第12話:シネマボーイ・ミーツ・ビデオガール

 ファーストカットは少女の横顔だった。栗色の髪が小さな顔を覆うようにして伸びている。二重でぱっちりとした目が印象的な、快活そうな女の子だった。少女は眉根を寄せ、深刻そうな表情をしている。カメラがゆっくりと引かれ、そこが学校の教室であることがわかる。ややあって少女が口を開いた。

「先生」

 次いで、カメラには先生とおぼしき男性の顔が映される。

 先生と言うには少し幼なすぎる顔立ちだ。きっと生徒が先生役をしているのだろう。ぼさぼさの髪はどこか緊張感に欠け、先程の少女の姿とは正反対だった。にしてもこの顔どこかで見たことあるような気がする……。

 教師と生徒との禁断のラブストーリーか。そう思った後すぐにタイトルコールが流れた。


『道との遭遇』


 やばい。タイトルから内容がまったく想像できない。

 映画は学内で次々と起こる事件を自称女子高生探偵の木下あかりが解決していくという趣旨のものだった。犯行は「七つの大罪」をモチーフにして行われる。まるで『セブン』だ。だが、セブンが一級のサイコサスペンスだったのに対して、こちらは三流のコメディだった。「暴食」は他人の分の給食まで食べてしまう程に食い意地の張っている少年にカレーに似せたう○こを食べさせるというものだったし、「傲慢」は試験でいつも一位をとり周りの人間を見下している少年にカンニングの冤罪を着せるというものだった。「憤怒」はすぐにヒステリーを起こす女性教師へのM開発、「怠惰」は授業をサボる不良の更生、そして「色欲」はスケベな校長のムフフな秘密の校内ばらまき。

 残るは「嫉妬」と「強欲」。というところにきて、それまでのどこかコメディタッチだった演出は突如シリアスなそれへと変化する。

 夜。町も寝静まった頃。

 一連の事件の犯人と思しき男をついに追い詰めた木下あかり。男はあかりに背を向け両手を挙げているいため顔は見えない。

「きみは、どうして真実を求めるんだい?」

 男が問う。

「どうして?」

「そうだ。ぼくがやっているのはしょせん度が過ぎた人たちをちょっとばかり懲らしめている程度のことじゃないか。わざわざ犯人捜しをするような事件でもない。それにぼくのやっていることに対して多くの生徒たちは少なからず感謝をしているはずだが?」

「それは……」

 木下あかりは答えあぐねるようにうつむいた。

「それを欲望している人間は、それをされることを欲望しているのと似ている。例えば殺人犯の何割かは自分自身を殺して欲しいと思っているって知っていたかい? つまり、何かを解き明かさないと気が済まないきみは、本当は見つけて欲しいんだ。誰かに、きみ自身をね」

「見つけて欲しい? わたしが? 誰に?」

「さぁね、それを見つけるのがきみの仕事じゃないか」

 そう口にして、男は手にした閃光弾を足下へと転がした。

 瞬間、まばゆい光が画面を包む。再び元の状態に戻ったとき、男は姿を消していた。

 画面は暗転し、見覚えのあるシーンを映し出す。冒頭のシーンだった。

 それから物語は加速し、犯人=先生説を立てたあかりは、ある夜に先生の家へと足を踏み入れる。

 愛した人を告発する。その覚悟にふいに目がしらが熱くなる。

 家に忍び込んだあかりは、二階へとつづく階段を見上げる。家の中は暗く、階段の先は闇に包まれて見通すことができない。

 一歩一歩、確かめるようにして階段を昇ると、やがて二階へと辿り着いた。

 覚悟を決めた面持ちで向かって左にあるドアのノブを回し、吸い込まれるように部屋の中へと消えていくあかり。

 吸いこまれるように、部屋の中へと消えていくあかり。

 吸いこまれるように、部屋の中へと消えていくあかり。

 吸いこま……って、あれ? 画面が変わらない。

「おいおい、いいところで止まんなよ」

 静止した画面に手を伸ばすと、夏場だっていうのに、ばちっと指先に電流が走った。

「痛てっ。……あれ、本当に壊れちまったのかな?」

「叩けば直るんじゃない?」

「んな昔のコントじゃあるまいし」

 そう言いつつも二、三度軽く叩いてみる。

 変化なし。

「ほら、変わんね………………………………ってうわぁっ!」

 思わず全身を震わせ叫んでしまった。

 無理もない。

 振り返ったその先、そこには見知らぬ少女が座っていた。

 慌てて後ずさる。背中をテレビに押し当てる形になって、畳に立てた指先がじんじんと疼いた。

 改めて目の前の少女に視線を這わせる。クラスメイトの顔を思い浮かべたが、該当するものはなかった。しかもよく見るとただの少女じゃない。「美」がつくタイプの少女だ。

 栗色のその髪は眉毛のあたりで切り揃えられていて、毛先がくるんと少し外にはねている。それが彼女に愛嬌を与えていた。愛嬌のある幽霊っていうのもおかしな話だけど。

 長袖のブラウスの首元には赤いリボンが結われていて、スカートは水色に黄色のラインが入っている。やっぱり俺の高校の制服ではない。じゃあ、こいつはいったい誰なんだ?

 怪訝な視線を改めてその顔にぶつける。

 よく見ると、その瞳は綺麗な碧色をしていた。

「なによ?」

 じっ、という糾弾するような瞳に見つめられ、どもりながら返す。

「えっ、えっと、すみません。どなたか存じませんが、俺は童貞ですし、あなたの元彼ではありません。出る場所が違うので、お手数ですがもう一度出直してください」

「あかりチョーップ!」

 チョップされた。幽霊に。あれ、じゃあ幽霊じゃ、ない?

「なに急に童貞宣言とかしちゃってんのよキモチワルイ。だいたいきみなんで勝手に現場入ってんの。スタッフじゃないわよね? 徹はどこいったの徹は」

 ……………………は?

 きょとんとしていると、少女は目を見開いてずんずんと向かって来た。「あんたバカぁ!?」とか言われそうな勢いだ。

「徹よ、と・お・る!」

 この家に徹はひとりしかいない。いや、かつていた、という言い方が正しいのかもしれない。

「ち、父は行方不明ですが?」

「失礼ね! こう見えてもあたしDカップあるんだから!」

 そう言って自分の胸を両手で包んで持ち上げる。白いブラウスが隆起して淡いピンク色の下着が透けて見えた。その下ではかわいいおへそが顔を覗かせている。

 ……………………は?

 出会って十秒で自分の胸を揉みしだくとかどこのAVだありがとうございます。

「ふっ、黙っちゃって。童貞くんにはちょっと刺激が強すぎたみたいね。でもわかったでしょ? 乳はここにあります。ほら、徹は?」

 ……………………は?

「あ、なるほど。父と乳を取り違えたわけか。ってなるかあっ!」

「ちちとちち? ……えっ、お父さんってこと? 待って徹ってば隠し子がいたの!?」

 思わず口にしてしまった心の声に少女が反応する。

「ってそりゃないか。だってきみあたしと同い歳くらいだもんね」

 あごに手を置いて、人差し指で唇をなぞる。その仕草には見覚えがあった。そう、ほんの少し前にも同じ光景を見かけたような……。

「……………………あーーーーーーーーーーーーーっ!」

「わっ!」

 思わず叫び声をあげた俺の口を柔らかいものが包んだ。ラベンダーのような香りが鼻をくすぐる。

「夜中におっきい声出さないの!」

 少女は空いた方の手で数字の1を作り、口元に寄せた。静かに、ということだろう。だが、俺は静かにしていられるような状況ではなかった。

 唇を覆っているその手をどけて、俺は恐る恐るその名前を口にする。

「き、きのした、あかり……さん?」

「なっ、なんであたしの名前……!? ひょっとして……ファンなの?」

 ボーイ・ミーツ・ガール。

 物語はいつだってこんな風にして始まるのだろう。

 死体を見つけて英雄になることも、また、一緒にそれを探す友達もいない俺の夏休みは、ビデオの中から出てきたひとりの少女との出会いで幕を開けた。

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