三人の王-市場に翻る白き衣-

王と呼ばれ、平凡に暮らす者

 青々と茂り続ける世界樹の根元には市場がある。そしてその市場には、王と呼ばれる存在がいる。今、リエードの視線の先で、のほほんと座り込む王の一人が。市場の中で一番広い公園の片隅で。

 リエードは先ほど、まだ動く遺産を、説明書と共に納品したところである。その代金を抱えながらのんびりと歩き回っていたところ、見覚えある姿を見つけたのだ。

 この市場で開催される行事に参加したことのある者ならだれもが知る、三人の王のうちの一人だ。

 フードつきの、コートのような白い衣を身に着けている、白い長髪と黒い目を持つ人間の女性だ。白い衣は王などの役職に就いている者だけが身に着けることができるのだが、それよりも目を引くのは、その背中にある三つの武器だろう。

 剣と、槍と、斧の三つがその背中に背負われている。彼女はそれらを下ろすこともせずに、背負ったまま、世界樹の方を見つめている。

 リエードはひとまず、食事を済ませようと近くの飲食店に立ち寄る。王の姿が遠目に見れる位置の席について、適当なものを注文する。四脚類の獣の店員のが運んできたメニューを返すと、お待ちくださいませぇ、と店内に消えていく。

 リエードは店員が去ってからも、王を遠目に見つめていた。それは観察に近い。ものおじする様子も、恥じらいといったものも、欠片もなく、わずかな好奇心を秘めた瞳だった。

 じきに、立脚類の獣が、おまたせしゃっしたー、と言いつつテーブルに商品を置いた。お礼を言うわけでもなく、遠慮なく口にする。相も変わらず、肉だ。昼間であるため、以前インスと共に食べたときのものよりも少し多めだ。

 ガツガツと食らいついて、むしゃむしゃと飲み込んでいく間も、隙あらば、彼は王の姿を捉えていた。食べ終えて、皿を下げてもらっても、しばらくの間は店から出ずに、遠目から見つめていた。

 やがて店から出た青竜は王のもとへと向かった。いつものように、公園は人でいっぱいだ。彼はのしのしと王に近づき、彼女の後ろに余裕のあるスペースを見つけた。後ろ、よろしいですか、とリエードが口を開くと、どうぞ、と王は眩しい笑顔で返してくれる。

 するりと体を滑り込ませると、適度な窮屈さがその巨体を迎え入れる。

「あなたは、狭いところが好きなのですか?」

 王が軽く首をかしげて背後の住民に尋ねる。

「え、ええ。なんとなく、落ち着きますから」

 同居人と相対した時とは異なる言葉遣いのリエードは、ぐっと首を曲げて、王の背中を見る。人間の背中は、とても小さい。

「そうですか。あまりスペースを空けているとは思っていませんでしたけれど」

 え、と声が出る。彼のいる場所は茂みと王のいる隙間だ。

 人間からしてみれば狭い空間も、比較的小柄な竜にとってはさらに手狭な空間であることは事実だ。

「まぁ、私を王として、守ってくださるなら、そのままでいてください。見知らぬお方」

 動揺を見せる彼に、にこりと微笑みかける王。はい、と竜は視線を逸らす。

 改めて、リエードが顔を上げて公園の景色を眺めた。先ほどまで、王が見ていた景色。

 少し前に、ラクリと遊びに来た時と同じもの。老若男女、種族問わず視界に入れることのできる場所。だがあまり日差しは差し込まず、少し薄暗い。心なしか、影に生えている茂みはどことなく元気がないように見える。

 リエードは王と共に、穏やかな時間を過ごした。今日は二人の目の前で遊んでいる者はおらず、何の変化もなく、再び陽の光がさすまで、何をするでもなく二人はそのままでいた。リエードはちらちらと王の姿をうかがい、王は時折座り方を変える以外は、特にしゃべることも動くこともなかった。ただ、公園の風景と、世界樹を見つめていた。

「あの、フェリ様は、どのように、世界樹のことを考えておられるのでしょう」

 陽が差し始めたころ、ふと口にした。フェリ、と呼ばれた王はその質問の意味が分かりかねたようで、どうとは、と振り返らずに聞き返す。

「あ、いえ。じっと見ておられる気が、しましたので」

 ああ、とフェリが差し込んでくる光にあたり、ほのかに白い笑みを浮かべる。

「いえ、昼間なのに寒いな、と思うんですよ。おかげで、花もなかなか咲かないのが、残念で」

 そうですね、とリエードが返事をして、視界の端にある茂みを見た。小さなつぼみのようなものがちらほらとある。

 彼の知る限り、その植物は樹海で見覚えがあった。ところどころで群れをなすように茂っており、先日見かけたときには小さな花をつけていただろうか。昼から夕方にかけて日が当たり、気温の上がる樹海と比べ、ここはいささか冷える。

 ここにいる者たちは世界樹のもとへと引き寄せられた。あるいは、生を受けた。一方、作物が育たなくても、世界樹から離れて、暮らす者もいる。それでも結局、世界樹で作物を卸すために集うことも珍しくない。

 見失わない道しるべである世界樹に、この青竜も惹かれたのだ。

「もう少し、陽の光があたればいいんですが」

 フェリは銀に輝く長髪を風に遊ばせながら、ようやく青竜が光を浴びる。青の鱗に、毛先があたるが、その程度では彼の神経には届かない。

「そうですね」

 リエードも世界樹と、太陽を見上げる。少しずつ上がってくる体温に、心地よさを感じていた。

 少し後、陽の光にまどろんでいた二人へ、声をかける人物がいた。立脚類の、白い衣をまとった竜だった。その竜は、ほぼ全身白の鱗で覆われており、ところどころに黒い鱗のある、目を引く姿だ。

「フェリ、ここにいたのか」

 かなり体格のいい彼はリエードと並んでも、人間の頭部一つ分は高い。そして、唇で隠しきれていない、鋭く太い牙は、彼の人相を数段階は悪くしている。だがそこから出てくる低い声は、わりと普通である。

 名を呼ばれた王は、あら、と振り返れば、背中の武器もガチャ、と音を立てる。

「グレイズさん。今日もいい天気ですね」

 リエードに向けたものと同様の笑顔を彼にも向ける。そうだな、と表情を変えないグレイズがとげとげしている後頭部に右手を当てる。彼には角がない代わりに、頭長からうなじにかけて、鋭い鱗が逆立っている。

「フェリ、カルが呼んでいる。どうせ樹の保護についてだろう」

 もう一人の王の名が出てきて、武器を鳴らしながらフェリが応じて立ち上がる。

「さようなら、竜さん。またお会いしましょう」

 リエードの方を見ながら、ぺこりと一礼する王に、彼は軽く返事をしつつも、上品さを匂わせながら、去っていく彼女の背中を見つめていた。グレイズの隣を通り抜けて、公園から出ていった。

「あいつのこと、好きなのか、同族」

 フェリについていかずに、仁王立ちしていた竜の王が声をかける。彼女の背中が見えなくなる少し前に、リエードがはっとする。

「い、いえ! そ、そんなことはありません! 王に好意、だなんてっ」

 サンバイザーの遮光部分を下げて、頭を激しく横に振る。違うんです、と言いながら、視線を泳がせ、尻尾もくねらせる。

「ま、おれがどうこう言うようなもんじゃないな。頑張れ、同族」

 くっくっと笑う王がフェリの後を追って歩いていくのを、リエードは違うのに、と繰り返しながら見つめていた。彼はぶつぶつと呟きながら、公園の片隅で陽が暮れるまでそのままでいた。


 世界樹の根の上で、三人の王が集まった。衣の端を尻に敷きながら、座っている。

 一人は人間の、足を横にして座るフェリ。一人は竜の、胡坐をかくグレイズ。

 もう一人は足を延ばしているカル。立脚類の獣だ。彼もまた白い衣をまとっており、その容姿は鼻先の短い肉食獣で、灰色の長い毛並みが特徴的だ。鋭いまなざしは灰色だ。

「で、カル、何をするんだ。世界樹の果実でも探すのか」

 いたって面倒くさそうなグレイズに、カルはそれもいいね、と軽く答える。

「いや、お茶会でもしようかと思ってね」

 おまえは暇なのか、と竜が右手で額を押さえる。フェリはいいですね、と賛成する。

「グレイズも、特別忙しいわけでもないだろ? だったら問題ないじゃないか」

 にこにことしている獣っ面に、しゃーねぇ、と応じた彼は立ち上がる。木の根を歩き始める筋骨隆々の立派な背中に、動こうとしない二人は一瞬の間をおいて、

「上等酒をひとつと……つまみを頼むよ、グレイズ」

 カルが朗らかに笑い、

「白玉をひとつ、お願いしますー」

 フェリがにこにことしたままいう。グレイズが一度振り返る。苦虫をかみつぶしたような横顔が二人に向けられが、何も口にはしない。代わりに大きく膝を曲げてかがむと、一気に跳躍した。二人の王から見て、豆粒大の大きさになるほど小さくなってしまうと、市場へとすとんと落ちていく。

 竜の王は、その体格に似合わず魔法を扱うことを得意としている。この跳躍自体も魔法のひとつで、自身の周辺にある魔力を操っている結果である。

 取り残された王たちは、さて、と立ち上がる。フェリは背中の武器を鳴らしながら、カルは長い尻尾を衣からはみ出させながら歩き出す。

「フェリは、グラスを持ってきてもらえますか? ぼくは、テーブルを持ってきますから」

 そういって、二人は別れた。数時間後、同じ場所で、王たちのお茶会が始まった。

 お茶会という割には、真昼間から酒がまわっていることには触れてはいけない。

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