せいくらべ・四







 誰が最も強いのか。

 誰がそれに次ぐのか。

 力量を的確に評価し、順位をつけることは難しい。

 全ての対象を実際に競い合わせ、その内容、勝敗から弾き出すことができるならば妥当にはなるだろうが、尋常な労力ではないしそもそも機会すらない。

 ゆえに、強いとされる者は実績とそこからもたらされる印象とで決まる。贔屓も入れば恐れも影響する。

 語られる強さとは、このようにいい加減なものなのだ。

 <闘争牙城>王者という大きな肩書きを持つ存在を騎士派が侮っていたのは、そもそも<闘争牙城>自体を軽く見ていたことに原因がある。切磋琢磨する自分たちに対して、ゴロツキが力比べをしているに過ぎないと無意識に信じ込んでいたのである。

 一度頭の中の何もかもを消し去り、零から積み上げ直さなくてはならないと徹は思った。そうでなくては守れない、と。

 金属の打ち合わされる甲高い音が偽りの蒼天に鳴り響く。

 <空中庭園>中央、噴水の傍らで二つの剣が交錯しているのだ。

 一方は騎士派の主、<騎士姫>エリシエル。もう一方は白兵方筆頭マスタークラブ市中聡司。軽口めいた試合の約束が今、そのままに果たされている。

 呼びかけたわけではないが、いつしか周囲に騎士たちが集まり、二人を遠巻きにして円を形作っていた。

「はははっ!」

 聡司が笑う。普段はどちらかといえば静かな雰囲気を纏う彼だが、剣を握ると双眸が爛々と輝き始める。

 得物は波打つ諸刃の大剣フランベルジュ。切っ先から柄尻までを測れば、実に身長に匹敵する代物だ。

 それを楽しげな笑みとともに双腕で振るう。

 大気が悲鳴を上げる。

 速い。そして強い。小細工などない、敵をまとめてなぎ倒してゆく剛剣だ。荒削りではあるが一撃一撃がすべて命に届く剣閃を、畳み掛けるように繰り出す。

 対するエリシエルも大剣である。

 その剣筋は力強くも鋭く美麗、と<騎士姫>の称号から人は想像するだろう。しかし事実はまるで異なる。

「まだ軽い」

 朱唇からこぼれたのは、よりにもよってそんな感想だった。

 剛を迎え撃つは更なる剛。聡司の斬撃を盾のように受け止める大剣、しかもその柄を握るのは右手のみ。それどころか、そこから上体の力だけで強引に跳ね飛ばしてすらみせる。

 体を崩した聡司へと豪快に打ち込まれるのは左拳だ。

 しかし聡司もむざむざ食らいはしない。即座に飛び退って距離を置く。

「……姫は相変わらず洒落にならん馬鹿力だな」

「こればかりが取り柄でな。だから、らしくないから姫はやめろと言っているだろうに」

 麗しき彫像の如き真顔で、エリシエル。

 言葉通り、<騎士姫>の流儀スタイルに優雅さなど欠片もない。俊敏さもなければ技は荒削りにも届かない。

 ただ、膂力がひたすらに恐ろしい。振るわれる剣がかすりでもすれば肉を爆散させ、掴まれでもすれば屈強なはずの聡司の肉体をも引き千切るだろう。

「今度はこちらから行くぞ」

 白金の髪とスカートがふわりと広がった。

 相変わらず右手だけで大剣を肩に担ぎ、エリシエルが突撃する。

 付け入る隙はいくらでもある。打てる手も、幾つも浮かぶ。

 しかしそれが天然の罠になっているのだ。

 地を踏む寸前の足を払おうとした者は、わずかによろけさせることには成功したものの、捕まえられて終わった。

 背後に回りこんだ者は、振り向きざまの薙ぎ払いで危うく胴が上下に泣き別れるところだった。

 後退しながら遠距離攻撃に徹しようとした者は、攻撃という攻撃を受けながら平然と突撃を続けるエリシエルに外壁まで押し込まれて降参した。

 もちろん、正面から力で対抗しようとしたならば単純に捻じ伏せられる。

 <魔人>の戦いは人間のものとは異なる。ほとんどの騎士にとって<騎士姫>は、膂力と耐久力だけでどうしようもないまでの強さを発揮する存在なのだ。模擬試合をするのにも命がけになる。

 しかし聡司は白兵方筆頭マスタークラブである。エリシエルさえ除けば騎士派最強の肉体と、上位の疾駆方ダガーに匹敵する敏捷性を誇る。容易くは捕らえられないし、剛撃を正面から受けられないわけでもない。

 エリシエルの次の剣筋は読める。片手による担ぎ構えから放たれるのは不器用で素直な一撃だ。

 大剣と大剣、互いの間合いはほぼ一致する。

 剣を動かしたのはエリシエルの方が先だ。

 斬撃が咆哮を放つ。溢れる力が抵抗を生み、そしてその力で抵抗すべてを捻じ伏せながら叩きつけられる。

 純粋な剣技ではなく、<魔人>としての力も織り込まれた技。エリシエル自身は名などつけていないが、騎士たちはこう呼ぶ。

 <狼鳴斬ハウリング

 不可視の力が剣の周囲で荒れ狂う。刃に触れなければいいというわけにはいかない。回避するのであれば、大きく避けなければ巻き込まれる。

 そこを、聡司は左への最低限のサイドステップでかわして踏み込んだ。

 抉られるような痛みは気のせいではない。右の顔面から腕にかけて、幾筋もの裂傷が生じていた。だが問題ない。エリシエルは恐るべき怪力で切り返しを行ってのけるが、それよりも聡司の方が速い。

 左の脇構えから切り上げる。

 斬撃が咆哮となるのはエリシエルばかりではない。フランベルジュの形状が大気を唸らせるのだ。

 白兵方クラブには独自の<魔人>剣術体系とでも呼ぶべきものがある。先代白兵方筆頭マスタークラブが作り上げたものだ。

 それは、剣理としては人間が磨き上げてきた剣術に到底及ぶものではない。エリシエルの<狼鳴斬ハウリング>のような<魔人>としての能力を生かした攻防技術であり、強さ、速さ、多彩さはあっても、極められた武のもたらす根幹の玄妙はない。

 しかし<魔人>と成って改めて強さを得るならば、誂え向きであるのだ。

 フランベルジュが輝きを放つ。剣が、そこから加速した。

 狙うは右の肩口。これが実戦であったなら、いかに復元できるとはいえ一瞬でも右腕の機能を奪えばそのまま畳み掛けることができる。

 己が身を削られながら、近すぎず遠すぎず、ぎりぎりでかわしつつ踏み込めたのは今回が初めてだ。動きは留まることなく流れるまま剣を振るうことができている。

 この立会いこそいけるか、と思っていられたのも刹那のこと。

「ふ」

 鋭い吐息一つ。エリシエルの視線がフランベルジュを捉えるとともに、虚空から染み出すように現れた黄金の光が盾を形成、波打つ刃を正面から受け止めていた。

 焦りなど欠片もない。平然とそれは行われていた。

 対して、弾かれた反動と初めて目にする防御手段への動揺を、聡司は力ずくで押さえ込む。そして次の行動へ移ろうとした瞬間には既に、エリシエルの大剣が構え直されていた。

「やるではないか」

 こちらを振り向きながらの、豪快極まりない横薙ぎ。

 エリシエルは確かに速くも巧くもない。しかし戦闘経験が段違いなのだろうか、あらゆる行動が常に連続、複合している。そのことが聡司を阻んでいるのだ。

 なんとかフランベルジュで受けたものの、そのまま吹き飛ばされる。

 巻き添えを食ってはかなわぬと人壁が割れた。

 聡司も倒れはしない。空中で体勢を整え、見事足から降り立つと即座に地を蹴った。

「まだまだ! これからだ!」

 仕合は始まったばかりだ。






「もう互角と言ってもいいのかもしれないな」

 並んで観戦する一輝に半ば同意を求めるように徹は感想を漏らした。

 騎士派に来たばかりの頃、聡司の力の使い方はエリシエル以上に大雑把だったものだが、先代の教えを受けることで荒れ狂う力をうまく制御することができるようになった。そして白兵方筆頭マスタークラブの称号を受け継いだ今もなお、僅かずつ上達し続けている。

「そうなんですか?」

 応えたのは一輝の更に隣にいた砲撃方ボウだ。先ほどエリシエルに抱えられていた少年でもある。

「姫はまだ全力出してない気がするんですけど」

 少年は、何と言うのだろうか、縦社会めいた色の強くある騎士派にいて、あまり畏まらないところがある。それでありながら諍いを招くことがほとんどないのは、丸っこい顔の愛嬌と素直な人柄によるものだろう。

 徹が目をかけている理由のひとつではある。別に上位者が正しいと限ったわけではないのだから、行き過ぎなければいい方向にはたらくはずだと考えたのだ。

 なお態度とは別に、エリシエルを含めてすら三名しか女性がいない騎士派であるにもかかわらず事実上の恋人がいることでもやっかみを受けているようだが、そちらはさすがに関知していない。

「確かにまだ全力ではないだろう。あの盾は久しぶりに見たし、あれで終わりというわけではないことも知っている。しかし市中も全力というわけではない。仕合以外での彼の戦いを見たことはないか?」

「市中さんとは接点がほとんどなくて」

「……ああ、まあ、さすがにそうか」

 チーム単位で行動することを基本とする以上、同じチームか同じ砲撃方ボウでなければ密に接することはない。新入りながらも強い力を持ち、何かと話題に上る少年ではあるのだが、聡司と個人的に親しいということまではなかったらしい。

「あのフランベルジュは高位の<王の武具クラウンアームズ>だ。『ヴァルカンブレス』と言ってな、本来は剣自体が炎に包まれる。そこへさっきのように力を上乗せすれば、あの盾では防ぎきれなかっただろう。ただ、あくまでも修練の一環でしかない手合わせにそこまでは要らない」

「でも、それだと姫に並んでる理由にはならない気がする」

「そうだな」

 徹は静かに頷いた。

 実のところ、徹にしてもエリシエルの力の全てを把握しているわけではない。

「ただ、先代白兵方筆頭マスタークラブは優位に仕合を進めていた。現状、市中はいいところまで達していると考えていいとは思う」

「……あの人は凄まじかった」

 間に挟まれていることもあって、話を聞いてはいたのだろう。今まで無言で観戦していた一輝が、視線は外さぬままにぽつりと溜息めいた呟きを漏らした。

「初めて見たときは違う世界の住人に思えたもんだ」

「そんなに強かったんですか」

「強いさ。なにせ要するに現財団派最強、<剣王>ソードマスター新島猛にいじまたけるだ」

 一輝が口の端にだけ軽く笑みを乗せる。

 それを聞いた少年が大きく目を見開く。呆けたように口まで開いていた。

「……<剣王>ソードマスターって、<九本絃>ナインストリングスの中でも上位って言われてる人じゃないですか! いや、当たり前なのかもしれないけど……」

 <九本絃>ナインストリングスは<竪琴ライラ>内での戯言だ。最強の九名を決めようと、ほぼ噂ばかりから作られた代物である。

 ただ、これが存外に馬鹿にできるものでもない。いい加減なようでいて、評価に容赦がないのだ。

「あれは半年前くらいか、当時財団派には切り札と呼べる<魔人>がいなかった。まさに<九本絃>ナインストリングスに一人も名前がなかったんだ。あの頃の財団派だと<双剣ツインソード>が代表格だったが、足りなかった。それで引き抜かれたのさ」

「それも随分と急な話で、てんやわんやになった。姫と財団派のオーチェとで大いに揉めたが、結局は姫が折れたと聞いた」

 一輝の説明を少しだけ補足し、徹はその記憶を掘り起こした。

 財団派は構成員が広く散らばり、素早い対応ができる替わりに各地の戦力がどうしても脆弱にならざるを得ない。そこで、応援要請に応えて急行し一切合財を片付けられる鬼札ジョーカーを欲したのだ。

「彼がまだ騎士派に残っていれば……いや、ないものねだりはよくないな」

 思わず漏れた本音。

 しかし一輝がそれを聞きとがめた。

「勝てる、と思うか?」

 研ぎ澄まされた剃刀のような声、そしていつしかこちらに向けられていた視線。

<剣王>ソードマスターなら奴に勝てるのか?」

 泣き言ではない。この期に及んで未知と言う方が相応しい<王者チャンプ>の力量をどれほどと推し量っているのか、と問うているのだ。

 すぐには答えられなかった。まだ考えがまとまっていない。

「姫の言うとおりではあるな。私たちは影絵の大きさに怯えていたのかもしれない」

「それで?」

 装飾は下らぬと言いたげに、一輝の声が低くなった。

 徹は小さく溜息をつき、眉を互い違いにした。

「まず、<王者チャンプ>は対戦相手を上回る能力を持っている、というのを前提にしよう」

「そうとしか考えられんしな」

「では、それはどこまで上がるのか。魔神さえも超えるか? まさか」

 取っ掛かりはそこだった。<魔人>とは、あくまでも魔神に力を付与された存在だ。そこから更に高めることができるとはいえ、隔絶した力量の差を除外するとしても少なくとも異能一つで、むしろ与えられた異能だからこそ超えられるわけがない。

 そして魔神を引き合いに出すまでもないのだ。

「<魔人>には上限がある。始まりにして究極の<魔人>たる<魔王騎士>を凌駕する方法は、私の知る限り存在しない」

「並ばれるだけでどうにもならんがな」

「茶々を入れるな。とにかく私が言いたいのは、いくら能力が上がると言ってもどこかの段階で頭打ちになるということだ」

 このように考えてみれば、少なくとも絶対に勝てない相手ではない。

「そして重要なのはその上限がどこにあるか、だ。しかしこれも推測はできる。私たちよりは上なのだろうが、それほど大きく離れているわけではないと思う」

「なぜだ?」

「奴が仕掛けて来たのが騎士派うちだからだ。なるほど確かに、騎士派の性格上、私たちは挑発に乗り易くはある。だがそれだけを狙ったわけではないということだよ。私たちが目指すのはどんな状況でも戦える万能であって、その分突出した一芸はほぼ持たない。それは、敵の能力を上回るという異能にとって十全に力を発揮できるということを意味する」

 これも思い当たってみれば簡単なことだった。今<横笛フルート>を事実上動かしているのは<無価値ベリアル>と呼ばれる悪辣な男であるという。挑発し易いというだけで<王者チャンプ>を割り当てたとは考えづらい。発見されたばかりの、それなりの数がいるだけで行き当たりばったりだった<横笛フルート>ではもうないのだ。

「なるほどな。だが所詮推測だ」

 一輝はそう冷ややかに言う。否定したいわけではないのだろうが、そういう役割を自らに課している節があった。

 いつもながらの刃のような口調に、徹は小さく笑った。

「少なくとも<王者チャンプ>は凌駕解放オーバードライブを模倣できない。もしそれまでのように一回り上の<轟雷>ミヨルニルなど返されていたら、私は消し飛んでいただろうよ」

 そもそも凌駕解放オーバードライブとはその<魔人>にとっての望みや強さの形。雷撃などとは根幹を異ならせる、絶対にも近い固有能力なのである。

 現騎士派223名中、扱えるのは徹と筆頭騎士マスターナイトの2名のみ、もしエリシエルが使えるのだとしてもそれでようやく3名。呼称は伊達ではない。限界以上を引き出し、行使するからこその凌駕解放オーバードライブだ。

「それでも凶悪極まりない能力であることには違いない。ただ、だからこそ付け入る隙はある。特殊性の高い異能は<ヒーロー>のように何らかの条件がなければ成り立たないはずだ」

「……なるほどな」

 今度こそ一輝も頷いた。

「そこであの人か。なんというか、鼻も利いたからな。初見の相手でもどこが弱いのかすぐに見抜いていた節がある」

「攻めの新島、守りのケイ。こう言ってしまうのも情けないが、不動の双璧だったと思うよ。と、市中が聞いたら怒り出すか」

「どうだろう」

 先代を敬愛し、いつか超えると言って憚らない聡司は<剣王>ソードマスター新島猛こそ最強であると信じている。同列に誰かを並べると、寡黙ながらも不機嫌になるのが分かるほどだ。

「ともあれ、いないものは仕方ない。私たちが何とかしなければ」

 危機感が徐々に膨れ上がってゆく。考えれば考えるほどに、あの<王者チャンプ>を放っておいてはならないと恐怖にも近い感情が湧き上がって来る。

 胸の不快感を握り潰せでもしないかと徹は右手を固く握り締め、仕合に意識を戻せば聡司とエリシエルは一進一退、互角の戦いを続けていた。

 どちらも攻め切れない印象だ。エリシエルは聡司をまともに捉えられない。仕合そのもの作っているのは聡司の方である。動き続ける限り、速さに劣るエリシエルは後手に回らざるを得ない。

 その上で聡司も刃を届かせられない。力、速度、先代の教えのすべてを足し合わせてもまだ、エリシエルの圧倒的な出力を超えられない。

 しかし聡司の横顔は楽しそうだった。難しいことを忘れ、好敵手を今日こそ下さんと剣を振るう姿は、白兵方筆頭マスタークラブとしての寡黙よりもよほど自然に映った。

「……私がなんとかしなければな」

 仕合は今回もまだ、引き分けに終わるだろう。

 徹は偽りの空を見上げた。偽物といえど赤みを帯びて、既に夕方が近いことを示している。

 今宵は<騎士姫>から命令を受けている。騎士派と神官派、財団派、魔女派の四者間で持たれる緊急会合において、<王者チャンプ>に対する見解を述べるよう、出席を要請されているのだ。

 とりあえずステイシアの知恵を拝借だ、と<騎士姫>は言った。少なくともそこで何らかの糸口を見出したいと徹も思っている。

 こんな異常事態は早く脱出したいものだ。

 多少のいざこざはあっても概ね平和な毎日。それが今の徹の望みだ。守りたいものだ。

 得た、使命なのである。





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