第9話

 私はここへ来た目的について、すべてニギに打ち明けた。

 アメリカ人冒険家の手記のこと、新薬開発の研究をしていること、そのために、万能薬を作れる魔術師を探していること――私は偽りを交えることなく、必要なことはすべて伝えた。それが、私を助けてくれた彼女への誠意であり、協力を得るためには最も効果的だと思ったからだ。

 私が話をしている間、ニギは無言を守っていた。どこか自信なく顔を俯け、普段の明るさが隠れていた。

「ニギ、君は怪我をした私に、薬を飲ませてくれただろう。きっと、あれが、私が探していたものなんだ」

 私はズボンの裾を捲った。左足の脛にはうっすら傷跡が残っているが、もうすっかり完治していた。今の医学では考えられない、驚異的な回復の早さだった。

 おそらく、ニギの薬は人体の免疫や自己治癒力を高める作用があるのだ。原料となる薬用植物を調べ、その成分を研究すれば、様々な病気の治療にも応用できる。私は、そのように考えていた。

「そんなの、だめよ!」

 ニギは首を振った。彼女の顔は、哀れなくらい青ざめていた。

「あれは、森の神様からもらう薬なのよ。簡単に、人に教えちゃだめなの。そんなことをしたら、何が起こるか……」

「頼む、ニギ」

 私は少女の手を取った。柔らかな指と、その先で光る愛らしい爪。この手に、薬学界の未来と私の進退がかかっていた。

「私に、あの薬の原料と作り方を教えてくれ。あの薬があれば、難病で苦しむ多くの人たちが、助かるんだ。君は、世界中の人々を救えるんだよ……」

「……」

 ニギは、重なった私と自身の手を見つめていた。その視点はゆらゆらと不安定にゆらめき、彼女の中の複雑な表情を表現していた。

 無言は風船のように膨らみ、私たちを圧迫していた。私は、じっと返答を待った。

「……いいわ」

 蝶の羽ばたきのような、か細い声が落された。南洋の太陽はすでにその姿を傾け、小屋の中は水底のようなほの暗さが淀んでいた。

「でも、……でも、その代わり、ずっとここにいて」

 ニギはさっと顔を上げた。ぶつかった大きな瞳は、すでに限界まで潤んでいた。

「わたしをナイトウの妻にして。そうしたら、わたし、あなたに全部教えてあげる」

「わたしを独りにしないで」そう言って、ニギは私の腕の中に飛び込んできた。シャツを透過して、熱いしずくを胸板に感じた。

 もはや、私とニギの関係は、断ち切りがたいものになっていた。

 迷信深い村人たちと違って、ひとりの人間として、ありのままに彼女と接することができるのは、この世界で私だけだ。この一か月、彼女は私に、まるで自身の半身であるかのように、愛情を傾けてくれていた。それは無垢な少女にしかありえない、ひたむきな愛情だった。

 私はニギを腕の中に閉じ込めた。すべらかな肌から立ち上る、芳しい果実のような匂い。それが私を陶酔させ、うっとりと夢見心地へと導いた。

 私もまた、いつしか薬学の研究員という立場も、文化や人種の違いも越えて、彼女が手放しがたくなっていた。どうしてこのか弱い少女を、孤独の中に取り残しておけるだろう。

 たとえ薬の原料が手に入っても、入らなくても、私は彼女を独りきりで残していくつもりはなかった。何を捨てても、この愛しい少女を手に入れたい。それは混じりけのない本心だった。

「大丈夫だよ、ニギ。私は君のそばにいる」私は黒髪に指を滑り込ませながら、彼女の耳元に囁いた。

「わたし、あなたを離さない」

 私の胸に顔を埋めながら、ニギはくぐもった声で呟いた。

「ずっと、ずっと、あなたと一緒にいる。この世界の、最果てまで……」

 ぎゅう、と私の身体に回された腕に、力が込められた。その力強さに、一瞬、ヘビに巻きつかれている自分の姿が脳裏に浮かんだ。

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