異形の王ら、いわく(「三人の王」完結)

 ガラガラという瓦礫が崩れる音と叫び声が繰り返し響く玉座の廊下にて、レミーは一人、数冊の本を抱えて歩いていた。

 玉座が爆破された一件がおさまり、壊されてしまった日常が市民たちのもとに帰ってきた。欠けることのなかった王たちの指揮のもと、騎士団たちを中心に復興作業が行われている真っ最中だ。

 ヒュウと風が吹けば、外から埃っぽい空気が流れてくる。ゴホゴホと咳き込んだ彼女は前方に向き直った際、視界に映る獣を認めて静かににらみつけた。

 玄関の扉に手を伸ばし、外へ姿を隠そうとしているのは白い衣を揺らす獣の王、カルである。

「復興のための書類の整理でも手伝ってくださいませんか? 王」

 びくりと跳ね上がり、そろそろと視線を彼女に向けるその体はいたって五体満足であるらしい。

 テロ発生前日、カルは行方をくらましていた。収束直前、郵送員である山飛竜のトレムによって、拘束されながら気絶している状態で発見される。そして玉座まで運ばれ、テロの収束後に目を覚ます。リドルの提案により、ビルドルによる問診が行われるものの、何も問題ないと診断され、今日にいたる。

 カルとトレムが言うには、渓谷の国から刺客が差し向けられ、貧困区の一角に拘束されていたとのことだった。聞いた竜の王いわく、既に砂漠の国の者は退け、荒地、草原、樹海、全てを協力者と共に見て回ったが、誰かが潜伏している気配はなかった、と返したのであった。

「ぼくがいたって、どうしようもないんじゃないかなぁ、レミー。むしろ、いない方がいいまであると思うんだけど」

 ふわふわとした毛皮にひきつった笑顔を浮かんでいるが、運搬作業だけでも大助かりです、と冷たい視線のまま人差し指で本をトントンと叩く。その強い言葉に応じる気になったのか、カルは衣の下で尻尾をぎこちなく揺らしながら向き合う。

「いや、それにまだ体が痛むから、無理しない方がいいと思うんだよ。だから、この通り」

 笑みをたたえつつも食い下がる獣に、人間は無言で近づいた。迫る気迫から逃れようと半歩引きつつ再び扉に手をかけた王は、もう片方の手を掴まれて引っ張られる。

「邪魔になると予想し、調子が悪いというならば、自室でお休みになられた方がよろしいですよ?」

 すでに時遅し。レミーは素早い動きで本を乗せた。逃げるためにノブを回そうとした手は、ぐらつき始めた本へと誘われて抱え込む。すなわち、荷物を受け取った形となってしまう。

「さ、グレイズ様にお持ちになってください。今の時間なら、いつもの場所で昼食を摂られているはずです」

 そう言い残して足早に来た道を戻るレミーの背中を呆然と見つめながら、獣の王はため息と荷物とともに玉座を後にした。


 白玉混じる茶の鱗を持つ四脚類の竜、エプルが肩にロープをまわして、ゴトゴトと石材を運んでいる。呼吸を乱すことなく、行きかう者たちが自然とつくる道を歩きつつ、石畳の坂道をじっくりと登っていた。

 ゴトゴト。

 荷車は常に一定の速度で引かれており、たまにガタンと小石に乗り上げる。だがそんなことはお構いなしに、側近竜はのしのしとペースを守りながら歩き続ける。

 テロによる建築物への被害は、かなりの額になると予想されている。大きいものばかりが狙われたため、多くの資材が必要とされており、彼や騎士の手によって市場の各地点まで運ばれている。

 ではこの資材をどこから調達したかと言えば、つい最近できた石切場や外から運搬してもらっている状況だ。この作業には、テロの収束後に到着した青竜の群れに協力してもらっている。

 数日前、緊急事態なのだと人間の王が頭を下げ、青竜の長は二つ返事で了承した。もちろん、彼らへの報酬は市場の財政から特急費用を上乗せして支払われる予定である。また、ごく一部の市民や商人から寄付も集まっていると噂されている。

 迷うことなくエプルは元の建物の面影もない廃屋へとたどり着く。職人たちが声を上げながら瓦礫の処分に意思疎通を図っている中、フェリは喧騒から少し離れた場所にいた。彼女は今、サンバイザを被った青竜と向き合っている。

 斑竜に気づいた近くの職人が礼を言いながら、ロープを器用に外していたエプルの肩をたたく。ヒュと空気の抜ける音を発した彼はのそのそと彼女のもとへと向かい、鼻先を長い髪ごしに背中へ押し付ける。

 きゃっと飛び跳ねた王は背中の槍に手をかけながら白の衣を反転させる。エプル、と目を丸くして青竜、リエードが名を呼ぶ。一呼吸おいて、不意打ちをしかけた相手をようやく認めた王は、今にも振りかぶらんとしていた武器を収めた。

「エプル、驚かせないでください」

 姿勢を正したフェリは先ほどまでそこにはなかった石材を一瞥した後、建築を手伝っていた立脚類の獣、オルストレを呼んだ。骨組みの屋根付近で背を向けていた彼はぴくりと耳を動かした後、ひらりと跳躍し斑竜の隣に静かに降り立つ。

 テロ勃発中、フェリの前に現れた盾のみを握る傭兵、オルストレは、彼女に敗北ののち雇い主を乗り換えた。知る限りの敵の情報を提供したことにより、獣を除く二人の王と一部を除く騎士団長があちこちへと奔走することとなった。

 竜の王を始め、スパイではないかといぶかしむ声は多かったものの、間違いなく表面上の殲滅に成功したのだ。その功績もあって、彼はフェリのもとで舞うように働いていた。

 本ばかり読んでいるレミーと異なり、肉体派の側近が得られてうれしい、とフェリはにこやかに笑う。一方で、苦虫をかみつぶして就職先間違えたな、とオルストレは定期的に呟くのだった。

 フェリは石材を指さしながら、必要な場所に運ぶように指示する。長毛種故か、寒くもないのに熱気を放つ立脚類の獣は、また俺かよ、と渋々荷台のロープを引いて、エプルが通れないだろう通路へと引っ張っていった。

 息を荒げる新たな側近を見送った王は、なおも触れ合いを求めるエプルの鼻先に手を伸ばしながら、少し待っていてくださいね、と穏やかに伝えてリエードに向き直る。オルストレに哀れみの視線を送っていた青年は改めて、王と向き合う。

「彼女は、まだ見つかっていないんですね。一応、手配書は出してますしここまで情報がないとなると……」

 いたって穏やかな言葉に、影が差す。

「いえ、諦めないでくださいね。あの人は、間違いなく、まだ、生きています」

 小さく頭を振り、淡い笑みと、優しいながらも力強い言葉に無言でうなずくリエードは建築現場を後にする。その肉の落ちた体躯に、一時の戦禍を駆け抜け玉座までたどり着いた勢いはない。人込みに道を開けてもらいながら、きょろきょろと進んでいく。

 哀れみの視線で見送った後、フェリはすぐ背後にいるエプルに語る。

「皆、傷ついていますね。一日も早く、元の日常に戻れればいいのですが……」

 喉を鳴らす斑竜はこくりと頷いて、絶え間なく雑音の響く建築現場の隅っこで、静かに彼女の雪のような手に甘えていた。


 晴天の空のもと、何もなかった荒地に埃っぽい乾いた風が吹く。いつから何もないままなのか分からない大地には、まだ分厚い壁がそびえ立っていた。市場にいる者たちなど矮小な存在にさえ見えてしまう巨大な壁の前で、グレイズは腕を組み、壁のてっぺんをぐっと見上げながら、ぽつんと佇んでいた。

 彼の右側には、曲線を描いていることが分かる壁。だが途中で、紙を切ったかのように途切れていた。代わりと言ってはなんだが、その近くには切り出されたのだろう石材が大量に、ずらりと並んでいる。

 グレイズは大きく空気を吸い込みわずかに屈んだかと思うと、地面を蹴り、衣ははためかせながら飛び上がった。ぐんぐんと矢のように登っていく彼は壁の真ん中ほどで静止。次に腰に差してある細剣をするりと引き抜くと、壁に向けて縦横無尽に振り回す。

 不思議なことに、一度の斬撃が放たれるたび、軌跡に従って壁にミシミシと亀裂が走る。それはグレイズのいる面だけではなく、その反対側にも及んでいる。嫌な音を立てながら壁だったものがパランスを崩し始めたことを王が認めると、石材となった壁を魔法で浮かべながら荒地に並べ始めた。

 件の爆発より早く、ここに砂漠の国からの刺客を察知した竜の王はリドル経由でドラゴンに要請を出し、襲撃を防ぐための壁を作り出した。ところが侵入を許すよりも先に王は敵を殲滅してしまい、半ば意味をなさなくなってしまった。

 元に戻そか、というドラゴンの提案に対し、切り出して石材にすることを提案した王。好きにしぃや、との彼女の言葉を受け、王は一人で黙々と解体作業をしているのだった。

「精が出ますね、グレイズ様」

 石材の切り出しを終え、ふわふわと降りてきた王に声をかけるのは、布で中身の隠された籠をくわえるリドルである。解体済みの壁の方角から、たてがみをふさふさと揺らしながら障害物を避け、のそのそと歩いてくるところだ。

「おまえの主が必要になるだろう石材の数を計算したらしくてな。どれだけ正確な数なのかわからんが、用意できるだけ用意しないとな」

 おや、と耳をピクピクと動かす獅子に、うん、と王はふらりと座り込みながらぎょろりと目を動かす。

「それはおそらく、レミーが作ったものです。昨晩から今朝まで、ずっと資料室に引きこもっていましたからね」

 すると左手で視界を覆い、あの野郎、と唸る王は、尻尾でビタンと地面を打つ。自身の髭を鞭が掠めびくりとする獅子だが、竜の方は気づいていない。まぁまぁ、と宥めようとする側近は籠の中身を彼に見せて、休憩にしましょう、と提案する。

 布を取り外すと、籠からひょこりと姿を見せたのは、果物の入った二つの瓶。竜が手を伸ばして揺らしてみると、密で満たされているらしい中身がねっとりと傾き、輝く。

 王はここ数日、寝食のとき以外は、ここで石材の切り出しを繰り返している。そこにフェリやエプル、リドルが何かしらを持って様子を見に来ることも習慣となりつつあるが、まだまだ終わることはない。

「赤い方は、紅玉。緑の方は、翠玉、と言うようですよ。収穫時期が違うのだとか」

 リドルがふと、背後を見る。石材を取りに来たのだろう青竜と、その補佐をしている数人の騎士が切り出した石材を持ち出している姿がある。荷台に石を置き、青竜が引き、また市場へと遠ざかっていく。

 ポン、と可愛らしい音にリドルは向き直る。

 瓶を難なく開いたらしい王は、籠に入っていた串を未熟な果実に刺して、取り出す。つっと垂れていく蜜に舌を伸ばしてからめとった後、本体へとかじりつく。シャリ、シャリと露出した牙から果実の欠片をこぼしながら、仏頂面の彼はそういえば、と切り出した。

「カルのやつが、祭でもしたらどうだ、とか抜かしてな」

 リドルが耳をぴこぴこと動かして、ほう、と反応する。

「馬鹿かと一蹴したが、たまたま居合わせたフェリも、意外と乗り気でな。近いうちに触れ込みをしようと思うんだが、おまえとレミーに、任せてもいいか?」

 かしこまりました、と獅子は特に悩むそぶりも見せず、快諾した。金だけは使いすぎるなよ、と翠玉の断面に蜜を垂らして、もう一度グレイズはかじりついた。

「甘いばっかりだな。こんなものを好きになるやつの気が知れん」

 白い王は呟く。すると、そうだと言わんばかりに風が砂を巻き上げる。とっさに二人は目を閉じてやり過ごす。普段よりも鋭い砂利の混ざる風は鱗を薄く傷つけ、毛皮の隙間へと入り込んでいく。

 荒地の嵐が止んだことを悟った二人は目を開く。すると、開けっ放しだった瓶の中に残っていた蜜にも砂が入り込み、混ざり始めていた。だがグレイズは惜しげもなく手にしていた砂まみれの残りを籠に戻して、持って帰れ、とリドルに指示を出して立ち上がる。

 仕事の続きだ、と白の衣が舞う。

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