見知らぬ世界に思い馳せ

 ダンジョン洞は今日も客で賑わいを見せている。客として訪れているのは傭兵たちへの仕事を斡旋している組織で、新入りたちの歓迎会も兼ねた訓練ということらしい。

 市場には大きく分けて三種類の傭兵がいる。ひとつは、仕事の度に雇い主を変える傭兵たち。数としては少ないが、その腕を富豪や商人に買われることも多い。

 もうひとつは、一人の雇い主に雇われ続ける者。一定期間以上、契約が続いた場合は専属の兵として雇用形態を変えることもある。

 そして、組織に所属し傭兵として働く者。寄せられた依頼を集め、適材適所をモットーとして傭兵に仕事を割り振る形態だ。実力はなくとも、下積み時代を過ごすにはちょうどいいかもしれない環境だ。ギルドなどと呼ばれていたこともあったが、今では何でも屋と呼ばれていることの方が圧倒的に多い。

 創立当初は比較的安いお金で依頼ができる、ということがうたい文句だった。しかし危険な仕事を顔も実力も知れない相手に任せることができない、と個人業の傭兵に高価な仕事が舞い込み、一方でギルドは露店の営業の手伝いなどが多いとか。

 その結果、ギルドは戦闘経験の少ない傭兵が集まる何でも屋と化してしまった。それでも営業を行えているのは、市場の莫大な人口のおかげであろう。

 その何でも屋の者たちは、ダンジョン洞に用意された広い空間に集まっていた。二百程度の頭数ではあるが、これでもまだ一部なうえに、全員が戦闘を行うわけではない。

「それでは皆さん、本日から導入される、規則を説明しますので、お静かにお願いします」

 背の高い狐の獣が声を張り上げる。ざわついていた空間は波のように静けさが広まっていく。

「これから参加する方は、一人ずつ奥へと進んでいただきます。道は枝分かれしていますが、どの道を通られても問題ありません。ご自由にお選びください」

 テラーはただ、背筋を伸ばして淡々と説明する。つわものたちのひそひそ話がやけに大きく響く。

「そして、遭遇した相手と戦ってください。先に急所を撃つことができた側を勝利とし、相手から硬貨を一枚もらってください。これは入場する際、五枚ずつお渡しします」

 いつもと異なるのは、その手ある数枚の石でできた硬貨。形は市場で使われているそれだが、ざらざらとしているそれは紛れもなく石だ。

「殺害等を行った場合、例外なく迷宮から連れ出され、出禁とします。これはあくまで、訓練です。そのことをお忘れなきよう」

 つい先日まで、硬貨のやりとりを行うルールはなかった。だが騎士団長の一人から、迷宮という地形上、全体の実力が把握できないと相談があった。その結果、それぞれが持つ得点を奪い合う形が発案されたのだった。

 今回が運用初日である。

 その広い空間の隅っこにラクリの姿はあった。いつもの紫色の衣に数冊の本を忍ばせて、テラーの話に直立で耳を傾けている。彼の言葉を聞き漏らすまいとしているが、その距離故に宙に掻き消えてしまうときもあった。

 彼女はここに来る前、テレアのもとへと行った。テレアと戯れていた人間の少年に、森の魔女だ、と驚かれたものの、彼女は気にせずお金を稼ぎに来た旨を話した。

 しかし、ルールの変更があるということでこちらに行くよう指示されたのだ。面倒くさい、と返したものの、悪い内容やないから、と追い出されたのだった。

「石の硬貨は、終了時に回収します。何でも屋の方はその枚数を戦績として報告させていただきます。それ以外の方は、枚数に応じて報酬をお渡ししますので、奮ってご参加ください」

 ラクリが衣の外側から、内ポケットにある硬貨に触れる。別れ際にテレアから一枚手渡された、お手製であろうジャリジャリとした硬貨。その感触を確かめて、テラーを遠目に眺める。以上です、と締めくくった彼は迷宮へと続く闇への道を開いた。

 いよいよ、迷宮への入り口が開かれる。とはいってもテラーがどいただけだ。

 再びざわつきを取り戻し、空気が緊張を帯び始める。何でも屋の中の実力が決定するイベントだ。小遣い稼ぎに来ている傭兵たちも、ルールの追加に俄然やる気だ。

 ぞろぞろと常闇へ兵が通されていく。ラクリももちろんそれに従う。彼女の番が来て、五枚の硬貨が手渡される。同時に、一枚差し出す。

「あの人ですか……申告いただいたので、ルールには抵触しません。どうぞ、お通り下さい」

 無事交換を済ませ、訓練が始まる。

 その一方、広間に残ったのは三十人程度の者たち。簡易な治療道具や娯楽品を持って、隅っこに集まっている。兵士に加えてテラーも姿を消して間もなく、リーダーらしい者が口を開く。

「訓練の一種とはいえ、けが人が出ないとも限らないから、油断しないでね。何もないうちは、勉強でもしておきましょう」

 何でも屋の中でも、医療を得意としている者たちだ。市場にはどんな病も怪我も治してしまうドラゴンはいる。だが彼に頼り切りなのも問題だと、組織された者たちだ。

 まだまだ歴史の浅い組織とはいえ、地方からかき集めた集合知は膨大なもので、まだまだまとめ切れていないのが実情だ。迷宮の中の争いの傍ら、静かな勉強会が始まる。


 ラクリはぼんやりと照らされている道を適当に進んでいく。隠れる場所もない空間は変わり映えのしないほぼ一本道。どこがどうつながっているかなど、作った当人しか知りえないことだ。

「テルっていったっけ、あの子。いつの間に拾ったんだか」

 誰にも遭遇しなければ、自然と独り言は多くなる。

 今、子供と遊んでいたテレアはこの地形を本当に把握しているのか、それ以前はどうだったのかなど、戦いには余計なことであることは変わりない。

 どうでもいいか、と思考の整理がついた頃、ようやく紅竜は相手と巡り合うことができた。

 ザッザッと規則正しい足音大きく現れたのは、何でも屋に所属する人間だ。少しばかり高齢だが、壮麗で背筋はピンとのびている。剣士にぴったりな鎧は顔に似合わないくらい重厚だ。

「はじめまして。紅竜兵よ。あなたは私で何人目? 私は一人目だけれど」

 普段と変わらぬ物言いをかけられても、軽く笑みを作る兵士の目は敵を見据えるそれだ。

「どうも。何でも屋の一般兵だ。このような場に紅竜か。あなたで二人目だよ」

 いたって真剣なまなざしに、ラクリは懐から本を一冊取り出す。手でつかむのにちょうどいい大きさの、白い紙のとじられている暗い青表紙の本である。いぶかしむような仕草をした兵は続いてなまくらを抜き放つ。

「魔法を使うのか? 気を付けてくれよ、こんなところで火の海はごめんじゃ」

 もちろん、と返す竜は本をパラパラとめくる。しかし視線はおとさずに相手を見つめたままだ。

 訪れた沈黙と共に緊張の糸が張り詰める。ぶつりと断ち切るのは大きく踏み込んだ兵士の足音だ。

 剣が届くであろうギリギリの距離。腕を限界まで伸ばし、大きく下から上へと斬り上げる。ヒュン、という音とともに、本を持つ手首を薄く傷つけた。重い軌跡はすぐに主のもとへ引き寄せられ、もとの位置に戻る。ラクリは臆せず現象を構築し始める。

 魔力よってつくられた火の粉が拳大の塊となり、意思を持つかのように兵士へ向かってゆらゆらと襲い掛かる。鎧を着ているため脅威とみなさなかったのか、払うまでもなく籠手でこれらを受け止める。めらめらと燃えようとも、所詮は火種。それらはあっという間に消えてしまう。

 効果を確認するまでもなく、次にラクリが作り出したのは十数個の水滴。ふわふわと浮かんでいたそれは火とは異なり、ヒュッと速さをもって兵へと飛んでいく。目を一瞬だけ見張る老兵だが、顔を守りながら剣と鎧でそれらを払い落としていく。

 軽く舌打ちをしたラクリは次の魔力をかき集め始めたが、水を払い終えた五体満足らしい兵は動きを止め、ふぅと息をついてはなまくらを納めた。どうしたのよ、と次の魔法が質量を持ちはじめているのを止めずに、ラクリは強い口調で尋ねる。

「こちらの負けだ。相手によっては有効かもしれんな、その魔法は」

 はっは、と笑いつつ利き手の籠手を外し、前腕を見せつける。ヒクヒクと軽く痙攣している骨ばった腕の甲には一筋の真新しい傷。

「鎧の隙間に、たまたま入り込んだ。かすりどころが悪かったか、歳のせいか、しびれてしまってな。引退すべきかねぇ」

 続けてさらに大きく笑う彼に、自由にしたらいいわ、とそっけなく答える紅竜は魔法の構築をやめてしまう。つぶてはパラパラと地面に落ちて転がった。籠手をつけなおした兵士は石の硬貨を投げてよこし、また会えたら、と挨拶して迷宮の奥へと消えてしまう。地面に落としてしまった報酬の引換券を拾い上げ、応えることもなくラクリは次の相手を探して進む。

 数分もして、次に出会ったのは騎士の鎧に身を包んだ青年だった。兜からのぞく目に、うん、と首を傾げるラクリだったが、彼が先に口を開く。

「あ、ラクリさん。こんなところで会うとは」

 鎧の目元部分からのぞく若い輝きに納得する紅竜は挑発気味に、先ほども使った本をパタパタと鳴らす。

「何してんのよ、インス。下っ端とはいえ騎士がサボって小遣い稼ぎ? デイルにチクった方がいい?」

 槍の穂先をにぶく光らせながら、彼は腰を落として構える。

「兄さんも来てますから、問題ありません……小遣いは否定できませんが」

 あ、そう。そっけない言葉が引き金となる。

 数歩で距離を詰めたインスは竜の首を狙って槍を突く。一歩も下がらないラクリは地面から石つぶてを作り出し彼に向けて飛ばす。カンカンと軽い音を立てて鎧がはじき、一方でヒュッと鋭い音が空を切る。

 大きく上半身を横にずらし穂先を避けた竜は、勢いよく左腕を伸ばし青年の胸に拳を打ち込む。硬い鎧の感触が返ってくると同時に、ガッと耳元でやかましい音が鳴る。槍の柄が側頭部を殴打したのだ。

 舌打ちするラクリは頭部を軽く抑えた。拳を受けてふらふらと後ずさるインスもせき込みながら息を整える。

「急所って、どこのことでしょうね。テラーが見張ってはいるけれど、死にうるところが、急所でしょ? けれど、これはあくまで訓練。変な話よね」

 お互いに浮かべる軽い笑み。

「あるいは、相手を再起不能な状態にするか、ですね。僕たちは、ここを守るためにそうするんです。だから、こんな訓練がちょうどいい」

 強いまなざし。

「なら、負けらんないわね。強くならないと」

 おかしそうに、にぃとゆがめられる口端にインスは佇まいを直す。

「私は、ちょっとお金が必要でね。それも、何百日分くらい」

 わずかな沈黙を置いて、先に動いたのはインスだ。一歩二歩と踏み込み、胸のあたりに狙いを定め、槍を一気に突いた。それに対しラクリは迫りくる穂先を前に微動だにせず待ち受けた。

 勢いよく突かれた槍は、しかし残りわずかのところでぴたりと止まった。動揺を隠しきれない騎士は、なおも槍で相手を貫こうと力を込める。ぐぐと地面を踏みしめるが宙に固定されたかのようにピクリとも動かない。えぇ、と間の抜けた声を上げるインス。

 それを見かねたのかどうかは分からないが、穂先から逸れるよう横に一歩移動したラクリは爪で槍を叩いた。丈夫な木でできた柄はコンと軽い音を返すと同時に、主の力に従い直進を再開する。すなわち、力んでいたインスは槍に従い地面に倒れてしまう。

 鎧のやかましい音が洞窟に響き渡り、騎士の敗北が決定した。

 鼻でも打ったのか、顔面を押さえながら立ち上がったインスは膝立ちのまま、すぐには動かなかった。

「なんですか、今の。槍が凍ったみたいでしたけれど」

 頭がガンガンする、と続ける青年に、

「手の内見せるほど、私は馬鹿じゃないわよ。アレをさっさと渡しなさいよ」

 手を差し伸べることもせず、ただ立って待つ紅竜。分かりましたよ、と硬貨が手渡されると、彼女はさっさと出発してしまう。闇へと消え行く背中を見送りながらようやく立ち上がったインスはなまくらを拾い上げる。

 何の変化もない、実物に近い武器。滑らかに磨かれている柄をなぞってみる彼はふと眉を寄せる。手のひらを見つめ、指をこすり合わせてみると、乾いた糊のようなものがパラパラと地面に落ちていく。よくよく見てみればそれは針のような形をした石で、撫でれば撫でるほど地面に落ちていく。

 ますます首を傾げたインスは、紅竜が来た方向へととぼとぼと足を進めた。懐にしまっている残り少ない引換券を握りしめながら。


 その日、ラクリは硬貨を四枚増やして演習を終えた。

 テラーの魔法によりテレアのもとへ連れてこられた彼女は、話す間もなく消えてしまった彼に肩をすくめつつテレアと向かい合った。ドラゴンは立脚類の姿で一人、胡坐をかいて座っていた。両腕のやり場がないのか、腿の上で力なく遊んでいる。

「あぁ、よう戻ったな、エスト。今日はどないやった? 目標の分は用意できそうか?」

 いつもの微笑みに対し、今日の成果を伝える。

「へぇ、そうかいな。対人戦に慣れてきたみたいやし、がんがん稼ぎぃや」

 おかげさまでね、と懐から石の硬貨を掴めば、差し出された手のひらに手渡す。数えることもせずに、テレアは背後に置いていた袋をひとつラクリに投げてよこす。これまでのものよりも少し大きく、ジャラジャラと金属音が鳴る。

「必要なだけ、貸してもええんやで? その分、渡す分はなくなるけど」

 ちょっとした心遣いの言葉を受けながら、報酬の袋を背負うラクリ。そうね、と漏らしてから、続ける。

「まぁ、まだ時間があるし、本当に足りなかったらお願いするわ」

 好きにしいな。テレアはそれだけ答え、早く帰るよう促す。ええ、と踵を返すラクリは数歩進んだところでふと立ち止まり、口を開く。

「ねぇ、あの人間の子、育ててどうするのよ? 食べるの?」

 赤い尻尾を左右に揺らしている後ろ姿を、濁った土色の目はいたって穏やかに見つめている。

「あたしゃ、誰も食うたことはないよ。そもそも、腹が減るゆう感覚が分からん」

 そうなんだ、と短い返事と同時に体を溶かす。

「あれはただ、預かっただけや。いずれ、返すつもりやし、そんな心配せんでええよ」

 ちらと振り返るラクリの目の前には、巨体のテレアの頭部がずいと鼻先を近づけている。その視線は穏やかだが、真っすぐだ。その奥では体が形成されている途中で、やろうと思えば彼女を一飲みにしてしまうだろう。

 ああそう、とラクリは返事をしてから、ダンジョン洞から立ち去った。またなぁ、と返事をするテレアは体を丸くする。

 外へと出た紅竜は、まぶしい光に目を細める。視線をめぐらせてみると、訓練を終えたらしい何でも屋が列をなして樹海の方角へと伸びている。その道幅は人間二人が少しの余裕をもってすれ違える程度だ。すなわち、膝折の竜が押しのけて通れば怪我人が出てしまうことだろう。

 軽く肩を落としてラクリは列に加わり、ぼんやりと世界樹を眺めながらのろのろと歩く。

 まだ陽は高く、市場は暗い。遠景の大地には雲が影を落とし、足元に広がる荒れ地にはごろごろと岩ばかりが転がっている。花をつけることはあっても枯れ葉を落とすことのない樹は、まだまだといわんばかりに生い茂っている。

 何でも屋の者たちは地上に下り立つと、樹海に沿って談笑しながら市場へと歩いていく。ある者は戦績、家族、食事についてなどだ。各々か会話を繰り広げているうちに、荒れ地を通って市場へと帰ろうとする。そこに紛れていた紅竜は彼らをよそに、樹海へと足を踏み入れる。

 誰も彼女に声をかけようとしない。気に留めることもない。

 雑草を踏みしめ、根を跨ぎ、草をかき分ける。鱗がいくら傷つこうとも、ただ歩みを進める。虫があわただしく飛んでいる。

 竜という種の体を覆う鱗の堅さは種によって大きく異なる。紅竜はあまり堅くない。なまくらを阻むことくらいはできるが、実戦向けのものだと叶わないだろう。一方で、青竜は野外で活動することが多いためか、一般の刃物ならば傷がつく程度。土竜も同程度だ。

 飛竜の鱗、というよりも甲殻はそれ以上に堅いという噂だ。

 ラクリは小屋への道のり半ばでふと立ち止まり、今日の稼ぎを背負い直して本を取り出す。軽く落とした視線の先には踏み締められたらしい草が寝そべっていた。よくよく見れば靴の形をしており、小屋の方向とは異なる方向を向いている。少しばかり思案したらしい彼女は尻尾を少し揺らしてから、進路を辿ることを選んだ。

 間もなくして、見慣れない二人組と出会うこととなる。一人は人間の青年で、もう一人は鳥と呼ばれている立脚類の黒鳥の獣だ。

 二人とも市場でよく見かける服装をしており、それだけならば何の変哲もない市民だろう。しかし、樹海に入るにしては軽装だ。

 迷い込んだ様子の二人は地図を広げて眺めていたが、歩いてくるラクリに気が付いたのか顔を上げた。先に声をかけてきたのは獣の方だ。嘴をかぱりと開き、そこから声が生まれる。

「すまない、道に迷ってしまったんだ。もしよければ、市場までの道を教えてくれないだろうか」

 鳥と呼ばれる獣は、市場でも珍しい。立脚類と同等の骨格をしていながら、飛べるというのだ。

「道? 別にいいけれど、こっちも聞きたいことがあるの」

 快く答えるわけがなく、ポン、と本を鳴らす。

「あんた、鳥でしょう? しかも、カラス。どうして飛んで方角を確認しないの?」

 答えようとする獣を、ずいと人間が割り込む。

「こいつぁ、ケガしてんだよ。だから飛べねぇんだ」

 見ろ、と示された袖口から見えるのは、包帯でぐるぐる巻きにされている右翼だ。血がにじんでいるわけではないが、しっかりと巻かれている。

「そう。磁石も持たないでここに来るだなんて、よっぽどの馬鹿なのね。足跡をたどるだとか、できたでしょうに。いいわ、教えてあげる」

 今回だけよ、と付け足した紅竜は、顔を見合わせる二人組は喜んで彼女についていった。

 小屋を経由せずに、市場が木々の間から見えるあたりまで、ラクリは住民を連れて行った。ありがとう、と感謝の言葉を述べた二人を見送ってから、小屋へと向かう。

 樹海を少しばかり切り開いた空間にぽつんと建つ小屋の暖簾をくぐり、ラクリは背負っていた荷物を下ろした。同じような袋が他にも二つ置かれており、生活するには余りある金額だ。

 一人では広すぎる空間で、軽い食事をとり自室へと上がる。持っていた本を棚に納めてから藁の寝床に腰を下ろす。

 同居人はまだ帰ってきていない。既に十日は経過しているが、手紙も伝言も何もない。ただの同居人という関係だが、ここまで音沙汰がないと、どことなく寂しくなるものだ。

 どこまで行ってんのかしら。そこはかとない呟きは、静かな室内に吸い込まれる。

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