔の王女のために作られたものだと聞いている。何があったのか名前も降嫁先も形跡は残されておらず、ただ彼女の存在を伝えるためだけに今も手入れがされていた。
ガーベラが好きだったのか、と聞きたくなるほど一面が同じ品種で埋めつくされている。飽き飽きしてきたこともあり、テーブルを挟んでところで立ち尽くす女に視線だけ向けた。
「お前が嫌がったのではなかったですか? 隣国の王――いや、元王に嫁ぐのは嫌だと」
形だけの王妃とはいえ、それはそれは大切にされたことだろう。どれほどの男の子を孕むのかは知らないが、この見目しか磨いていない愚かな女にはお似合いのように思えた。
「どうしても僕が用意した者が嫌なら、今から隣国に送り届けてあげますよ」
僕が用意した者は、見目こそ良くないが内実はすぐれている。ただただ、女性に嫌われる要素を持っているため、駆り出される彼らに同情をしてしまう。
まあ、利用している僕がいうなという話しだけど。
「さっさと決めてください。お前の行き先が決まらないと、父親の流刑地が決まりません」
「……っ!」
大きく見開いた瞳からはポロリと何かが落ちた。
その歳で女の武器を扱うとは、性根の腐った女だ。万が一にも心からの涙だとしても、愚かな結果が付随しただけだろうとしか思えない。
公爵は隣国の王を招き入れ、国が禁止している婚姻を結ばせようと画策した。
それだけでも処罰の対象であり、処刑されても仕方がない行為だ。予想外だったとはいえ、僕が攫われる事態を作ってしまったのだ。もう爵位を返上するだけじゃ足らない。首と胴を切り離すぐらいでないとね。
だけど、この女は生きて苦渋を味わうべきだ。
僕のアヴェリーに大変失礼な言葉を投げかけたのだから。女の武器である肌も髪も体もボロボロに使いされてしまえばいい。
体と一緒に心も壊れてしまえ。
「わた、くしは……こんな、ことになるなんて、思っていなくて……」
「だから? 知らなかったで許されるものはないんですよ、貴族という地位にある限り、貴族としての振る舞いは当然求められるんです」
お茶会をする形で呼びだしたせいか、テーブルの上にはお菓子と紅茶の他にナイフとフォークが用意されている。
なんとなしにナイフを手に取り、指の腹に這わす。
このぐらいで肌は簡単には傷つかないが――あの国の王妃はどれほどの力を込めたんだろう。
「お前が正妻になれる場所はひとつ。毒の地と呼ばれる場所にいる隣国の元国王に嫁ぐ他ありません」
「い、いや……です……」
「ならば側室として隣国の元教皇のところに行きなさい。正妻は大変悋気が強いらしく、お前はどれほどの苦渋を味わうことになるでしょうね」
僕としてはこの道を選らんでもらいたい。
本来であれば教会にいたあの女が嫁ぐはずだったのに――今でも嫁がせる方法はないのか模索するほどには、苦しめたいのだ。
「悋気が強いと言いますが、一体どれほどのものなんでしょうね。ふふっ、僕が見たことのあるのは、王のお手つきとなったメイドの肌を指先からナイフで剥がしていく拷問や――」
公爵令嬢に見えるように、実演をするように僕の指先にナイフを滑らせる。
「あっ、あっ、あぁ!! 私、いや、です……っ、いや!」
「大丈夫ですよ。お前も同じ素養を持っているのですから、やられる側になってみなさい。先ほどあげた我が国の方々にも奥方はいるから――怖いですね。ふふっ、ふはははっ!」
公爵令嬢は泣き崩れ、その場に膝を折る。
うっとうしくて仕方がない。
ナイフを女のそばに投げれば一層声をあげる。
イライラが募っていき、簡単に処刑するのも手かもしれないと思い始めた時だ。
「こんの、魔王!! 何勝手なことしてるの!」
ドレスをたくしあげ、額から頬にかけて汗が流れている。まとめていない髪はボサボサで、思わず笑ってしまった。
「アヴェリー、僕に会いにきてくれたんですか?」
「なわけないでしょう! ランディが魔王化してるって呼びだしてくれたのよ!」
少しぐらい、いいではないかと文句を言おうか迷う。
ランディがアヴェリーを呼び出すことは百も承知だったから、ちょっと遊びのようなものだ。彼女の暴言が耳に残り、本当に頭にきていたのだ。
「もう許してあげて」
アヴェリーも分かっているのだろう。
肩からふぅと息を吐き出し、僕の頬に触れた。
手袋がないその華奢な手は思いの外冷たく、心地良く、僕の気分を良くしてくれる。だから、女に視線を向けさっきの話の続きをしてあげた。
「爪がね、邪魔になるから全部剥ぐんです。そこから捲っていって、血肉にまみれたメイドは殺してくれと叫ぶんです」
歌うようにつらつらと言葉がでてくる。
昂揚しているから仕方がない。
「でもね、正妻は許しません。次は鏡を用意して化け者じみた姿を見せてあげるんですよ。ここで絶命する者もいましたけど、たまーに精神力が強いのか発狂するだけ死なないんです。だからですね――」
アヴェリーの指が僕の頬をつねって捩る。
中々の痛みだ。
「止めなさい」
「この女が悪いんです。僕のあなたを傷つけたんですから」
「残念なことに、あの程度じゃ傷つかないのだけど?」
「僕が嫌なんです」
これ幸い、とアヴェリーの腰に腕をまわしお腹の辺りに顔を埋める。
走ってきたせいか、心臓の音がここまで聞こえて少し面白い。
まったくと呆れた声音が聞こえるけれど、荒ぶった気持ちは少し落ち着いてきた。後のことはアヴェリーに任せて、僕は目を閉じた。
「バーフィルド公爵令嬢、あなたの嫁ぎ先はすでに決まっています」
まぶたの裏にうつるのは、アヴェリーの微笑み。
大丈夫、この国は傷ついていない。
「国王陛下より公爵の元に沙汰がくだされ、あなた方一族はすべからく全員が同行することでしょう。輿入れまでの間、心穏やかに過ごしなさい」
複数の足音を耳がひろう。
甲冑がぶつかる音からして騎士たちが、女を引き連れていったようだ。
「ねえ、アヴェリー怒ってますか?」
庭先にいるのはふたりだけ。
だから僕は甘えるように告げる。
「当然でしょう」
つんっとそっぽを向くアヴェリーの横顔は愛らしいけれど、僕がみたいものじゃない。
「許してください、あなたには笑顔が似合っているんですから」
そう言えば、呆れたように――でも嬉しそうにアヴェリーが大好きな僕の髪に指を絡める。優しく梳くその手つきは宝物のように扱われていて、くすぐったくて仕方がない。
「アヴェリー、愛しています」
あなたからの返事はないけれど、形づくる唇の動きは僕はちゃんと覚えている。
王太子の魔王化について 読(どく) @mohaya_ao
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