この手、繋いだならきっと・五






 鮮烈に覚えているものがある。

 炎だ。赤々とした、全てを台無しにしてしまう炎。

 その前において、人など無力だった。勝てるわけがなかった。恐怖を克せぬまま喚き、腕を振り回してみたところで蟷螂の斧にも及ばなかった。

 その忸怩たる思いを、修介は片時も忘れない。












凌駕解放オーバードライブ?」

 偽りの街並みに漂うのっぺりとした空気を破り、修介の声が響いた。

 人出が多くなるのは、せめて昼前からだ。早朝はまるで何もかもが死んでいるように思えるほど凪いでいる。

 <闘争牙城>で<鴉>に教えを受けながら、はや三日が過ぎ去っていた。

 <鴉>は一度見知らぬ少女と話し込んでいたとき以外は概ね、修介の相手をしてくれている。手合わせをして、休憩時には様々な知識をくれて、また手合わせをして。

 そして今朝一番の修練を終えた<鴉>が不意に言ったのだ。凌駕解放オーバードライブのことは知ってるか、と。

「知りません。なんとなくニュアンスは分かる気がしますけど」

 人間だった頃、英語の成績は悪くなかったし、小説や漫画で得られた観念もある。限界を越えた何かだと推測するくらいはできた。

「必殺技的な何かですか?」

「ま、そんなとこだ」

 畳んだ羽のようなインバネスコートを今日も纏い、冷たい缶コーヒーを片手に<鴉>が頷く。

「人間に限らず生き物ってのは大抵リミッターがかかってるもんでな、危険に出くわすとそいつが外れてとんでもない筋力を発揮したりするのが、俗に言う火事場の馬鹿力だ」

「ええ、聞いたことはあります」

 有名な話である。真偽を確かめたことはないが、一般的な成人女性でもコインを指で曲げられるのだとか、誰かが言っていた。

「あと、ある程度なら意図して外せるような人もいるとか」

「そいつに関しては、傍から見ててもよく分からんところはあるな。本当に意識してリミッター外してスペック自体を上げてんだか、絶妙にコツ掴んでるおかげであんまり力自体が要らんようになってんのか、はたまた相手に錯覚起こさせてんのか。まあとりあえず、<魔人>にもある種のリミッターはあって、外すこともできるってわけだ」

 <鴉>は比較的饒舌だ。喋り方は決して速くないのだが、言葉があまり途切れず、すぐに続く。おかげで相槌を打つのには少し苦労するのだ。

「それが凌駕解放オーバードライブですか」

 流れに沿えば<鴉>の言わんとするところは推測できる。そして、その凌駕解放オーバードライブとやらが自分にも使えるのだろうかと、胸が湧き立つのを抑えられなかった。

 そう都合よくいかないだろうと理性では分かっているのだが、強くなりたいと願う身に期待するなと言うのは酷である。

 しかし<鴉>は思いもよらぬことを口にした。

「お前にも使えるかどうかってぇのは分からん。ただ、使える可能性は充分にある。なにせ力量自体とは何の関係もないっぽいからな」

「関係ないんですか?」

 当然のように強者の証だと思っていた修介は目を丸くする。それなら自分にもできるかもしれないという希望が強くなり、同時にそれで意味はあるのだろうかという疑念も頭をよぎる。

 何を考えたのか手に取るように分かったのだろう。<鴉>が思わずこぼれたといった風な苦笑を漏らした。

「あくまでも、使えるかどうかにだけ注目すればだぜ? 人間だって火事場の馬鹿力は出すだけなら誰だって出せるだろ。まあそりゃ、強力な凌駕解放オーバードライブ使うのは強い奴ばっかだわな、大体は」

「ああ、それなら」

 納得はできる。だが次の疑問が湧き上がる。

「でも、だとするとどんな要素で決まるんです?」

「俺も知らん。精神的な何かがあるんだろ」

 <鴉>はあっけらかんとしたものだ。飄々と缶コーヒーを飲み干し、からからと笑う。

 それから、不意に静かな表情へと変わった。

「けどそうだな、たとえば……極めて強力な望み」

「はい」

 修介は居住まいを正した。

 <鴉>は時折、こういった顔を見せる。もう気配からして変わるのだ。普段の気のいい兄貴分という印象はなりを潜め、どのような困難でも独りでねじ伏せて行けそうな、圧倒的なまでの何かを感じさせる。

「強くなりたいという望みは誰にも負けないか?」

「はい」

 修介は迷いなく頷く。事実としてそうであるか否かは問題ではない。自分の思いの強さを肯定できるならばそれでいいのだ。

「なら、きっと使えるようになるさ」

 また、<鴉>は普段の顔に戻ってにやりと笑う。

 その手の中で缶がくしゃりと握り潰され、綺麗な弧を描いて屑籠に放り込まれた。

「ちなみになんで唐突にこんな話をしたかというとな、俺は今日、ちょいと人と会うことになってる。割と時間を食うかもしれなくてな、お前はその間に自分の凌駕解放オーバードライブでも模索しとけばいいんじゃないかと思ったってぇ次第だ」

「会うって誰とですか?」

 尋ねてから、思い当たった。あまり意識しないようにしているが、<鴉>は復讐代行を行う<魔人>だ。この<闘争牙城>は依頼人と会うのに便利なのではなかろうか。

 『決闘』に興味があるとは思えない<鴉>がこの場所に慣れている理由はそこにあると修介は見ていた。

「いや、碌でもない男だ」

 鼻から抜ける溜め息のような笑みとともにただ、そう言い残して<鴉>は背を向ける。最後に見えた横顔には本当に碌でもなさそうな色が浮かんでいた。












 そして二十代半ばと思しきひょろりとした碌でもない男は人好きのする笑顔で、決闘場へと入った所から大きく脇に逸れた位置に佇んでいた。

 殺風景な石造りの通路である。ところどころに階段が見られ、そこを上がれば『決闘』を見下ろす観覧席へと出ることができるのだ。

「やあ、お久しぶりです」

 周囲に人の姿は見られない。

 この決闘場は外から見たのと同様に内側も古めかしい。到底憩いの場には向かない。そんな悪環境でも<魔人>が集まるのは『決闘』によって得たいものがあるからである。

 だから、居心地が悪い上に戦いの様子を見られるわけでもない、このような場所に来ることはないのだ。皆、入口から真っ直ぐ階段を上ってしまう。

 とは言っても、誰にも聞かれない保証はない。堂々と話していれば存外に気付かれないものだが、少し注意されたならそれで聞きとられてしまう。

 これから行われるのは、余人に聞かせるべき話ではないはずである。気配を気にしておくに越したことはないだろう。

 あるいは、聞かせたいのかもしれない。この男がそのあたりのことでヘマをするとは思えない。

「お元気そうですねえ」

「そこそこだな」

 人懐こく笑う相手とは対照的に、<鴉>は口の端に笑みを引っかけただけだった。

「お前も無駄に元気そうだ」

「いやはや、それが意外とそうでもないんですよ」

 苦労してるんです、と言わんばかりの分かり易い表情で肩をすくめる男と<鴉>とは、同じ組織に所属しているもののあまり会うことがない。

 <鴉>もこの男も年中どこかへ出向いているから、というのが主な理由だ。

「ほう、そいつはなかなか。今回の出向先フルートはそれほど厳しいか」

「ええ、それはもう」

 情けない愚痴を言う、自然な顔。<鴉>とて、知らなければ騙されかねない。

 組織経営コンサルタント。そう、この男は自称する。そして実際に指導するのは敵対組織の潰し方だ。

「関わってみると、思っていたより遥かに手ごわいですね、<竪琴ライラ>は。あ、<竪琴ライラ>の基本知識くらいはありますよね?」

「当たり前だ」

 <鴉>もそのあたりのことは把握していた。<ruby><rb><横笛フルート>はまだしも、<竪琴ライラ>のことは常に意識しておかないと日本では仕事などできたものではない。

「で、具体的にはどうなんだ?」

 続きを促すと身ぶり手ぶりを交えた解説が始まった。

「それがですね、一言で言い切れるものではなくて。<竪琴ライラ>六派で分けると、こっちが押しているのが財団派、やや優勢に進めていると見ていいのが鳥船派、泥沼になってるのが魔女派で押されてるのが騎士派。剣豪派と神官派は、なんかまったく巧くいかないので少し様子見です」

「二勝三敗一分け、しかも惨敗二を含む……か」

 この男が関わっているにしては随分と酷い戦況だ。

 もう一月は経っている。いつもならば調略によってまたたく間に敵対組織を内部から切り崩し、今頃はあらかた仕事を終わらせている時期である。

「世界最大規模を相手にするのは、お前でもやはり厳しいもんなんだな」

「規模が原因というよりは、当初の予測と違って構成員の帰属意識が異様に高いのが効いてますね。なんというのでしょうか、少年の熱狂と潔癖さとでもいうべきものを巧く発露させているようで、動揺まではしてもめったに裏切らない。さらに離反者に対しても戦意を削がれることなく、揺らぎが連鎖せずにすぐに引き締められる。もっと個人の背景にまで踏み込めればもう少しどうにかなるんですが、全体を見なければならない身としてはそこまでの暇もなく」

「熱狂、ね……」

 <鴉>は長い息を吐きながら、そう呟く。

 それを聞き咎めたのか、男がにこりと人好きのする笑みを浮かべた。

「そういえば、ここ数日楽しく遊んでいるようで」

 当然のように、修介のことを知っている。

 <鴉>は口許を歪めた。

「念のため言っとくが、手を出すなよ? 一時的にとはいえ、ありゃ俺の弟子ってことになるんだからな」

「や、それは勿論ですけど」

 また男は肩をすくめ、話を再開した。

「それで、さっきも言った通り厄介なのは剣豪派と神官派ですね。剣豪派には個々の質で完全に負けてます。報告からはおそらく、ほとんどが戦格クラスランクの合計が六以上の双格並列デュアル、かつそれなりか複数のクラウンアームズ持ち。その辺の雑魚が束になったって、そりゃ勝てないですよ」

「<王の武具クラウンアームズ>持ちってぇのはそんなにぽこぽこ湧いて来なかったはずだが」

 左眉を上げ、疑問を投げかける。

 記憶違いでなければ六人に一人程度のものであるはずだ。それもその半数は最低ランクのものを一つ有しているだけである。

「<竪琴ライラ>は派閥間での移動を割と抵抗なく行うようですからね。周囲に付いていけない子は他の五つに移っているんだと思いますよ」

「なるほどな。無駄に分裂してるわけじゃないってことだ」

「ええ、無理に合わせるよりは各々の合うところで、というのは割と良い手だと思いますよ。少なくとも、自分の居場所を選べることが帰属意識の高い理由のひとつではあるでしょうね」

「秩序の守護者という『正義』への自負ってぇ熱狂と潔癖に加えて、居心地の良さまであるわけか。抜けられんというか、抜けようとも思わんレベルだな。実に正しい餌だ」

 皮肉げに、<鴉>。

 人は苦痛とともに快にも弱い。それが安定しているとなればなおのことだ。

 しかしそこで、男が再び肩をすくめた。

「剣豪派に関しては、そんな簡単な評価はできませんけどね。彼らのメンタリティ、元日本人少年とは思えないくらい殺伐としてるというかタフというか」

「暴力慣れしてるってことか?」

 今、日本は平和である。<災>に数百万人もが殺されていたのはもう十五年以上前になる。だから十代半ばから後半であることの多い<魔人>はあの張り詰めた空気、理不尽を知らず、<鴉>などから見れば総じて甘く映る。

 それでも<魔人>となって荒事に携わっていれば徐々に力へと適応してゆくものだ。

 しかし、返答は予想を超えていた。

「いえ、そんな不良君のような中途半端なのじゃなくてですね。<剣豪派>とか呼ばれるのは伊達じゃないようで、あれは冗談抜きで武士団とでも呼ぶべき存在です。先ほど言ったカタログスペック的な要素も含めて、おそらくはそうならないと生存競争に勝ち残れない、あるいはそういうのが集まって来るんじゃないかと」

 恐ろしい話です、そう男は笑う。

 本当に恐れているわけではないのは、その顔を見れば明らかだ。やがてどうにかして捻り潰してやろうと思っているのだろう。強敵に屈辱を味あわせることを、この男は非常に好むのだ。

「続いて神官派ですが、これはもう本当に酷いですね。先手こそこちらのものですけど、そこから先は一方的に向こうのものです」

 声は滔々と流れ続ける。比較的喋る方であるはずの<鴉>でも軽く反応するのが精々だ。意見はおろか、相槌すら碌に必要としていないかのようだった。

 しかし<鴉>は知ってる。これが、この男の考えのまとめ方だ。全ての判断基準と発想は最初から己の内にあって、語ることで未来図が形成されてゆくのだ。

 それならば人形が相手でもよさそうに思えるが、その考えはあまりに浅い。あくまでも、下らなくともいいから言葉か表情に反応の出る相手でなくてはならない。

 とはいえ、些か奇妙でもある。さすがに、そんなことのためだけに自分とわざわざ<闘争牙城>で会うことにしたとは考えづらい。何か他の、特別な意図があるはずだ。

「神官派は<魔人>を最適な役割に割り当ててことを片付ける、と聞いてはいましたが……あの的確さは異常ですよ。まるで、軍人将棋で向こうだけが全ての駒の配置を知ってるみたいです」

「お前が読み負けるとはな」

 <鴉>にとって、その言葉は何の気なしに放ったものだった。

 しかし、いつもへらへら笑っている男が一瞬だけ焼けつくような覇気を漏らしたのだ。

「読み、じゃないですね。あれは何らかの、正真正銘のズルチートを使ってます」

 それは本当に、垣間見えただけだ。すぐにいつもの笑顔になった。

 初めて目の当たりにしたそれにも<鴉>は驚愕を押し込め、替わりにまた皮肉げに笑ってみせた。

「なるほど、確かに苦労してるようだな」

「ええ、それはもう。こっち側にも問題はありまして……<横笛フルート>というのは結局、アンチ<竪琴ライラ>というだけの集まりですからね。数が増えれば増えるほどにバラバラになっていくというのが実情でして。現状、数だけは多い集団ですね。内紛なんて贅沢なことはせめてれっきとした組織になってからやって欲しいものです」

「ま、そりゃそうだろうな」

 ほぼ全員が十代の少年少女では無理からぬところである。無論挫折の一つもしている者は多いのだろうが、さんざんに打ちのめされて我を通すことが面倒くさくなっている、あるいは当たり前のように笑顔の裏で刃を研いでいる狡い大人のようにはいかない。年を食っていればいいというものではないものの、やはり得られるものは確かにあるのだ。

 しかし逆に、年端もいかないからこそ一つにまとめられることもある。<竪琴ライラ>がまさにその典型だ。

「強力な<魔人>はそれなりにいるんですよ。割とカリスマ性もあったりしますし。ただ、そのせいで細かい派閥がぽこぽこ生まれてるんですね。<竪琴ライラ>の弱点は六派に分かれてることなのに、こっちは二十派くらいありまして、もうね、こいつらやる気あるんだろうかと思わずにはいられません」

「そりゃあ、実に素晴らしい展開だな」

 <鴉>は気のなさそうに抑えた声で相槌を打つ。先ほど飲んだばかりだというのに、もうコーヒーが欲しい。

「ただまあ、<魔人>になっても直らん人間の性分ってやつだろ。しかしそれでいいのかもしれんぜ?」

「どういうことです?」

 尋ねる形こそとっているが、男は既に答えを得ているだろう。これは<鴉>も同様に見るかという確認に過ぎない。

 試されているようで不快だが、臍を曲げるほどではない。

「窮鼠猫を噛むとは言うが、噛んだところで鼠はその後どうなるんだろうな?」

「ふむ」

 にこりと男が笑う。

「横から鴉が掻っ攫ったりはしませんか?」

 視線が正面から交差した。

 <鴉>は今、この説明臭い茶番の意味に理解が及んだ。

「それが俺に対しての本題か」

「ええ、充分乗っ取れますよ。既に強さによる序列を是とするシステムは根付かせてあります。そして、あなたに迫るカタログスペックを有していても、あなたに勝てる<魔人>は<横笛フルート>にはいない……」

 組織経営コンサルタントを自称する男の笑顔は相も変わらず人好きのするものだ。そして組織とは、たとえ頭を挿げ替えようと手足を入れ替えようと、全体の形を整えて目的を果たせばいいのだ。

 そんな顔でそんな揚げ足取りを、取り返しがつかなくなってから楽しそうに言ってのけるのがこの男なのである。この男に仕事を依頼した哀れな誰かは、きっと数箇月後にそんな台詞を聞くことになるのだろう。

「一つにまとめ上げられた<横笛フルート>は窮鼠ではなく、立派な猫になると僕は見ています。全力の番犬ライラを相手取っても勝敗は分かりませんよ」

「……効果を上げるという点で、お前の仕事は信頼できる。そう言うのなら、そうなのかもしれんな」

 <鴉>は最初と同じように乾いた笑みを口の端に引っかけた。

 口にした通り、この男の仕事は最終的な結果だけを見れば申し分ない。苦戦していることすら半分は予定の内だろう。

 ここで答えを迷う必要はなかった。

 一拍だけ置き、告げる。

「だが答えはノーだ。お前ほど信用できん男を俺は知らん。第一、組織の頭なんぞになったら俺の趣味が半分くらい無意味になるだろ。他を当たれ」

 同僚ではあるが、親愛の情など欠片もない。結果は信頼できるが人格は信用ならない。自分の趣味にもあまり沿わない。

 受け入れる理由が何一つとして存在しなかった。

「それは残念です」

 男は本当に残念そうな顔をする。その仮面の下で何を思うのかは<鴉>にも分からない。すぐに笑顔に戻ってしまったとあってはなおさらである。

「でも仕方ありませんね。そう言うなら別の人にしましょうか。そうですね……有望そうなのを一人、スパルタで育て上げることにしましょう。あ、それはそうと、気を付けてくださいね」

「何をだ?」

「三、四日前に神官派の管轄領域で仕事したでしょう? おそらく既に捕捉されていますよ。下手すると仕事前から見つかってた可能性もあるくらいです」

「えらく荒唐無稽だな」

 随分と楽しそうに言う男に<鴉>は大きく溜め息を漏らす。

 この男は基本的に、事実すべてを述べないことを好む。嘘をつくときも、九分九厘が事実であるものから全てが偽りであるものまで、自由自在だ。嘘つきであることにすら不誠実であり、信じられるのは手八丁口八丁で必ず目的を果たすことのみなのだ。

 無価値と呼ばれる由縁である。

「目撃者は一人で、そいつは手元に置いてるわけだが。それでも既に見つかってるって?」

「ええ。先ほども言った通り、神官派はズルチートを行っています。ここは<天睨>のイシュの領域であり、探査範囲外だから助かっているだけで、神官派領域に戻るとその瞬間にロックオンされるでしょうね」

「……本当だとすればめんどくさいことになるな」

 <鴉>は小さくぼやいた。

 この<闘争牙城>は日本各地に出入り口があるが、入る前の場所にしか出られない。距離の短縮に使うなどという真似はできないのだ。

 男が改めてにこりと笑う。

「思い直してこっちについてくれるなら、逃げる間の陽動をしてあげますよ?」

「要らんし思い直さん」

 本当に碌でもない男である。

 <鴉>は改めて思う。

 こちらに対する用件は先ほどの、乗っ取りへの勧誘でいいのだろう。だが断られることを予測していなかったはずはない。そして無駄足だけを踏みに来るわけもない。

 ならば果たして、何を得るためにこのような場所へ来たのだろうか。

 今は考えたところで答えを弾き出せそうになかった。





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