第13話 魔王の美しい仕打ち

 隣国への援助について、指針が決まったことを一応あいつにも教えておくべきかと思案する。が、あの男の居場所は隣国のどこにもなく、生涯を僕の国で終えるのだから。



 高く澄んだ空、一面に広がるは荒野。枯れゆく定めを負った木々はすでにこの地から消え失せた。残ったものを探せば人々が暮らしていた家屋だが、こちらも風化が激しく荒野に相応しい建物と言えよう。


 蒼い瞳は僕を映してはおらず、どんな色が浮かんでいるのか分からないし、興味もない。自分の失態ゆえの結果なのだ。


 この王の幼少期を知っている。

 印象的な蒼い瞳に浮かぶ苛烈な強さはあの頃と変わりなく、いやさらに歪みの色を濃くしていた。

 アヴェリーには一生言うつもりはないけれど、彼は教皇の可愛い小姓。隣国の中でも神の血を引く家柄は存在し、蒼い瞳の男もそのうちのひとつだ。遠い昔とはいえ教会に目を付けられるには十分すぎる容貌もあって、男は教皇に差し出された。


 反吐が出た。


 あの晩の出来事は自分よりも年上の少年たちが泣きながら許しを請い、面白おかしく笑いつづける下卑た男たち。だから僕は手を出した。

 宗教国家という特殊な場所だからこそ子どもである僕にも何かができると考え、子どもながらに断罪できるだけの証拠を揃えた。そして泣きわめく子どもたちの中で唯一抗っている男に、僕経由だと知られないように資料を渡したのだ。


 だけど、この男はそれを捨てた。


 今ならわかる。

 男は王になるため、唇を噛み締めひたすら耐えたのだと。

 何十年という間待ち焦がれやっと手に入れたというのに――愚かなことだね。


「ここを、私に与えるというのか?」

「ええ、玉座を失った王にはお似合いだと思いまして」

「自らの罪を私に見せ、与えるとは……正気を疑う。何より、ここは人が……いや、命あるものが生活できるばしょではない」

「数年前までは普通に木々が生えていましたし、がんばればなんとなりますよ。何より、ご自分に選択権があるとでも?」


 悔しそうな顔をしているのかと思えば、意外にも凪いだ瞳をしていた。


「私がここにいれば、国は無事なのだな」

「今までより『まし』にはなると思いますよ。どうします?」


 僕としては今回の一件で、隣国の腐敗を推し進め、ついでにアヴェリーに忠誠心を誓うあの女に七十過ぎの被虐趣味を持つ教皇を夫にしようとしていた。

 それだけあの女は罪深いことをした。

 アヴェリーが許そうとも僕は彼女の体を傷つけた女を一生許すことはできず、心も体も壊してやりたかった。


 でも、今回はアヴェリーのほうが早かった。

 隣国は年若い者が王となり、あの女は我が国から派遣された後見人となった。

 年若いとはことから彼女には補佐官がふたり付けられ後日、隣国いりする。さらに、彼女は年近い男と婚姻を結ぶらしい。アヴェリーが根を下ろし監視するように、とでもいえば頷くことだろう。


 簡単にいかなければいいが、あの女は教会がほっする国王の血を引く家に生まれた。言葉でいっても理解されないだろうが、系譜があり国王の親書もあったと聞く。

 付け加えるなら、教会に仕えていたこともプラスに働き、加えて先日の展示会。隣国の者と交流しながら作業をしたため、彼女の神に対する造詣の深さもあり反対する声は小さかった。


 忌々しい。

 だが、アヴェリーに速さで負けたのは僕だ。

 今回は引くことにしたけれど、この男の処遇については僕の一存で決めさせてもらう。


「断ることなどできまい。貴殿の申し出を全てのもう」

「分かりました。でしたらこの土地をあなたにあげます。大方、この場所がどういった場所なのかご存じなのでしょうがね」

「破棄された土地」


 端的に語る言葉に、はい、と軽く頷く。

 口にするのも穢らわしいとでもいいたいのか、元国王の目には非難の色が濃かった。


「簡単でした、とてもね」











「残念。あの女にお似合いの相手を見つけておいたのに」




ランディ、今回の指揮をとったのは誰?


「ああ、使えない男か。連れてきて、そのままあの地に行こう」



「アヴェリーの考えていることはわかるよ。神が穢した地を美しくしてもらわないとね」











 単純だからこそ、食い止めることが難しい。油をまき散らし、火をつけるだけ。たったそれだけでこの土地は焦土とかし、住むことが叶わなくなった。

 今も領主の城の焼け跡が建ったまま放置され、そこから広がった炎の痕も綺麗に残っている。すべて罪の証。


「これほど焼けているとは……思わなかった」

「油の中に燃える成分を持つ毒を混ぜるように指示しましたから。愚かな人間がここに戻って来ようなどと思わないようにね」


 それでもいいですか、と訊ねれば彼は眉一つ動かさず淡々と告げた。


「神の怒りにふれた私の失態だ。試練なのだと受け入れよう」

「……まるで僕が神のような言い方ですね」

「だと思うが? 千里眼の力を有しているのだろう」


 馬鹿だな、この人は。僕が自由に扱えると思っているようだから、まあ教えてやる必要もないが。


「ええ、ですからあなたがここで勝手な振る舞いをすれば、僕はすぐに気付くでしょう」


 言外に勝手なことをすればすぐに殺す、と告げておく。そして僕の元にいる塵の存在を思い出した。


「ああ、そうだ。あなたが送り込んできた令嬢、覚えていますか?」

「あの娘は何も知らん。ただ、ワインをかけるように少し脅しただけだ」

「そちらではなく、公爵令嬢のほうです」

「…………ああ、あれか」

「あなたの妻になる予定だったと聞きますし、この地に近々来ることになると思いますので温かく迎え入れてくださいね。夫婦揃ってこの地を耕し、緑豊かな土地にしてください」


 元王は忌々しげに顔を歪めた。

 ほんの少しだけ溜飲が下がったけれど、まだまだ足らない。


 それにしても……自分の言葉に笑ってしまう。

 この土地が緑豊か? そんなもの百年向こう無理だ。罪人に見あうだけの毒をまき散らし、人々を恐怖の底にたたき落とした。アヴェリーは罪を償うといって聞かなかったけれど、毒にまみれた土地に誰がいかせるか。


 荒野と呼べるほど優しい場所だけれど、絶望を味わうには十分だろう。


「神の慈悲があらんことを――」



※ ※ ※ ※


 元王に攫われ、僕を救出する兵はすぐに駆けつけてきた。

 しかし、あの王の存在は危険だと判断した僕は戻ることはせず、隣国との国境で数日を過ごした。追いかけてきたランディ率いる軍に隣国に潜伏し、火種を撒くように指示をし、結果を見るまで城には戻らないでいた。


 終わり方としては不満だったけれど、今はもっと不満だ。

 なぜか馬車ではなく荷馬車に乗せられ、道が荒れていることもあり大きく揺れ、僕の腰やらお尻やらに冗談抜きで痛みを与える。

 面白くなくてナリディスの頬を抓ってみた。


「……何するんです」

「その辛気臭い顔と揺れる馬車に苛ついているので八つ当たりをしました」

「あなたはっ!」

「立ち上がるな」


 自分の愛馬に跨がりひとり快適に移動しているランディが動きを止める。

 ナリディスはしおしおと座りなおし、子どものように膝を抱えた。


「僕は……なんてことをしてしまったんでしょう」

「自業自得ですね。何があってもアヴェリーの傍を離れるべきではなかったんです」


 弾かれたように顔を上げ、しかしすぐに悔しそうに唇をかみ伏せる。

 一応、自覚はあるようだ。


「同じ過ちをおかしたら、次はあなたのための土地を用意してあげますよ」

「……っ」


 体がびくっと震えた。

 はたまた馬車の揺れのせいなのか、僕には関係がないので荒野に視線を向けた。


 ここはまだ破棄された土地で、焼け焦げた痕があちらこちらに残っている。風が土を運んできているのか、それでも数年前よりも色具合がいい。

 ただ、アヴェリーが好きなのは美しい花が咲く場所だ。ここに連れてこれば彼女は傷つくだろう。

 ああ、だけど――


(あれはあれで美しいのかもしれませんね。荒野に咲く青い薔薇のようで)



 そんなことを思い出しながら、僕はもうひとつの邪魔な存在を消すため、王宮の東に位置する小さな庭園へと足を向けた。

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