第10話:虚構の果てに
渚の登場で、撮影はなんとか再び持ち直したかのように見えた。渚は台詞も完璧に暗唱し、カメラが回ると人が変わったように役に入りこんだ。二階堂とは雲泥の差だ。つられるようにして俺も役に入りこむようになった。いつしか俺は渚を本当の恋人のように感じていた。少なくとも、カメラが回っているあいだは。
だから、リテイクを繰り返した。終わらせたくなかったのだ。二人のこの世界を。手放したくなかったのだ。カメラが回っているときだけ訪れる束の間の幸福を。
しかし、それがよくなかった。
フレームの中にあるのはフィクションで、そしてフレームの外にあるものこそが現実なのだ。
気づいた頃にはもう、当初三人いたスタッフは一人になってしまっていた。
二階堂がやって来たのは、撮影があと一息というところまで来た頃だった。その隣には、辞めていったスタッフの顔が並んでいる。
二階堂は主役を別の女の子に奪われたうっぷんを晴らすように俺を罵倒した。
「あんたさぁ、結局誰でもいいんでしょ!? 自分が映画を撮りたくて、都合よく使える人間が欲しかっただけなんでしょ!? 何が『一緒に映画を撮ろう』よ。勝手に役者を変えて、スタッフに面倒なことばっかり押しつけて、自分は女といちゃいちゃしてるだけ。あんたあたしのことジコチューとか言ってたらしいけどね、どっちが!? 他人の時間奪って自己満に浸ってるあんたみたいなのに言われる筋合いないわよ!」
それがダメ押しとなったのだろう。
なんとか残ってくれていた最後の一人も去って行ってしまった。
「だってお前、渚がいればいいんだろ?」
夏休み前に感じていた一体感。そんなものは幻であったかのように手の中から零れ落ちた。
残された俺の手にはビデオカメラだけが残った。
「やめるの、監督」
渚が、抑揚のない声で訊く。瞳はいつものように眠たげで、だけど、芯には強い光がある。
「……やめない」
俺にはもう、渚しかいなかった。
それからは意地で撮影を続けた。
俺にはもう、渚さえいればよかった。
渚さえいればよかったはずなのに――。
そして、あの日がやって来たのだ。
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