二人は足並みをそろえ、市を歩く

 ラクリとリエードは、一緒に世界樹のふもと市に来ていた。特に目的はないのだが、お互いに暇だということで合意してやってきたのだ。とはいっても適当にぶらついているだけである。

 比較的混んでいない道を選びながら、並んで歩く二人はさながら想い人どうしのように見えなくはないが、二人はあくまで同居人であり、お互いのことを、多少親しい程度にしか感じてはいない。

 道幅の半分くらいを占領することのできる二人は、リエードを先頭に歩いている。少し後ろに、両手をぶらぶらとさせてラクリが歩いている。その脇を通り抜けられるとしたら、小柄な獣か、細身か小柄な人物だろう。少なくとも、荷車などは流石に通れないだろう。

 リエードが歩みを進めるたびに、尻尾がラクリの目の前で揺れる。

「ねぇ、どこに行く? どこだっていいけれどさ」

 ラクリが一歩進むたびに、衣の切れ目からすらりと伸びる尻尾が地面と擦れる。

「どこでもいいわ。どうせ行けるのは表の方の通りだけだし」

 比較的太い道は市場に張り巡らされていて、いずれも公園や露店の通りにたどり着く。裏通りなどの狭い道は、未知の世界だ。

「じゃあ、いつもの公園でのんびりしよっか」

 そうね、と高い建物に挟まれた道を歩いていく。時折立脚類とすれ違いながら、たどり着いた先は市場の中でも最も広い公園である。世界樹に隠れる前の太陽が、さんさんと大地を照らしている。

 心地よい光を浴びながら、立脚類や四脚類たちが種族関係なく駆け回っている、静かな時間の流れる場所だ。遊具などはない平地が広がっているだけだが、それでも彼らは駆け回ることがだけでも、十分に遊ぶことができる。

 者々が衝突したり、分裂、孤立したりする様を、ラクリは魔力のようだと表現する。リエードはおはじきみたいだと言う。そんな二人は公園脇にある茂みの近くに座り込んだ。

「ねぇラクリ、アイス食べたくない?」

 景色を眺め始めていくらかして、リエードが伏せたまま、首にかけている鞄を地面に置いて開く。小さな遺産ひとつと、硬貨の入った袋、それと液体の入っているらしい革袋がそこにはある。きつく縛っていたその袋の口を緩めると、きれいな水面がある。

「暑い? ぽかぽかとちょうどいいじゃないの」

 その隣で、脚を前方に投げ出しながら座っているラクリは、少し遠くで繰り広げられている球技を見つめている。二チームに分かれて、人間の頭部ほどの大きさの玉をぶつけ合う競技。チーム全員がぶつけられたら負けだ。

「じゃあ、甘いもの食べたくない? ベリー味とかさ」

 鞄の中に口先を突っ込んで、水をぺろぺろと舐め始める。

「食べたいんなら、買ってきなさいよ。私はいらないから」

 玉が人間の全力投球により放たれ、立脚類の獣の腕に当たった。対極的な二種類の歓声が上がり、当事者たちは全身でリアクションをしていた。

「二つも持てないから言ってるのに」

 満足したらしい彼は、きゅっと革袋の口の紐を締める。

「じゃあ言えばいいじゃない。ベリーのアイス食べたいって、さ」

 目の前の球技で使われていた玉が目の前に転がってきた。それは、ころころと彼女の足の裏にぶつかって、止まった。

「けどそー言うとさ、子供みたいでしょ」

 それを見下ろして、手を伸ばす。しかし爪が掠るだけでつかむことはできない。ゆえに立ち上がりつつ拾い上げ、玉を放り投げる。ひらりと裾が舞う。ふわりと弧を描いてから跳ねたそれは、簡単な賭け事によって所持者が決定された。

「じゃ、待ってなさい。ベリーのアイスでいいのね」

 うん、と返す彼を尻目に、衣や下腹部についた砂はパパッとはらい、歩き出した。彼女が目指すのは公園のすぐそばにある屋台だ。

 老若男女、誰もが集まることもあり、屋台のラインナッブは充実している。弁当、軽食、飲み物からデザートまで、金さえあればここで生活できなくもないくらいだ。その中からラクリはアイスの店へと足を運んだ。まだ列ができていないのは、偶然だった。その日の人気は別のデザートやお菓子のようである。

 店の主人と最低限の会話を済ませたラクリは、二つのアイスを両手に持った。正確に言えば、竜用のサイズはカップを握り、一方人間用サイズのものを爪で挟んでいる。リエードのもとへと戻る頃には、とろりと溶け始めていた。彼は工具を必要としない遺産を取り出して戯れていた。

「ほら、アイス。好きにしなさいよ」

 ほんのりピンク色の、ベリーの砕かれた果肉がちりばめられている冷気の塊を、青は受け取った。両前脚の間にカップを置き、盛られたアイスをぺろぺろと舐め始めた。もちろん遺産はその場に放置だ。

「あんた、アイス好きよねぇ。というより、おなか丈夫よねぇ」

 ラクリは人間用のものを、がぱりと口を開いて放り込んだ。飴のように溶かして食べてしまった。

「だっておいしいじゃん。市に来ないと食べられないんだから、食べておかなきゃ」

 竜用のアイスは、目の前の球技の玉のような大きさをしているのだが、間もなくして彼はぺろりと平らげてしまう。嬉しそうにクルクルと喉を鳴らすリエード。

 残ったカップは重ねて、脇に置いておく。そして隣同士にいるにも関わらず、二人はとうとう別のことに関心を持ち始めてしまった。ラクリは目の前の球技が終わってしまったためか、懐から本を取り出して読み始める。一方のリエードはぺろりと口回りを舐めてから、駆け回っている子供たちを視界の隅に眺めつつ、遺産を手で弄ぶ。

 そんな二人は、陽が世界樹に隠れ、再び顔を出した頃にようやく立ち上がった。まだまだ市場は明るく、公園の人口も減っていないが、夜の樹海は住処とはいえど迷いやすいものだ。

 来た道を戻る途中、ラクリは一つの露店を見つけて立ち寄った。白い石、魔結晶が並んでいるのを見かけたのだ。

 魔法を使う上で必要となる魔力が結晶化したもの。世界樹のうろなどから採れ、市場では高価で取引されているものだ。これは魔力の供給源になったり、遺産の動力にも使われたりすることもある。

 リエードを数分間待たせて、ラクリは数個の屑結晶を懐に入れた。そしてまた樹海へと歩いていく。

 樹海の中の小屋にたどり着いた頃には、陽はかなり傾いていた。小屋へと入り台所で夕食の準備を始めたラクリは、いつものように生肉とスープを用意する。リエードは鞄をかけなおしたり、寝床を整えたりしていた。

 そして食事が始まると、ラクリは食卓に魔結晶を置いた。針のような破片ばかりだが、鱗には刺さらないことをいいことにラクリはよくこれを購入する。売ってる側も、需要の低さに困っているため、一種の利害関係が成立している。

「ねぇ、ラクリ。魔法って、どうやって使うのさ」

 結晶と目の前の彼女を交互に見つめながら、首をかしげるリエード。ラクリは食事に手を付けずに、結晶をつまんで楽しそうに見つめる。

「どうやってって、魔力を操るのよ。火には火、水には水の流れがあるから、それを再現すれば、魔力は実体を持って、物質になるのよ。私が知る限りではそんな感じよ」

 きらきらと光を屈折させる結晶は、肉へとかぶりついたリエードの視線を受け止める。

「じゃあ、ラクリはどうして本がないと使えないのさ。魔力があれば、できるんじゃないの」

 肉を食いちぎり、ごくんと飲み込み、首をかしげる。

「悪かったわね……魔導書がないと魔力を感知できないのよ。訓練だと思って魔法を使ってるけど、思うようにはいかなくてね」

 じろりと、鋭い視線がさらにきつくなって青を貫く。動じない彼はまた肉にかぶりつく。

「ま、魔法に興味を持ったのは私だし、いずれは自由に魔法を使いたいものね」

 ラクリも自分の食事を素早く平らげて、スープを飲み干す。

「で、魔法の仕組みを聞いてどうするのよ。遺産の動力の仕組みにでも応用するの?」

 食卓は間もなく、皿と屑結晶だけになろうとしている。あと一口の肉を目の前に、リエードが大きく尻尾を振りながら目をきらきらとさせて答える。

「んっとねー、火や水を噴く遺産が見つかったんだって! 魔力を動力に使ってるんだったらさ、魔法で作ったりしているのかなぁ!?」

 彼の後ろにある砂と藁が軽く巻き上がる。青い鞭の反対側では赤のそれが左右へゆっくりと砂をかき分けている。

「遺産が? できるのかしら、そんなこと。水の火も、あの世界樹も、そして私たちも、魔力で構築されているって話でしょ? 王様の言うには魔力ですべては成り立っていて、それを使って生活ができているんだ、って」

 夢がないなぁ、とリエードが尻尾を止めて、最後の肉を口にする。

「夢がないにしても、難しいと思うわ。遺産にどんな仕組みがあるのかは知らないけれど、魔法を使ってる感じ、あんなので火をおこしたりは、できないでしょうね」

 ごくんとリエードが喉を動かす。空いた皿を重ねながら、ラクリは立ち上がる。いつものように皿を洗い、二階へと上がろうとある。その間、リエードはうーん、と首を大きくかしげながらトントンと爪で地面をたたいていた。

 自室へと戻ったラクリは、懐から本を取り出して、棚の上へと置く。すっかり日も暮れてしまった窓の外を見てから、机の上に置きっぱなしになっていたカップを手に取って再び一階へと戻る。

 彼女が戻ってくるのに数分とかかっていないが、すでにリエードは寝藁の上で丸くなっていた。巨大蜥蜴と呼ばれることの多い彼だが、身体は見た目よりも柔らかいらしく、自身の腹の下あたりに鼻先をつっこんでいる状態だ。まだ寝息は立っていない。

 ラクリはカップを持ったまま台所へと向かい、紅茶を淹れた。

「おやすみなさい、リエード」

 自室へと戻りがてら、彼女は言い残して一人の時間を過ごす。

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