第16話:ナチュラルボーン痴女
「アキラ、お、お前いつの間に……」
「いや、違うんだ深大寺……これには深いわけがあって……」
膝から崩れ落ちた深大寺をなだめていると、通りの先から見覚えのある顔が近づいて来た。
「あっ、おい委員長ほんとに来たぞ」
委員長は単語帳か何かを真剣に読みながらこちらに向かっていた。そのためよろよろとふらついておりとても危なっかしい。
ほら、と深大寺に声をかけようと横を振り向くと、深大寺は電柱の陰で息を殺し首を横に振っていた。
そうこうしているうちに委員長が目の前……を通り過ぎてしまった。よほど手元の本に集中しているのか、どうやら周りがまったく見えていないらしい。
「おーい委員長」
過ぎ去るその肩をとんとんと叩くと、委員長はびくんと勢いよく肩を震わせ振り向いた。
「くくく黒沢くん! こ、こんなところでいったい何をしてるんですか? ……ハッ、まままさかわたしをストーキング――」
「してねーよ。それより委員長、本読みながら歩くの危ないぞ。さっきも転びそうになってたし」
まったく委員長は鈍いのか鋭いのかよくわからん。
しかし委員長の私服姿って初めて見たな。
丸襟のブラウスに、薄茶色のスカート。その裾には可愛らしいフリルがついていて、風が吹くたびそよそよと揺れていた。
「そ、そんなにじっと見てたんですか!? 頭の中で一枚一枚ゆっくりと服を脱がすような粘っこい視線をわたしに向けていたんですか!? この変態さん! でも、黒沢くんダメです! 深大寺くんというものがありながら、そんな……」
委員長は顔を真っ赤に染め、自分の胸を抱きしめた。いやいやをするように身体をくねらせているせいで、ただでさえ寄せてあがっちゃってる胸がこぼれ落ちそうだ。通りを歩く人の視線が完全にロックオンされてしまっている。
委員長なんなの? ナチュラルボーン痴女なの?
……ってあれ? 深大寺?
「深大寺がどうかしたのか?」
「えっ、いやっ、その、黒沢くん、ひとりでいることが多いけどそれ以外はだいたい深大寺くんといるから……今日は一緒じゃないのかなと思いまして」
うつむきながら眼鏡の縁に触れてそう返す。なぜか視線が泳いでいる。
へぇ……よく見てるな。さすが委員長。深大寺と一緒にいるところは他人に見られないように気をつけてるつもりだったんだけど。それにしてもひとりでいることが多いよねって面と向かって言われるとものすごく恥ずかしいのはなぜでしょうか。暑さのせいかな。汗が止まらないよ……。
「深大寺なら……」
そう呟いて電柱の方に目を遣ると、カメラをこちらに向けて小さく頷く男がいた。
「いや、お前何撮ってるんだよ」
「あれっ、じじじ深大寺くん!? いたんですか!? というかこれなんですか!? カメラ!? えっ、そんな恥ずかしいです。止めてください」
茹でダコのように火照った顔を両手で隠した委員長だが、なぜか指の隙間から目をのぞかせている。お前それ絶対わざとだろ。
「ダメよふたりとも!」
どこから持って来たのかあかりがメガホンを手に声をあげた。
「まだカットはかかっていないわ! 演技を続けて!」
うん、こいつは無視しよう。
委員長が不安そうな瞳をこちらに向ける。俺は静かに首を横に振った。
「委員長、それより時間大丈夫か?」
腕時計に目を遣った委員長は、
「忘れてました!」
そう叫んで、
「ではみなさん、また!」と小走りで去って行った。
その背中を見て俺は思い出す。
「あ、そうだ委員長! 昨日何か用事があるみたいだったけど」
「そうでした! 河瀬先生が呼んでたんです。後で職員室まで来いって。どうしようわたしったら……」
「あ、いいよ。そしたら後で連絡してみるから。引き止めちゃって悪かったな」
「すみません」
ぺこり、とお辞儀をして委員長は駆けて行った。
その後ろ姿をカメラで追う深大寺。
「カットォ!」
太腿をメガホンでバチンと叩いてあかりが叫ぶと、道行く人々が再度こちらを振り向いた。
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