第6話:コスプレみたいな委員長
深大寺と別れ下駄箱で靴を履き替えていると、玄関のところで頬を膨らませた女の子が腕を組んで立っているのが目に入った。誰かを待っているんだろうか? ちら、と見遣ると「ギロリ」と音が聞こえるような鋭い視線が返ってきた。なになに怖い。触らぬ神に祟りなし。しかし誰だよこんなにこの人怒らせたやつ。そう思いながら俺はそろりそろりとその横を通り過ぎる。
「黒沢くん! 黒沢晶くん! なに素通りしようとしてるんですかっ!」
「ぐぇ」
俺だった。
襟元を強く引っ張られたせいで喉が締まって変な声が出た。
「聞いてます聞こえてますだからフルネームを大声で叫ぶのは止めてください委員長様」
委員長の
「そう、わたしは委員長。ホームルームが終わった後、声をかけようとしたあなたが走ってどこかに行ってしまうからこうしてここで三十分と八分四十五秒待っていた委員長です。わかりますか? 三十分と八分四十五秒あれば英単語を三十個くらい覚えることだって、その覚えたての英単語を駆使してあなたを罵ったりすることだって出来ちゃいます。それをわたしはただただあなたを待つためにここでこうして三十分と八分四十五秒待っていたというわけです黒沢晶くん」
眼鏡の奥の瞳が俺を糾弾するようにぎらりと光る。
彼女は委員長になるために生まれてきたと言っても過言ではない程に誰がどこからどう見ても委員長だった。三つ編みのおさげは歩くたびにぴょこぴょこと跳ね、銀縁の眼鏡からは気品が漂う。口癖は「この変態さん!」。そして巨乳。あまりに完璧すぎて逆に委員長のコスプレをしてるみたいだ。
「な、何をじろじろ見てるんですか! は、ははーん、さてはあれですね。ええええっちなことを考えていたんですね。この変態さん! まったくわたしみたいな腐ったじゃがいも娘を前によよよ欲情するなんてははは破廉恥極まりないですね! なんですか? そういうぷぷぷぷれいなんですか?」
委員長は性的な話題に疎いのか、顔を真っ赤にしながらまくしたてるように言った。
「そうですそういうプレイです」
面倒なのでそう答えておく。
しかし自分のことを腐ったじゃがいもに例えるとかこいつどんだけ自己評価低いんだよ……。
って、あれ?
目の前の委員長の瞳から焦点が失われたかと思うと、鼻からつーっと一筋、赤いものが垂れた。
ぽたぽたとコンクリートを染めていくそれに気づいて委員長は慌てて自分の鼻を抑える。
「えっ、あっ、これはちがっ、別に興奮してるとかじゃなくて」
「おい、大丈夫か?」
声をかけると委員長は俺の手を振り払って小走りに去って行った。
「おっ、覚えてなさい黒沢晶くん!」
真っ赤な顔をして片手で鼻をつまみながらどこかの悪役みたいな捨て台詞を吐く。
「いったいなんだったんだ……そもそも何か用事があったんじゃなかったのかよ……」
ゆっくりと小さくなっていく委員長の背を見送りながら俺はひとり呟いた。
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