第14話:映画のつづき
いったい男女の仲はどこからが恋人なのだろうか。
一度会ったら友達で、毎日会ったら兄弟だという説もあるが、じゃあ恋人はどうなるのだろう? この説に則ると、毎日会ったら血縁関係になってしまうわけだから、恋人はそれ以下ということになる。となると二日に一度くらいのペースだろうか。
いや、違う。この歌……じゃないこの説は、恋人というのは会う頻度で決まるものではないと俺たちに伝えているのだ。深い。深すぎる。さすがは教育テレビ。
では、頻度じゃないならいったいなんなのか。傾度か? いや、違う。角度か? 何度だ。そうではない。強度だ。愛の強度だ。
割ろうとしても割れない、折ろうとしても折れないその強度こそが恋人を恋人たらしめるのだ。そうだ。そうに違いない。
俺は、折れる。それはもう古い線香かっていうくらいには折れる。だからそう、これは断じて恋人同士のデートなどでは――
「ふえっ!?」
「どったの? 顔、赤いよ?」
頬に手が触れる。夏だというのにあかりの手は体温がかよっていないみたいに冷たい。その冷たさを強調するように俺の顔が熱くなっていくのがわかる。つられるようにしてアイスコーヒーの氷が溶けて、からんと乾いた音を立てた。
「いや、ちょっと」
おずおずと顔を背ける。
改めて店内を見渡すと、自分たちのような組み合わせの客はちらほらいた。ほら、別におかしなことじゃない。落ちつけ、俺。ほら、深呼吸、深呼吸。吸って、吐いて、吸って、吐いて。よし、乾いた喉をうるおそう。
「しかし制服同士でこうやって喫茶店なんて入ってるとなんかデートみたいね」
ぶふっ。
「ちょ、なにしてんのよアキラ!?」
「へっ、変なこと言うからだろうが!」
盛大に水を噴き出してしまった。
「なによー照れることないじゃない。出会ったその日にベッドに誘ったくせに」
「あんたが勝手に入ってきたんだろあんたがっ!」
「もう、そんなに激しく突っ込まれたらあかり壊れちゃう」
もじもじと肩をすくめてあかりは頬を赤く染めた。上目づかいのオプションつき。慣れない男はこれで一発KO確定って可愛さだ。俺は昨晩から何度もKOされ続けてきたのでさすがに耐性がついたが。しかし自在に頬染められるとかお前アニメのキャラかよ。
「でも激しいと言えばさっきの映画もすごかったね! ゾンビの手がびゅーって伸びてきて、あわやあかりさんもゾンビに!? って感じだったよ!」
「そのままゾンビになってたらゾンビ探偵って新しいジャンル確立出来たんじゃねーの?」
そう、俺たちはなぜか朝一で映画を観ていた。それも3Dのゾンビ映画。
あのまま家に置いてきてもろくなことにならなそうだったので街に繰り出すことにしたのだ。木を隠すなら森の中。問題なのは森の中にいてもこいつは無駄に目立ちすぎるってことだな。今も店内の男性陣から「なんでお前みたいなやつがこんな可愛い娘と一緒にいるんだよ」という棘のある視線を感じる。とんだとばっちりだ。だいたい外に出たのだって映画を観るためでもこうやって喫茶店でお茶するためでもないってのに。俺はスカスカになった財布の中身を思い出してため息をついた。
「ゾンビ探偵か……悪くないわね。墓を暴く探偵自身が墓の中から出て来た、みたいな? 自らのアイデンティティを問い直すようなテーマね。まさに哲学的ゾンビ」
いや、哲学的ゾンビは意味が違うと思います。
「でもよくそんなに冷静でいられるな」
ゾンビでこそないものの、あかりは時を駆けているわけで、それは十分すぎるほどに非現実的な話だった。
「だってしょうがないじゃない来ちゃったものは。それに、来たってことは戻ることも出来るってことでしょ? せっかくだし未来に旅行に来たって考えることにしたの。気分は『バック・トゥ・ザ・フューチャーⅡ』ね」
すごい前向きだ。でも『バック・トゥ・ザ・フューチャーⅡ』って未来に行くことで現在が変わっちゃうって話じゃなかったっけ?
「それよりきみこそ随分落ち着いてるじゃない」
「十分驚いてるっての。顔にあんまり出ないだけで」
それを聞いてあかりはくふっと笑った。
「なんだよ?」
「徹と一緒だな、と思って」
こうしてお互い制服に身を包んで向かいあっていると忘れてしまいそうになるが、あかりは父と同級生なのだ。昨日観た映画の中にいた俺の知らない、俺を知らない父の顔が脳裏に浮かぶ。
「親父ってさ、どんなやつだったの?」
俺は父のことをほとんど知らなかった。かつて父が映画を撮っていた。その事実さえ知らなかったのだ。今更何を知りたいということもなかったのだが、気づくと俺はそう訊いていた。
「どんなやつ、ねぇ……」
あかりはアイスティーの入ったグラスにミルクを入れてストローでくるくるとかき回す。
グラスの中にノイズのような白い線が広がって、やがて混ざり合っていった。
「自分で言ったことすぐに忘れて、そのくせ誰かが言ったことはいつも覚えてて、自分がいつでも一番正しいと思ってて、だけどそれをつき通せるほど強くもなくて、で、寝ても覚めても映画のことばっかり考えてるような、そんなやつ、かな」
「つまり?」
「つまり、きみみたいなやつってことじゃない?」
ふいに目が合う。どきっとした。
「なんてね。さて、次はどうする?」
「いや、どうするって言われても……」
どうしていいのかわからない。というか俺は何をしているのか。過去から来た父親の同級生である少女とデート……のようなことをしている。なんだそのラブコメみたいな展開。まるでできそこないの学生映画みたいな筋書きだ。どこかにカメラ仕込んであるんじゃないだろうな。
「何きょろきょろしてるの?」
「いや、どっかにカメラが隠されてるんじゃないかと思って」
「なっ、なにそれ……!」
あかりはお腹を抱えて笑い転げた。他の客が何事かとこちらに怪訝な視線を向けている。
「だって、今のこの状況、まさに映画だろ」
「これが映画……そうか、その手があったか」
急に真顔になったあかりは、ぷくっとした唇を人差し指と親指でつまんだ。どうやら考え事をするときの癖らしい。
「どうした?」俺は訊ねる。
「続きを撮るの」
「続き?」
「そう。きみとあたしで、あの映画の続きを撮――」
「いや、無理」
「早いわよ! まだ言い終わってもいないのに!」
「いや、だってそんなことする理由がないし」
「理由なら、あるわ」
あかりはちっちっと口を鳴らして人差し指を振った。
「自分が出演している映画のラストシーンが思い出せない少女。そして、きみの部屋で静止したままのビデオテープ。果たしてそれが指し示す真実とは!?」
「真実とは?」
「つまり、よ。あの映画は未完成なんじゃないかしら?」
「なるほど。映画が完成しなかったのが心残りで化けて出たってことか」
「あかりチョーップ!」
「痛てっ」
「勝手に人を殺すな」
頭をさすっているとあかりは熱っぽい声で続ける。
「でも、きっとそうだわ。何らかの原因であの映画は完成しなかった。そして完成しなかったがゆえに未来に問題が発生した。そしてその問題を改修すべくあたしが未来に来て映画を完成させることになった。晴れて映画が完成したあかつきには、あたしは過去に戻ることが出来る。どう? ホームズも真っ青の名推理でしょ?」
「いや、それはどうだろう」
まぁある意味青ざめてるかもな。とりあえずあかりが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズが大好きだってことはわかった。
「ただ、だとしたらどうしてあかりがそんな肝心なこと忘れちゃってるんだよ」
「それはあれよ、時空間移動は脳にかなりの負担を強いるから、その障害よ」
おーっとご都合主義きましたー。
「あの映画は未来、つまりきみに託されたバトンなわけよ。きみにとっての現在が、世界の過去と未来を変える。そのためにきみはつづきを撮る必要がある」
「ちょっと待て話が大きくなりすぎて今にも破裂しそうだ」
「さて、こうなったからにはちゃんと責任とってもらうからね! つづき、頼んだわよ。以上」
勝手に話し終えて満足したのか、あかりは手を挙げて店員を呼んだ。そして追加でチョコレートパフェを頼んだ。世界を救う前に救われるべき俺がここにいる。俺は今日何度目になるか覚えていないため息をついた。
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