第2話 美しくも激しい想い
社交界シーズンというわけでもないのに王宮からほど近い場所に建てられた別邸――タウンハウスで暮らしているわたしが屋敷に戻ると、待ち構えたようにエントランスに見知った顔の騎士が立っていた。
「よお、相変わらず地味な屋敷だなー」
まともな挨拶もせず幼馴染のランディは相好をくずし、侮辱とも取れることをさらりと口にする。
「うるさいわね。わざと言ってるってわかってるけど、気持ちのいいものじゃないわ」
手元にある扇でランディのお腹を叩く。かんっ、と甲高い音がするのはランディが今は鎧を着ているからだ。白銀に煌めく鋼は王侯騎士の、それも隊長クラスのみが着ることが許された特別なもの。ランディは若くして王太子付きの騎士隊長を拝命されていた。
「あなたの屋敷だって似たようなものじゃない」
「ははっ、知ってる知ってる。地味屋敷の代名詞になりつつあるもんな、お前の家と俺の家」
ランディの伯爵家のタウンハウスはわたしの家の品々を模したものだ。現在の伯爵が我が家の内装をいたく気に入り、できる範囲で真似をした。
できる範囲、というのは伯爵家が貧しいわけではないが、我が家の年季が入りすぎていて一代で真似ることができないのだ。
同等の価値あるものを集めれば伯爵家は没落、もしくは領地を全て売り払うことになるだろう。それほどの価値が本邸でもないのにわたしの家にはある。
先々々代の侯爵が派手なものを嫌い、全ての装飾品を総入れ替えをしたと聞く。その血は脈々と受け継がれ、素朴な品々が我が家のタウンハウス並びに領地の屋敷を飾り付けていた。
良い意味で純朴な作りで見る人を温かな気持ちにさせてくれる。
悪い意味では地味でぱっとしない。記憶に残り難いらしい。
見た目が豪華ではないということで侮蔑を込めた視線で屋敷の主を見るものがいるが、それはただ審美眼を持っていないだけのことだ。
良く見れば分かる。この屋敷の調度品の品々の値打ちに。下手な金細工よりもお金が必要で、さらに希少価値が高く細かな仕事が施されている。
(こんなに美しい物がわからないなんて……愚かだわ)
ランディのお腹を今の今まで小突き続けていた扇を口元で開く。数々の愚か者共を思い出し笑ってしまうのを隠すためだ。
隣で呆れるランディの視線に気付き、扇を閉じ視線を向ける。
「……それで今日はどうしたの? あの人、王太子の傍にいなくていいの?」
「画商に行くんだろ? その警護をしてくれって宰相閣下と王妃様から命じられた」
「あのね……」
「お前が言いたいことはわかるけど、拒否権はない。そもそも今回の画商って王妃様の変わりに行くんだろ?」
頭が重くて思わず額を扇の先端で支えてしまう。
「違うから、それ。画商に行くって伝えたら、代わりに公務をしてきてって……頼まれたのよ」
「結果としては同じじゃね? そもそも公務を代わりにって有りか?」
「有りか無しかで言えばあり得ないことだけど。全然違うわよ」
ふて腐れたように言うわたしに対し、ランディはため息を吐く。それはそれは深くて重いため息だ。
「あのな、断る気がないんだったらさっさと婚約しちまえよ。そうすりゃ、王太子妃用の予算が作られ、騎士隊が設立されるんだ。王妃様だって堂々とお前のスケジュールを組める」
「……わかってるわよ。これはわたしの我が侭だって。でも、無理」
「お前も相変わらずだな。いい加減諦めればいいのによ」
口は悪いけれど幼馴染は良識人だ。その彼の言葉がわたしの希望を砕きにくる。だけど、わたしは頑なだ。自分で望んだことが叶わなければ前に進めない。進む気がない。自分がもっと脆い人間だったらと思わないでもないけれどこういう人間なのだ。
他者の意見を聞くことは必要だけれど、揺るがなさが必要だと帝王学で教えられた。まさかこんな形で弊害が起きようとはわたしに授業を用意した国王本人でさえ、予想していなかっただろう――元々頑固な質であったことはこの際棚に上げる。ぶん投げてしまう。
「わたしは絶対に諦めないわ」
扇を強く握りしめる。骨組みが軋む音がするけれど構わない。
わたしが諦めてしまえば、万が一にも『アヴェリー』という存在を失った時、王太子が本当の魔王になってしまう。ならなくても彼は即座に自分の命を奪う。彼にとってこの世界は穢れたものだから。
だからわたしはあの人に伝える。この世界に溢れてる美しい物を。
「まあ、お前の気持ちなんてあいつは、全部見透かしてるからさ。叶わないと思うぞ? あいつは本気でお前以外いらないって思ってる。頑固さでいったら良い勝負だ」
「……そうよね」
「俺にだってお前の目的つーか、望み? が、わかってるんだから。あいつが分からないはずがない」
「――でも、諦めたくない」
「そう言うってわかってるけどな。敢えて言わせて貰うけど、だからお前は特別になったんだよ」
苦笑ともとれるランディの呟きに笑って返すしかない。
わたしも知っているからだ。本当に良く似ている。
だから勝手と知りながらもわたしは望み続け、あの人の気持ちを突っぱねる。あの人は普段であればわたしに甘いがこの件に関しては絶対に受け入れない。
お互い突っぱね続け今に至っているというわけだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
用意されていた馬車は侯爵家の家紋が入った馬車ではなく、国の紋章が入ったものだった。辟易としたけれど、王妃の代わりに公務をするのだからこれは致し方がない。先方も国の顔が来ると思っているところに侯爵家の馬車が来たら、国家にどう思われているのかと勘ぐる。
ため息が満ちた馬車に数十分ほど乗っていると静かに停車し、画商に到着したことを告げた。
扉が開くと真面目な顔をしたランディが手を差し出してくる。マナーに則り彼の手をとり、しずしずとエスコートされていく。
画商展は旧教会を改築し作られた場所で、取り扱っている品々も厳かな雰囲気を壊さない物を多く扱っていることで有名だ。今回わたし個人としても公務としても来たのには訳がある。隣国の内の一つ、イグニシア国が我が国で展示会をするためだ。
決して売り物ではない。
秘蔵中の秘蔵とも言える品々を持ってきたのは自らの国の素晴らしさを伝えるため、友好国である我が国に自国の内乱が治まったことを知らしめるためだ。
イグニシア国は昔から続く宗教国家だった。一神を崇め、その血筋たる主を王とする。大昔は我が国と一つだったけれど、宗教上の問題なのか道を分かち今にいたる。ちなみに我が国の国教は一応あるけれど、国が危険視するほど権力があるわけではない。
隣国にイグニシア国があるせいだとわたしは考えている。宗教国家というものの恐ろしさを歴史が物語、過去の先祖たちは肌で感じたことだろう。
「これは王太子妃、本日はご鑑賞のためご来訪いただきありがとうございます」
ここで訂正をいれるほど愚かではない。わたしは役目を全うするため右手を差し出す。待ち構えていた使者はわたしの手をとり、敬意を表す口付けを落とした。
「リーダス外交補佐官、外交補佐官への就任の祝いと我が国へと訪問を歓迎いたしましょう」
「私のことをご存じで!?」
大仰に驚く隣国の外交官に一つ頷き黙らせ、挨拶の続きをする。
「見事な品々を拝見できると聞きとても楽しみにしておりました。案内をお願いできます?」
「は、はい……」
(このぐらいの情報を握らないで、入国の許可が出るわけがないでしょう)
この男は今回の展示会を行なうため、急遽抜擢された外交補佐官だと情報がもたらされている。一時的なものなのか、永続的にその地位に座ることになるのか見極めなければいけない。今の反応を見れば前者だろう。
早々に決めつけるのは失敗に繋がるが小物臭がする。思わず扇で仰いでしまうほどに。
気持ちを入れ直し、リーダス外交補佐官に案内される形で、見慣れた教会内を進む。
彼らは神の国と叫ぶ国であるため、教会を一時的に貸して欲しいと願われたのだ。不敬では、と思うものの神の依代とも取れる絵画を飾りに、教会以上に相応しい場所はないそうだ。
「ここから我が国の神を現世に残した創造絵となります」
隣国から持ち込まれた絵画は美しいの一言だった。
吸い込まれるような青を幾重にも重ね合わせた作品だ。
“神”と形作る姿はそこにはない。あるのは薄い青から濃い青まで様々な色を巧みに使い、完成させている。それが何枚も飾られていてるが、どれも同じものはない。
「いかがでしょう。こちらは神がご光臨された瞬間を描いたものとなります」
「……そう」
それしか言葉しかでない。どの当たりが神の降臨なのか分からない。
一般的――と言っていいのか分からないが、神の降臨は我が国では光が差す構図がほとんどだ。そこに人の姿があるかないか、差はあるけれど。
目の前の絵画にはそれがないのだ。だから困ってしまった。
「王太子妃であれば、威光を感じるのではないでしょうか? これだけの神の加護を持つのは我が国だけでしょう。不当に扱えば、明日にでも裁きの鉄槌が振り下ろされることです」
(目的はわかっていたけれど、本当に……)
黙れ、の意でもある扇を広げ口元にあてる。
しかし目の前の外交補佐官は自らの使命、というよりも手柄を立てるため功を急ぎすぎた。
「それで?」
「で、ですから、どうか我が国への援助をお願いできませんでしょうか? さらに国王を支持していただきたいのです」
「我が国にとって利益になる話ならうかがいましょう。しかし、貴国は今復興の最中。双方の利とはなり得ません」
「で、ですが……」
「間違えないでください。内乱という罪を犯したのはあなたたちの不徳。我が国、ひいては我が国の民の税収から救う必要などありません」
「……神を恐れないのですか」
「神に祈り、助けを請いなさい」
ぴしゃり、と扇を閉じながら目の前の外交官に言い放つ。小娘に反論されるとは思っていなかったのだろう。神を持ち出せばわたしが話を城に持っていくとでも思ったのだろうか、愚かな。顔を真っ赤にして怒りを吐き出そうとしている。聞くきなど到底なく、わたしは続けて放つ。
「一国をまとめることができないのなら、国などやめてしまいなさい。そちらのほうが民のためです」
悔しげに唇を噛み締めるが、これでは外交官など務まるはずがない。見切りを付け彼の名前を記憶から削除すると同時に、彼のプライドをへし折ることにする。我が国が易々と手を差し出す国などと甘い認識は捨ててもらわなければ迷惑だ。
歴史で何度この国に手を貸し、内乱が終わる度に約定を交わしたことか。そのたびに彼らは神の名を借り誓約書にサインをする。が、現実はどうだ。彼の国は愚かにも戦を繰り返す。たった一つの椅子を求め。原因は馬鹿でもわかることなのに、それでも彼らは変わろうとしない。心優しい者なら手を貸すかもしれないが、自分は違うとアヴェリーは知っている。守るものと守らないものの扱いの差は大きい。
「百三人」
「は?」
「この数字が何を示すかお分かりでしょうか」
「い、いえ……」
「我が国に亡命を望んだあなたの国の貴族や神官です」
「!」
外交補佐官の体が飛び跳ねる。わたしは知っている。彼の国が信徒と呼ぶ民を逃がさないため軍を国教へ向かわせたことを。しかし百三人は金をばらまき我が国の土地を踏んだ。
信じられないものを見るような視線がわたしを見、次に来る言葉を恐れている。
「それに対し、千四百五人」
「…………戦死した数でしょうか」
「ええ、そうよ」
安堵のため息を吐く瞬間を見計らい扇を開く。
「貴方たちと戦い、敗軍の生き残りの数よ」
「だ、騙したのですか!?」
「これから処罰を受け、処刑される者たちの数だとなぜ分からないの。あなたたちは罪人というでしょう。しかし彼らもまた自国の民。いい加減に現実を見て改めることを覚え、神ではなく人が地を治めるのだと覚悟を決めなさい」
「これは……ずいぶんと手厳しいですね」
目の前の外交補佐官ではない。
彼よりも低い男性の声が背後から聞こえた。
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