世界を見下ろし、傍観するもの
※暴力・流血表現あり
樹の根が牢獄をなす凍てついた静寂の中、ガリ、キィキィという耳障りな音と共に足音が響く。のし、のし、のし。柔らかい土を規則正しく踏みしめ、光が全く届いていないにも関わらず、一瞬たりとも止まることなく動き続ける。
それは四つのひょろりとした脚を持つ、遺産である。
ぐらぐらと揺れる脚に支えられているのは、鈍色に輝く、上下に潰れた球体のような装甲。継ぎ目の部分から錆を落とすそれには、唯一、ひび割れた暗い板が一枚だけはまっている。それ以外に目につく部分もなければ、突起物もない。市場のどこを探しても見つからないだろう、動いている遺産と思われるもの。
苔を踏みつけようが、足の一本が滑ろうが、斜面を歩こうが、歩調が乱れることはない。のしのしと、何もない世界を進んでいく。
やがて太古の遺物がぴたりと動きを止めた。目の前に現れたぼんやりとした光に、体を錆色に輝かせる。それは太陽がもたらす暖かなものではなく、闇を払うだけの弱々しいものだ。
すなわち、これの通ってきた道と比べれば、開けた場所に出たのだ。
明かりの源は、地面に転がっている小さな遺産。これに照らされているのは、そこらにある湿った土や苔、根だけではない。
ひとつは頭を除く上半身を結晶に拘束された、仰向けに倒れている黒い獣。もうひとつは片手だけを外に出している結晶らしい何か。最後に、これら二つから距離をとり、ぐったりとうつむく紅い竜。いずれも魔結晶に動きを阻害されているか、その身から生やしていた。
遺産が軋む。まずは腕だけの見える者のもとへ。
キィキィ。鉄の体が軋む音に、ようやく獣が気付いた。脚で勢いをつけ上半身のみを起こす。絶えぬ音の発生源を即座に見つけ、その動きを追う。機械は気づいていないのか、のしのしと一番近くにいる結晶の元へと近づいていく。
「なんだ……動く、遺産?」
遺産は腕だけの者にけつまづいて、再び停止する。同じ脚をゆらりと持ち上げ、伸ばされていた指を小突く。すると、人間の手はぴくりと動き、離れようとした鉄をがしっと掴む。だが遺産は一瞬だけ動きを止めただけで、振りほどいて再び地に足をつけてしまう。
獣が見つめる中で、遺産はガタガタと不気味な音を鳴らしながら、彼らを見下ろすようにたたずんでいた。
ヒュウ、ヒュウ、と浅い呼吸を繰り返していた紅竜が瞼を震わせながら、わずかに目を開く。
俯いているために自らが圧迫している気道を確保することもせず、あたりの様子をうかがう。しかし、視界は半分しか開かず、小刻みに震える爪では鱗一枚の土山を作ることもかなわない。
その目の前には、遺産が静止している。
自立する無機物は錆を落としながら脚を半分に畳み、そしてヴンヴンとやかましく球から音を放ちながら、板を彼女の方へ向け表情を伺っているようだ。
竜は動けないことも、遺産にも気づいていないのか、肩の傷口から魔結晶を生やしながら体を小さく震わせるばかりだ。
「人類の生き残りかと思ったが、魔法生物……か?」
レヴトやトート、ましてやラクリのものではない、ひび割れた声が虚ろな空間に響いた。初老あたりの男性のものを思わせる。
「だとしたら、こんな大型生物までいるとは驚きだ。三体。しかも、どれも異なる様相となると、まだ人類は生き残っているのか……」
ひび割れた板をラクリに向け、それが目であるかのように体を傾ける遺産。言葉は球体の中から、形容しがたいノイズと共に言葉を紡ぐ。
「最後の巡回機、を動かして正解だったな」
まるでその中に、誰かがいるようだ。一定のペースの呟きには吐息も生気も感じられないが、滑らかにしゃべり続ける。
「ひとまず、一番知りたいことを教えてくれそうな君を、どうにか、するとしようか」
呼吸はそのままに、再び朱の瞳は隠された。遺産は脚を伸ばし、のしのしと動き始め座り込んでいたレヴトの方を向く。
「おい、鳥。こいつに何があったか、教えろ。人間とおんなじなら、毒かなんかだろう」
骨っぽい脚であぐらをかく彼は、悩む様子もなく顎で光源近くに転がる鞄を示した。
「瓶に解毒薬を入れてる。好きにしたらいい」
やはりな、と呟いた遺産は口が開けっ放しの鞄へと近づき、足裏から生えた鉤爪でラクリの傍までずるずる引っぱる。底をつまんでひっくり返すと、水筒一つと瓶、他にも食料や火を起こす道具などが落ちていく。遺産はもちろん、転がる瓶を迷わず掴み、二本の脚でまるで膝立ちになると、もう一本の脚を折り曲げてポンッと蓋を開く。
水筒は毒入りだ、とレヴトが伝えると、こいつに使うべき量はどれくらいだ、と遺産。小さな舌打ちが静かな空間に、やけに大きく響いた。
呼吸の落ち着いた紅竜が目を覚ます。
ゆっくりと視線が開けた空間に向けられると、気が付いたか、と遺産が声をかける。誰、と険しい表情をするが、くぐもった感心の声が上がる。
「おおドラゴン、気が付いたか。よかった、よかった」
やけに親し気な、不気味な言葉に、トートを拘束する結晶の近くでたたずむ遺産の方を向く。静かに睨みつける紅竜は、座り込んだまま牙を剥く。
「……ドラゴンじゃ、ないわ。竜、よ」
それは失礼した、とかしこまる声の主はゆらゆらとラクリのもとへ。レヴトが微動だにせず座っていることを認めつつ、彼女は遺産と対面する。
「そこの鳥、いや、レヴトから聞いたよ。ラクリ、というそうだね」
散乱している荷物を挟み、遺物は自身の板と目線の高さを合わせた。
「どうか、警戒しないでほしい。地上のことと、君たちのことについて聞かせてほしいだけなんだよ」
ヴン、ギィ、ピコ。
「そう。じゃあ先に、いくつか教えて。私は、生きてるの?」
ああ、そうとも。にっこりと笑っている様が、無機質な外殻からでも容易に想像できる答え。ラクリが礼を述べると、
「いやいや、運がよかったね。見殺しにするのは、いつになっても気分が悪いから」
調子のいい穏やかな遺産は身じろぎ一つしない。次の言葉を待っているようである。
「まず、アンタは何? 遺産、なの?」
鉄塊は首をかしげるように、脚の一本を折り曲げた。すぐに体勢を戻すと、また土の上に錆が降り積もる。
「たしかに、この巡回機はぼろぼろだが……そうだな、この体は間違いなく、人類の遺産だ。だが、君が聞きたいのは、わたしが何者であるか、だろう?」
まだ力の入りきらぬらしい体は、大きくうなずく。
「わたしはイトラ、の、遺物だ」
静かに紅の瞳は見つめる。
「その昔、人類が永遠を得ようと、機械に命を吹き込もうとしたのだよ。もう、ここにはわたししか残ってはいないけれどね」
命を吹き込む。イトラの背後でレヴトも首をかしげる。
「おそらく、君たちの言う遺産と同じものだよ。今も動いているものがあること自体も驚きだが、昔は、機械で楽をしてきたものさ。手では持ち上げられないものを動かしたり、遠くにいるやつと直接話したりできたんだよ」
やけに饒舌な彼は、また彼女に質問を求める。ぽかんとしていた赤は、ああ、と次を問う。
「……ここに、どうして遺跡が? あいつらも、きっと知りたいはずよ」
ふむ、と遺産は馬のように地面をひっかいた。それからレヴトの方を、ちらりと見やるもののすぐに居直る。カラスはそっぽを向いていたが、二人の会話に耳をそばだてているようだ。
「ここはもともと、ただの町だったのだよ。そのうち、わたしが作られ、ここにいた人類が滅びた。機械の仲間が壊れていく中、長い時間が経って、ここは樹に覆われた。それだけだが、気になることがあるのかい」
再び体を傾げるイトラ。沈黙の後に、軽く首を振ったラクリは、質問を終えることを伝えた。
「気になることがあれば、いつでも聞いておくれ。この出会いを祝して、ね」
胸を張り、拳でとんと叩いていそうな言葉は、丸い身なりからすれば愛らしい。だが錆と鈍い輝きにそのような趣はない。
「では、わたしから、君たちに問いたい。まず、この樹の外は、どうなっているのかね」
そんなこと、としり上がりに尋ね返した彼女に、知りたいのだよ、と遺産は赤い瞳を覗き込むようにずいと板を近づける。分かった、と応じた彼女は淡々と答え始める。
ここを覆っている樹は、世界樹と呼ばれていること。この場にいるようなやつら以外にも、様々なやつがいて、住居を構え、生活をしていること。これを市場と呼び、外にも世界があること。草原があり、荒れ地があり、樹海があり、山、海、雪国、砂漠も、渓谷もある。
人間、獣、竜が、それぞれの場所の社会をもって生活が営まれ、世界樹を中心に回っている。白い境界に閉じ込められながら、皆がここに集まるのだ。
イトラの頷く音を聞きながら、ラクリはゆっくりと話し、終わりよ、と締めくくる。レヴトは黙ったまま、二人の様子を見守るだけだ。
「ありがとう。地上はそのようになっているのだね」
納得したように頷くと、次の質問だ、と佇まいを正すように脚をピンと伸ばす。
「無礼を承知で訊くが、君たちの創造主は、人間かね?」
ウィンウィンと揺れている機械を、竜は凝視する。特に思うところはないのか、どうしたのだね、と目を丸くしているらしいイトラ。神でも信じているのか、とレヴトの吐き捨てた言葉に、うん、と不思議そうだ。
「あくまで推測だが、君たちは、魔力で疑似的な生命を与えられた生物ではないのかな。通称、魔法生物……ああいや、そもそも人類が滅びた以上、わたしの知りえない生命が発生している、と考えることもできる。だが君たち二人は、これの特徴と一致するのだが……」
あるいはセンサが壊れてしまったのか、と体を揺らすが、ラクリはまた、唖然と口を開けたままだ。
「魔法と機械によって栄えた人類は、君たちのような魔力で構成された生命体を、魔法生物、と、その昔、名付けたのだよ」
二人の様子をうかがうわけでもない。淡々と続ける。
「食べるし、息もする。怒るし、笑う。一見すれば人類やペットと見分けがつかないくらいのが魔法生物だ。だが、ただの生物と違い、その形は創造主により定められたもの。色々な魔法生物が作り出されたものだったよ」
錆が落ちる。脚が軋む。誰もが、誰かの言葉を待っている。
「おい、ラクリ、トートを開放してやってくれ。おれみたくして、拘束は解かなくていい」
呆然としていた彼女にレヴトが声をかけた。はっと上がる視界は真っ黒な鋭い視線を認める。薄い返事と共に転がっている結晶の塊に視線が向けられた。釣られてイトラもそちらを見やると、その結晶の一部にヒビが走り、パリンと割れる。するとぐっしょりと濡れた髭面が露わとなる。
ぷは、と冷たい空気を肺に取り込むトートに、遺産が感嘆の声を上げる。
「おお……妙だと思っていたが、魔力の塊を操っていたのか。結晶となった魔力を扱える人類もそうそういなかったというのに」
足元に飛んできた破片を拾い上げた後、向き直る。そしてラクリの肩に生えている結晶をまじまじと見つめると、同じものか、と呟く。一方、大丈夫か、と仲間に声をかけられ、人間は息を荒げながら、おう、と返事する。
頭だけを動かせるトートは真っ暗な天井を見つめ、まだここか、と悪態づいた。
「じゃあ、何? 私たちは誰かの操り人形だっての? 私も、そいつらも、見ず知らずの人類ってやつに、魔法生物として生かされてるって、言いたいわけ?」
じわりと紅のさす鱗と瞳を輝かせながらイトラを睨む。怒りのような、八つ当たりのような表情。足だけを使ってトートへにじり寄ったレヴトが、遺産の背後でそれを聞いている。首を横に振る仕草を終え、埋め込まれた板は向かい合う。
「少なくとも、我らの時代ではそうだった、という話だ。そう怖い顔をしないでくれ。イトラは生前から、それらを生物のパチモノと思ってなどないし、支配してやろうとも思っていなかった」
変わらぬ調子の彼に、竜の視線は鋭いままだ。
「じゃあ、教えなさいよ。その魔法生物の……特徴とか」
もちろんだとも。鉄塊がまた佇まいを正す。
作られたばかりの魔法生物の姿は、創造主の望んだ姿を得る。高度な技術を持った者ならば性格や知識、魔法の構築能力さえも与えることが可能だった。戦争が起これば死を恐れぬ軍勢として登用された。疫病が流行れば、医師の知識を持つ者が作られ、奴隷のように働かされた。
中には感情と思考をもってしまったがために、創造主に反抗し、壊されてしまった者もいた。失踪したやつもいたが、創造主は新たに作り出すだけだった。社会問題にもなったな。
人類とほぼ同じ姿をした魔法生物もいたが、紛れてしまえば分からないものだった。毎日のように挨拶をしていた隣人が、魔法生物としての生を終える瞬間を目の当たりにした、という記録もある。
ああ、と何かに気が付いたらしいイトラは、じっと聞き入る彼女たちに話し続ける。
「代表的な特徴があったな。魔法生物にも死は存在する。だが死亡すると、その死体は腐ることない。その肉体を構成する魔力が徐々にほどけ、空気中に霧散するのだよ。それを私たちは、魔力乖離、と呼んでいたが……」
彼は淡々と、太古の知識を披露する。
ラクリは静けさを取り戻し、ゆっくりと息を吐きつつ背後の根にもたれる。
レヴトは結晶の拘束を解こうとしていたが動きを止め、地面を見下ろす。
トートは無言で、どこまで続いているのか分からぬ天井を眺める。
無機質な音が闇に吸い込まれていく中、時間だけが過ぎていく。遺産は体を揺らしながら、三人の真ん中で彼女の様子をうかがっていた。意識を失っていたときと同様に、ぐったりと俯き、脱力している。
ただし、視線だけは射るように睨みつけている。獲物を見つけた時のような、爛々と輝く紅色。その隣で、いつの間にか断面をさらしている割れた爪。主の体と切り離された爪のかけらが、魔力と共に形を失い始めている。
「そんな目でこちらを睨んだとしても、過去は変わらないよ」
穏やかな言葉と共に首を傾げた。ふと顔を伏せ、息を大きく吸い込んだラクリは、突然、鉄でできた脚の一本をつかんだ。
「私たちはそんなんじゃない! 創造主なんてものは地上にいないし、人間なんて、腐るほどいる! そんな、そんなバカげたこと……!」
ミシミシと悲鳴を上げ、身から出る錆が、手のひらの細かい鱗に付着する。違う、違う、と小さく呟きながら、俯いていく。作られてなんかいない、と繰り返す。
「ラクリ、ありがとう」
さらなる言葉を探そうとしている彼女だったが、金属を歪めるほどの力は少しずつ力を失い、ずるりと地面に落ちてしまう。開放された遺産は脚を変わらず動かすと、くるりと踵を返し、レヴトの方へ。
「イトラ、の人工知能が生きている間に、人類の生きている可能性を知れて、良かったよ。そのお礼と言ってはなんだが、君は、助けてあげよう」
骨っぽい脚を跨ぎ、思うように動けない獣の目を覗き込む遺産は、睨みつけてくる彼に板を近づける。
「わたしとしても、君たちが本当に魔法生物なのか、気になっているのだ。もしかすると、わたしたちの時代から進化している別の生物かもしれない」
プツ、と小さな音が球体から鳴ると、板に微弱な光が灯った。
「どちらにせよ、新たな発見があるのではないか、とずっと気になっていたのだよ」
道具の光源とは異なる青白い光に、濡れ羽色が美しく輝く。
「そうだな……まず、魔法生物であると仮定したとき、創造主を知らない君たちは、どういったふうに作られたのかが、まず気になるな。感情、意思があることだけが確認できたが、どこまで生物に似せて作られているのか……」
円盤の真下の部分から大量の錆を落としながら、ひび割れ光る板の向こうで痩せこけた老人が明るい笑顔を浮かべている。
「偶然とはいえ、解体、拷問を試せるのはラッキーだな。口を利かないやつは、実験動物と同等だ、と、よく人類は言ったものだよ」
二対の視線がぶつかった瞬間、獣は目を剥いた。一瞬遅れて、常闇に絶叫がこだます。どうした、とトートが動けぬ身で叫ぶが、人と獣は応じない。土砂のように流れ出る錆がようやく収まると、球体の穴から錆びついた斧らしいものが降り降ろされていた。その刃は骨っぽい左脚半ばまでを食らい、その断面をさらしている。ウィンという音と同時に刃がぐぐぐと持ち上がり、血を垂らす。
引き抜かれていくそれに悲鳴を上げるレヴトはのけぞるようにして地面に転がる。
「痛覚はあり、反射は同程度の早さか……被験者、レヴト。今から脚、を半分にするよ」
点滅する板の中で、どこか薄っぺらな笑みを浮かべている老人に、カラスはやめろ、と嘴を開き、わめきながら下がろうとするが、上半身を拘束され、片足しかない状態で逃げることなどできるはずもない。
少しの距離を置いて、呆然とそのやり取りを見つめるラクリ。ぱくぱくと小さく口を動かしているのの、再び、無機質にその刃は振り下ろされた。トートも状況を把握しようと繰り返し声をかけるが、絶叫にかき消されるばかりだ。
闇から隔離されたわずかな空間が、ぐちゃぐちゃに揺れる。地面に散っていた乱反射する結晶が、かげっていく。苔むした土が赤く染まり、結晶の塊があちこちに散っていく。機械は何かしら呟き、板に闇をたたえながら、身をくねらせながら地を這い喘ぐカラスを眺める。
生ある者たちはそれぞれの生を燃やす。誰も動かない。
獲物を求めて、刃を巻き上げ音が、止む。軋む音がまた木霊す。
ところがこの世界に訪れた次の大きな音は、形容しがたい大きな重い音であった。連続してバキメキと不愉快な音に押し黙った三人は、その方向、遺産の方を見やった。
イトラはピタリと停止していた。
鋭い何かに天辺から貫かれたらしいそれは、ぴくりとも動くことなく、中で鳴っていた不気味な音も止まっている。何が起こっているんだ、といら立ち交じりに人間が叫ぶが、遺産を見つめる二人は呆然と目を見開く。
鈍色の装甲を貫いたのは、天から降ってきた鋭い槍である。明確な殺意すら見える真直ぐに伸びるそれを辿り仰げば、天覆う闇からまっすぐ伸びてきている。明かりに照らされている限りでは、どこかが腐っているということは決してない。そうこうしているうちに、バラバラと落ちてくる木片が、かつてのレヴトの右脚へとふりかかり始める。
まだ呼吸も整わぬ間に、ラクリがはっとする。遺産の向こう側に倒れているレヴトはその脚のことを忘れ、動きを止めている。
「トート、そいつの手当て、してやって」
隣にいるトートに声をかけると同時に、その魔結晶は形を変えて彼を解放する。先ほどまでびくともしなかった、液体のように変形した結晶を踏みつけながら起き上がった彼は、よたよたとラクリのもとへ近づく。だが彼女のことは一瞥するのみで、ひっくり返されていた荷物をいくつか拾いあげ振り返る。笑みを浮かべながら、獣の隣座り込む。
「大丈夫だ、レヴト。このくらいなら、死にはしない。手当、するからな」
静かに短いやりとりを始めた二人を遠くに見つめながら、ゆっくりと肺から空気を吐き、また彼女は背後の根に体を預けた。
「……違う」
虫の囁きを口にしたものの、瞼の重みには敵うはずがなかった。
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