第10話
後日、私はニギに案内され、吉岡と本島で雇った男たちを連れて森に入った。
薬の原料となる植物は、島の中心部、森の最奥だった。そこは “神の住処”と呼ばれ、島の民族たちは決して足を踏み入れない、真の未開地だった。そこへ入れるのはもちろんニギら魔術師だけであり、植物が自生している正確な場所も、薬の製法も、口伝でのみ継承されていた。
「本当に、この娘について行って大丈夫なのか?」
出発前、吉岡は私が紹介したニギに対して、ひどく懐疑的だった。ニギもまた、終始私の陰に隠れて、不審の目を彼で彼を睨んでいた。そして不思議なことに、二人は全く言葉が通じ合わないようだった。
目的地へと続く道のりは、険しかった。森の奥深くへと進むほどに木々は巨大化し、枝葉が行く手をさえぎり、地面は水気を含んでぬかるみを増した。肺を蝕む、熱帯の濃密な空気と独得の甘い腐臭。絶えず流れ出る汗と共に、身体が腐り落ちていくようだった。
「おい、いったい、どこまで行くんだ?」
振り返ると、汗でふやけた吉岡が、だらしなく舌を出していた。その後ろで、雇った男たちがぬかるみに悪戦苦闘している。
そんな私たちを尻目に、ニギはどんどん茂みの奥へとすすんでいた。森に棲む小妖精よろしく、すいすいと波打つ木々の間を潜り抜け、油断すると姿を見失ってしまいそうだった。
「こっちよ、こっち」
時折、ニギは振り返って私たちを手招きした。その仕草は、男たちを死地へ誘う美しい妖魔を思わせた。
次第に、あたりが暗くなっていった。ひょろひょろと無駄に高い樹木が、二重三重に枝葉を広げているせいだ。ギョウギョウ、ギィギィ――姿なき生き物たち鳴き声が、私たちをあざ笑うように降ってくる。
男たちの内の一人が、木の根に足をとられたとかで、怪我をして引き返していった。その後しばらくすると、さらにもう一人、音も立てずにいなくなっていた。
いよいよ脛まで黒く汚しながら、私たちは沼地に入り込んで行った。どす黒い沼地に、並び立つ木々が触手のように気根を伸ばしている。その光景は、まるで怪物の住まう魔境のようだった。もし、こんなところで本当に神が住んでいるのだとしたら、きっとおどろおどろしい姿をしているのだろう思った。
私たちはどろどろに汚れて、体力の限界点にさしかかっていた。泥はへどのように足元にまとわりつき、一歩一歩が恐ろしく重い。吉岡など、「もう帰りたい」と子どものように駄々をこね始めた。
だが、私は歯を食いしばって歩き続けた。ここで諦めたら、この数か月はなんだったのか。私をつき動かしているのは、もはや意地だけだった。
ふと顔を上げると、ずっと先を歩いているはずのニギが、うねる巨木の根の上に立っていた。彼女はそこから、私を手招きした。
「ニギ、いったいいつになったら着くんだ……」
私は喘ぎながら、木の幹にもたれかかった。もちろん、そばにクモがいないことを確かめて。
「もう、着いたわ」
ここよ、と、彼女はその足元と指さした。そこは、木の根の間にできた、大きな洞だった。
私は、はっと息を飲んだ。
大樹が作り出す、虚ろな暗闇。その奥底を埋め尽くす、青、青、青。
湿った土と、木の根の表面をびっしりと覆っていたのは、苔とも菌類ともつかないものだった。それが何の作用か、ほんのりと光を放ち、神秘的な青さを生み出しているのである。
私たちは本来の目的を忘れ、しばしその光景に見入った。
私は神を信じない。しかし、もしも本当にいるのならば、この植物は彼の手で生み出されたものに違いなかった。未知の青は、それだけ侵しがたい深みを体現していた。
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