ほどけぬ呪縛がよぶ者は

※拷問、四肢切断表現あり


 王はゆっくりと、静かに瞼を持ち上げた。同時に、肺を出入りする埃臭い空気の量も増えて、数回咳き込んだ後、ゆっくりと瞬きをする。

 いくら見回しても先が全く見えない、まるで夜。彼が先日、湯あみをしに行った銭湯を思わせた。声も上げず、耳を澄ましながら、彼は自身がどういう状態に置かれているのかを知ろうとした。

 むき出しの地面に膝を立て、両の腕を掲げた姿で縛られ吊り下げられている状態だった。まさしく、大の字のよう、身動きがとれないよう拘束されている。足首、腿、手首、首と、ぴったりのサイズの金属製の枷が彼を逃がすまいと捕らえている。

 四肢の中で指だけは自由に動かすことができる。握り拳を作り、力をいっぱい引っ張ってみても、あざ笑うかのようにシャラシャラと鎖が鳴るばかりだ。いずれもその細い手足では引きちぎることも叶わないだろう。

 抵抗するんじゃねぇよ、と帳の向こう側から。鎖の音で反応したと思われる何者かはコツコツと足音を堂々と響かせながら彼の前に現れる。

「おうおう。元気か、獣の王様」

 にやにやとした笑いを浮かべて汚らしい顔を見せたのは、彼とは初対面の四脚類の獣だった。剛毛と牙を生やした、鼻の大きいずんぐりとした身体。猪と呼ばれている。

「誰だい。どうしてぼくは、ここに」

 相手を穏やかな目で見つめるカルは、迫る濃い悪臭に眉一つ動かさない。

「そんくらい自分で考えろよ。無力で、非力な、王様よぉ」

 意地悪い笑みに間髪入れず、分かった、とカルはいつもの態度で答えた。気持ち悪そうに舌打ちをした猪は背を向けて暗闇へと戻っていく。その右腿の付け根付近に、模様の描かれた暗い灰色の布が巻かれていた。

 改めてカルは自身の様子を観察しながら、記憶の糸を手繰り寄せ始める。

 まず、彼は朝の用事を済ませ、いつものように市場を歩き回っていた。特に理由もなければ、目的もない。時折声をかけられるが、適当に答えるだけ。もちろん、特別何があるわけでもなく一日は終わり、玉座へと入ろうとした。

 そこからの記憶はなかった。玉座の自室に戻った記憶がない。

 いつ意識を失い、ここに連れてこられたのだろうか。途切れる直前に殴られた記憶も、眠気を覚えたわけでもない。

 どういうことだろう、とカルは呟く。

 確認できる範囲で自らの体を眺め始める。拘束されているわりには、きちんと梳かれた毛皮はそのままに、それほど汚れていない。また、普段身に着けている白の衣は脱がされ、華奢な体がまとわりつくような外気にさらされている。

 ぬるく、砂っぽい空気。外からの音は聞こえない。ただ暗い。

 つながれている金属製の枷をじっと見つめながら再び揺らしてみるも、緩んでいる箇所などひとつもない。じっと枷を観察していると、手の甲近くに、紋章が彫られていた。翼を飾る竜の頭部をかたどった小さなもの。

「目が覚めたかい、王様」

 紋章に視線を険しくしたカルの耳に届いたのは、穏やかさのある青年の声。のっしのしと二本足で移動する音。さらに遅れていくつもの足音が、彼を中心にしてあちこちから聞こえてくる。

「君はそんなことをするようには見えなかったけど、想像してたよりも、大胆なんだね」

 ようやく広がってきた視界に割り込んできたのは、若葉色の鱗を光らせる山飛竜の頭部。瞳を大きくしながら彼は嬉しそうに牙を見せる。他の音の主は姿を見せることなく闇の中で立ち止まった。

「びっくりした? ここに連れてくるのに苦労したんだよ」

 トレム、と王が口にすると、また一歩、距離を詰めた飛竜は右翼で彼の頬に優しく触れる。毛皮と鱗は抵抗なく滑った。

「急に、どうしたんだい? こんなやつらとつるむくらい、僕が欲しくなったのか」

 王の視線が初めて険しくなった。割れ物に触れるかのように、再び翼を添えながら覗き込んでくる彼は、実はそうなんだ、と宝石のような目をぎょろりと見開いて、王の鼻先を竜の滑らかな舌が舐める。

「もう、我慢できないんだ。あなたが欲しい。けど、その前に教えてほしいことがあるんだ」

 みんなが知りたいことだよ。いつもよりも、不気味さを帯びた笑みを浮かべながら、トレムが彼の耳にゆっくりと近づいた。すると王の視界に、猪と同様の布が垂れ下がっている灰色の布が見えた。太い首に巻かれている。

「どうやって、あなたたちは王になったんですか?」

 耳打ちするような距離で、一音ずつはっきりとした質問。竜は獣のうなじ付近に舌を這わせた。カッと目を見開き毛並みを逆立てる獣を愛おし気に見つめる竜は少しして、王から離れる。

「君は……君は、王になりたいのか? それとも、誰かに聞くように言われたのかい」

 軽くうつむく獣の王の質問に、お前には関係のないことだ、とトレムの隣あたりから横やりが入る。

「どっちもだよ、なんて言ったら、どうする?」

 くすくす。

「じゃあ、ぼくに近づいたのも、初めからこうするつもりで?」

 そうだよ。狭く暗い室内でバサリと翼が広げられた。

「渓谷の王様が、世界樹の、世界の王になるんだ。白の境界におびえることもなく、すべてを統べるんだ」

 演説するかのような彼の胸に、はっきりと見える渓谷の紋章がある。

「王と言えば、王子王女がなるものけど、ここは違うってことは、分かってるね」

 ぼそぼそと尋ねる王に、もちろん、と翼を畳む飛竜は再び王に近づく。

「世界樹に、選ばれたんだよ。僕たちは。先代の王たちも、そうだ」

 虚を突かれたのか目を丸くしたトレムは、続けてよ、と口端を上げる。

「先代王が亡くなられて、その日のうちに夢を見た。根っこの上で世界樹を見上げている夢。誘われるようにして同じ景色の場所へ行けば、グレイズも、フェリもいた」

 それで。

「気づけば、グレイズは魔力がより強くなっていて、フェリは武器を持っていた」

 王は、と首を傾げる。

「僕は……何も。不公平な話さ。そんな僕が王だなんて」

 すると闇の中から、何かあるんじゃないのか、と疑問の声が上がるものの、彼は否定する。

「ないよ。世界樹に選ばれる王は決まって、獣と竜と人間、一人ずつだ。その場に僕以外の獣は現れなかったし、同じ夢を見たという誰かがいるという話も、聞かなかった」

 トレムの牙から舌がのぞき、彼の鼻先をくすぐった。

「だから、数日後、僕が王、ということになったんだ」

 そうだったんだ。両翼が王の頬に添えられる。

「いつもいつも、何が起こっても二人に任せてばかり……かっこいいだけの王様なんて、ここに必要かな?」

 じわりじわりと近づいてくる飛竜の顔は、歪な笑みを浮かべながらじぃと眺める。

「僕は、嬉しかったよ。やりやすかったし、あなたをこれだけ好きになれた。今でもあなたが、欲しい」

 糸をひく唾液をまとい、舌が踊る。

「僕と一緒に、帰ろうよ。渓谷に。あなただけは死なせたくないんだ」

 カルのぴたりと閉じられている唇に沿って舌がいやらしく動かされた。

「王様にお願いするよ。逃げたあなたを、許してあげてほしいって。それで、強い護衛をつけてあげてくれって。そうしたら、これからもあなたは、あなたであり続けられるんだ」

 牙をてらてらと光らせながら、トレムは舌に力を込めて口端をぐりぐりと攻める。

「お別れなんて、必要ないよ。みんな、あなたなんていらないんだ。僕だけが、本当にカル様を愛してる……」

 ハァと熱を持った息が吐きかけられる。

 するとカルの口もとが僅かに緩む。

 トレムは隙を逃さずに口を大きく開き、距離をさらに詰める。うねうねと舌を曲がりくねらせる口内への侵入に成功する。

 すると悲鳴が闇に轟く。わずかに遅れて、山飛竜はカルから逃げるように首を引っ込め、仰ぐように大きくのけぞった。続けてよろよろと後ずさり、姿勢を整える。その動きに付き従うようにパタ、パタと地面に赤い斑点が描かれた。

「おまえは、トレムじゃない!」

 先ほどとは打って変わって、強い威嚇の視線と共に牙を剥く獣は叫ぶ。強く引かれた枷がガチャガチャとやかましく暗闇に響く。獲物の初めての抵抗に、先端が二つに裂けてしまった舌をだらりとさらしながら、はぁとトレムはゆっくりと息を吐いて見せた。

「何するんだよ、王様。痛いじゃないか」

 血は、特有の臭いを放ちながら地面に染み込んでいく。じとりと睨みつけてくる竜へ、ギッと眉間に皺を寄せ睨みつける王の態度は変わらない、彼が牙をギリギリと鳴らし始めると、誰かが刃物を抜くような音が闇にこだました。

「あいつから、渓谷花の匂いが、するはずがない!」

 赤の混じった涎を飛ばしながら叫ぶ獣に、ぱちくりと目を丸くしたトレムは笑った。先ほどまでの親しげに微笑みかけるようなものではなく、狂気を思わせる、よりいびつな笑みだ。

「あぁ、渓谷花……淑女の嗜みでバレるなんて、香でも炊いて鼻を先に潰しておいたほうがよかったかも」

 渓谷に自生する香りの強い花は、そこの国の女性に好まれる香水のようなものだ。谷飛竜が権力を握る渓谷では、花から液体を抽出するのではなく、花そのものを食べてしまうことが好まれる。

 暗闇の中にいた山飛竜の鱗が、まるで刃物を入れた布切れようにはがれ始めた。数秒も経たぬうちに、トレムそっくりの体の下から、暗い桃色の鱗があらわとなった。魔法によって作られていたらしい山飛竜の外皮は剥がれては形を失い、地面に落ちる前に空気に溶けていく、

 だぁーれだ。彼女はトレムそっくりな声音を鳴らしながら、にこりと微笑みながら右翼で口元を隠した。

「ネルおねぇさんでしたー」

楽しそうな谷飛竜の尻尾が大きく左右に、ゆっくりと揺れた。

「折角、夢を見ながら帰れるチャンスだったのに」

 はたと目を丸くする。

「もしかして、こんな場所で王様になれて、うれしかった?」

 口元をわざとらしく見せつけるネルの舌の傷がみるみるうちにふさがっていく。一方で、カルの背後から近づく足音が一つ。

「ねぇ、カル? お姉さんは、お父様にお願いされてることがあるんだけど、何か分かる?」

 王の真後ろで誰かは立ち止まる。

「さっきまで言ってたコトはホントだよ。お父様は、年々迫ってくる境界から逃れるために、世界樹でも王になる方法を探してるんだって」

 そんなことは知っている。ネルから視線を逸らさず、食らいつかんと牙をむく獣に対し、彼女は自分の作った血だまりを避けてくつろぐ姿勢をとる。どこか上品さを思わせる動きだ。

「手段を選ぶ暇はないんだって、カル様。知ってること、全部、教えてよ。どうやったら、世界樹の王様になれるの?」

 左翼で体を隠し、右翼で体を支えるネルは、囚人に再び問うた。さっきの通りだ、と彼は答えると、闇から伸びてきた刃物が静かに移動し、彼の首にぴたりと触れる。

「お姉ちゃんも、さっき聞いた。どこか斬り落とせば、思い出すことがあるかもしれないね」

 いたって変わらぬ谷飛竜の振る舞いに対し、灰狼は冷たい刃を一瞥する。軽くネルが頷くと、刃はカルの右手首へと移動する。

「世界樹の王になる方法を知らせろって命令、覚えてる? お姉ちゃん、こっそり聞いてたんだけど」

 覚えてる、と憎々しげにつづける獣。

「あの頑固な飛竜に呼び出されて、一対一でね」

 異形の子、おまえならあそこにいても問題あるまい。我を世界樹の王とするのだ。

「そうそう。ちょうど私たちがカルに嫌われてた時期だったからねー。今でもそうだけど」

 笑みを絶やさぬネル。敵意を見せ続けるカル。

「それでさ、お父様の長男なのに王になれない……はずだったのに、王になれた気分はどうだった?」

 何もないよ。短い回答に目を丸くするネルだったが、大きく尻尾を振った。

「そっかそっか。じゃあ、もういいよね」

 まるで親愛なる友人に向けるような笑顔に続いて、闇から生えている刃が音もなく持ち上がる。視界の隅の刃に気づいた王は、やめろ、と背後の誰かに訴える。

 だが囚人相手に容赦する理由などない。ヒュッと軌跡を生み出したそれは華奢な右手首を両断した。

 引かれる力を失い、彼の体から離れた右手は枷に引っ張られて闇へと吸い込まれた、同時に暗闇の中からヒュウと口笛を鳴らす何者かがいる。

 わずかに遅れ、体勢を崩したカル。脱力した右腕の断面をわなわなと震えながら凝視する。ぽかんと開いた口から、ヒュッヒュッと音が鳴り始め、呼吸が浅く、早くなる。少し離れた場所で、トンと重さのあるものが砂に落ちた音が鳴った。

「ねぇ、思い出した? どうやって王になったの? 王に気に入られたから? それとも、お父様の血筋があったからこそ、なのかな?」

 笑みを絶やさぬネルの質問は続けられ、汚れた刃が闇にひっこんだ。はやくしてよ。苛立ちも見せる谷飛竜の尻尾が小さな土ぼこりを巻き上げていると、再び刃が現れてカルの右肩に添えられた。

 いまかいまかと獲物を狙う武器は、しかし彼女の場違いな声によって静止させられた。

「カル、血、出てないよ」

 きょとんと目を丸くした飛竜はのそりと立ち上がり、一歩近づく。山飛竜と比べ、短めの首をぐっと伸ばして傷口を覗き込む。白い毛並みの下の薄い皮の断面もよく見えるその下には、血も肉も骨もなく、夜を思わせる色が詰まっていた。

 よくよく観察しようとするネルを、姫、と誰かが静止した。ぱちくりと瞬きをした彼女は一歩二歩と下がり、代わりに猪が姿を現した。彼女の半分ほどの背丈しかない彼はうずくまるような格好のカルの顔色をうかがいながらじりじりと近づいた。

 特徴的な鼻をぴくぴくと動かしながら右手首の切断面に近づく。口端を下方向に曲げ、首を傾げ、眉をしかめる。何か分かった、と後ろから尋ねられても、いえ、と答えるのみだった。

 その時、闇に悲鳴が木霊した。

 誰かが倒れた音。二つ目の悲鳴。刃物の音。次の被害者が現れた音。

「落ち着きなさい! 状況を報告して!」

 先ほどまでうって変わって、ネルは凛とした声を響かせた。それでも納まらない喧噪の方向をにらみながら、ふぅと天井に向かって息を吐いた。すると空中にボッと火が灯り、ふわりふわりと空中を浮かび始める。時間を数える間に二つ、三つと増えていく明かりは、この空間の闇を初めて退ける。

 かつては何かの倉庫だったらしい地下と思われる空間に彼らはいた。むき出しの地面に、屋根を支えるぼろぼろの支柱。石の敷き詰められた壁と天井は、手入れがされていないのか苔が生えていることがわかる。

 捕らえられていたカルを囲むように立っていただろう人垣。悲鳴の聞こえた方向にいた一人が地面に伏せており、その他の者たちは苛立ちの表情を浮かべながら何かに対して武器を振り回していた。

 状況が呑み込めないネルと猪と、カルの背後にいた刃を持つ逞しい人間。そしてカルの背後から左側にかけて立つ二人が見たのは、どこから生えてきたのか分からない枝のようなものが空間いっぱいにはりめぐらされ、仲間に手を伸ばしている光景だった。

 足首をひどく負傷しているらしい仲間が刃は間違いなく枝を切る。しかし音も切った感触もないらしく、ぽとりと落ちた枝は生長やめずに根か枝を張ろうと、また伸び始める。

 思わず下がったネルの前に、カルを囲んでいた者たちが立ちふさがる。お下がりください、と告げる猪に、もうやってる、と威勢よく答える彼女はこの狭い空間を見渡しながら、ハッとして明かりの一つを枝のほうにけしかける。

 燃えることもなく、ゆらゆらと揺れ続ける火は枝を通り抜けるだけだった。

「出口はあっちの一つだっけ。なんなの、これ」

 枝がひしめき、黒い塊へとなっていく。仲間の、おそらく潰されていく悲鳴。生贄を得たにも関わらず、行き場を失った枝は壁と天井を這いながら膨張する。気絶しているらしいカルの脚に触れ、彼も呑み込もうとする。

 とっさにカルの右腕を斬った人間がカルから枝を払おうとする。しかし結果は変わらない。突然の行動に、何をしている、と怒鳴る猪に彼は、まだ利用価値はあるのではと、反論する。

「もうそいつに用はないわ。首をはねなさい」

 ネルの決断は早かった。言い終わるかどうかの速さで、人間は王の首に刃を閃かせ、両断した。ゴトンと鳴る重い音に目をやるでもなく、もとの位置に戻った人間は、黒塊を見据える。

 枝に呑み込まれ始めた躯の断面から、新たな何かが生えてきているとも気づかずに。


 煙に視界を遮られながら、一人の山飛竜、トレムは世界樹の枝葉付近を旋回していた。

 昨日の仕事始めに見て以降、王の姿が見えないことが伝えられ、いてもたってもいられず飛び始めて、すでに夕方近くになる。時折、騎士の居座る枝にお邪魔して休憩もはさんでこそいるが、視力のいい彼でも、市場から王らしい姿はいまだに見つけられていない。

 煙も喧噪も落ち着いてきたのは空が橙に染まる頃だ。太い枝の上でバサリと翼を広げたトレムは、正面に見える夕日に重なる何かを見つけた。よくよく見るとそれは同族のようで、どんどんと小さくなっていく。

「シェー、シャ? どこ行くんだろ」

 市場にいる同族といえば、彼女だ。この混乱の中、どうしていたのだろうと疑問が浮かんでくるが、飛び立つ。影しか見えないその姿をよくよく見つめてみると、どこか荒っぽい飛び方は、どうにも彼の知る彼女ではない気がした。

 不審に思った青年は、彼女が飛び立ったのだろう場所、貧困街に目星をつけてじっと眺める。一見するとテロの形跡もあまりなく、ちらほらと避難していたのだろう市民の姿が見える。飛竜の影が小さくなったことを確認してから、目星をつけた場所をぐるぐると旋回する。

 上空からでも目立つ、ぽっかりと空いた穴が見つかるのは間もなくのことだった。

 近くの広場に着地し、穴の場所へ歩く。翼をたたみ、かがめばどうにか入れるだろう穴は、舗装などもされていない地下へと続く穴だった。首を伸ばして流れてくる空気を嗅いでみると、埃と湿気が流れ出ていた。

 意を決し中へと足を踏み出すと、ほどなくして小部屋に出た。振り返ってみると石が敷き詰められた壁だったらしい部分にぽっかりと穴があけられていた。何があったのだろうと飛竜は考えながら、ぐるりと見渡してみると室内には目を引くものが二つ、あった。

 ひとつは、五つある枷のついた鎖。三つは天井から、他は地面から生えている。そして、そのうちの三つに、白い体躯は捕縛されていた。

 王、といてもたってもいられず山飛竜は駆け出した。鎖を引っこ抜き横たえると、五体満足で眠る王の姿があった。

 よかった。その一言だけが小さな地下空間に広がった。

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