第12話 ウィルム・コート
馬車から降りたったゲルダーが、葬儀の様子に目を光らせている。ウィルムはアミリアの手を取り、参列者の奥に引っ込んだ。
「きょうは施療院の視察に来たが、弔いに出ていると聞き、ここまでおもむいた」
ゲルダーが用向きを話している。
ウィルムはすばやく周囲に視線を走らせた。
墓地に沿った道に、ゲルダーの馬車が止められ、騎馬の兵士4人がいる。墓地を挟んだ反対側は木立ちになっていて、木の間ごしに教会の側面が見える。
茂みづたいに墓地を横切り、林を抜けて教会の正面に出よう――。
ウィルムはアミリアの手を引き、会葬者の列から離れた。体をかがめて、人垣のうしろを動き、茂みを目指す。遅れがちになるアミリアの歩調に合わせ、彼女の不安そうな顔に、目顔で安心するよう伝えた。
ふいに茂みから男が飛び出した。ウィルムは驚いて反射的に身を引いた。
市門の見張りだ。ふだんは墓守をしているのだろうか。
「こいつですぜ。門をうろついていた怪しい男は」
墓守が大声をあげた。
ウィルムは舌打ちし、自分の肩からぶつかって、墓守を突き倒した。
人垣の向こうから、ゲルダーの厳しい声が聞こえる。荒い足音がした。騒然となった人々をかきわけ、兵士が飛び出してくる。
ウィルムは、アミリアの手を強く引いた。
と同時に悲鳴があがる。アミリアの片足が、倒れた墓守につかまれていた。アミリアの目が助けを求める。ウィルムは、墓守の腕を力まかせに蹴飛ばした。うめき声とともに、その手が離れた。
木の間ごしに兜が見え隠れする。追っての足音は確実に迫っていた。
ウィルムは先を急いだ。アミリアが長いすそに足をとられ、つんのめるように走るので、思うようにスピードがでない。ウィルムは剣の柄に手をやった。敵は4人だ。最悪の場合も覚悟した。
木立ちを抜け、教会の正面にまわりこんだ。
玄関ポーチから、敷地を囲む生垣の入り口に向かって小道がのびている。蹄の音が響き、生垣ごしに、ギャロップで駆ける騎馬がのぞいた。ゲルダーの指示で、兵士の1人を教会の正面に向かわせたのだろう。林からは3人の兵士が迫る。
ウィルムは歯噛みした。
「教会のなかに入るんだ」
ウィルムはアミリアとポーチに上がり、彼女を扉のなかに押し込んだ。
戸口のしきいに立ち、剣を抜きはなつ。
ほとんど同時に、先頭の兵士がポーチに踏み込んできた。抜刀した兵士は、兜の奥の目に殺気をみなぎらせる。ウィルムは戸口を利用して、1対1の対決を挑むつもりだ。
敵が怒号とともに切りかかってきた。
ウィルムはその剣を巻き上げ、兵士の首に切りつける。刃は兜をかすり、相手は一歩しりぞいた。その背後では、2人の兵士が剣を構える。生垣の入り口には、馬を降りた兵士が、槍を手に立ちはだかっていた。
兵士が再び打ちかかってきた。
その太刀の前で、ウィルムは低く体をかわし、頭をねらって、下から斜めに切り上げた。フェイントをかけると、相手の剣先がつられて上がった。胴体が無防備になる。切っ先をすばやく相手の胸に向け、体ごとぶつかった。ウィルムの剣が兵士の体を貫き、耳の横で血反吐が飛び散った。
敵の肩ごしに、つぎの兵士が剣を高く構えている。
ウィルムは両手で強く柄を握り、突進してくる敵に向かって、仕留めたばかりの兵士を蹴とばした。切っ先が抜け、敵どうし体がぶつかる。攻撃してきたほうがよろめき、胸を突かれた兵士の体がポーチに転がった。
ウィルムはいっきに飛び出した。バランスを崩した相手の体は、がらあきだった。このときばかりに、肩から斜めに切りつけた。叫び声があがり、敵の剣がポーチに落ちる。その体があおむけに倒れた。
すぐさま3番目の兵士に目を向ける。相手の足はためらっていた。
ウィルムは手にした剣を投げつけた。それは鎖帷子にはじかれたが、敵をひるませる効果はあった。前に跳んで、2番目の兵士が落とした剣を拾う。ウィルムの剣は、2人を切り倒してなまくらになっていた。
生垣の門をふさいでいた兵士が、槍を構えて突進してきた。同時に、ポーチに上がった3番目の兵士も剣で切りつけてくる。
ウィルムは剣を拾うと同時に、振り下ろされた剣を横に払い、槍の一撃に対しては後方に飛びのいた。教会の戸口に戻ると、槍の兵士が先に突進する。
兵士の1人が長い槍の穂先で牽制しながら、もう1人が剣で攻撃する構えだ。ウィルムは窮地におちいる自分を意識した。
槍が突き出された。ウィルムが反対側にかわすと、教会の壁に深く突き刺さった。槍が抜けず、手こずっている。その兵士の首を、ウィルムは一撃のもとに刎ねた。ポーチに頭が落ち、兜が転がった。
その顔を見て、ウィルムは慄然となった。
それは、ウィルムを宮廷に案内し、一方で捕らえたアミリアを見張り、船着場では商人と話していた男だった。その兵士を殺したのは、これで2度目だ。
「ウィルム」
アミリアの叫ぶ声がした。
最後に残された兵士の目が、アミリアに向けられる。
「戸口から出て来るんじゃない」
ウィルムは大声で叫んだ。
アミリアの方へと、足を踏み出したとたん、ポーチに転がる死体につまずいた。前のめりになった頭上から、敵の剣が襲いかかる。ウィルムは倒れこみながらも、かろうじて刃をよけた。
相手の剣が石畳にあたって火花を散らす。ウィルムは尻をつき、剣を持った右手で体を支えた。つぎの攻撃をさけきれるか。無理な体勢だ。
兵士の切っ先が上がり、ウィルムの胸に向けられる。
突きを入れようと剣先が引かれると同時に、ウィルムの体からなにかが飛び出した。それは剣の峰を駆け上がり、兵士の腕から飛んで、その顔にはりついた。
――レムだ。
兵士は体をのけぞらせ、片手でレムを引きはがそうとする。
ウィルムはそのすきに立ち上がり、相手の無防備になった胴体を、剣で切りつけた。兵士があおむけに倒れた。石畳に頭が激突し、兜が転がる。その顔には、まだレムがはりついていた。
ウィルムは、剣を振って血を払うと、すばやく周囲を確認した。
玄関ポーチには、4体の死体がてんでに転がっている。林の向こうは静まりかえり、墓地から人があらわれる気配はない。
垣根から馬が頭をのぞかせ、低くいなないた。ゲルダーがまだいるはずだが、どこにも姿は見当たらなかった。
ウィルムは、ポーチの下に転がる首を見ないようにしていた。生首に怖じけづいたわけではない。その顔そのものが恐ろしかった。
小さく拍手の音が聞こえた。
教会の戸口から体を出した、アミリアだった。遠慮がちに手を叩いているが、その表情には賞賛の色が浮かんでいた。
「やっぱり、ほんものの騎士なんですね」
血に汚れた光景とはうらはらに、アミリアは、はしゃいでいる。
ウィルムは、アミリアが吟遊詩人の語るロマンスに夢中だったのを、思い出した。ウィルムを、騎士物語の主人公と勘違いしているんだ。
剣を鞘におさめ、戸口の横に突き刺さっている槍を両手でつかんだ。ぐっと力をこめて引き抜く。刃先はそれほどこぼれていない。
「この槍はもらっていこう」
ウィルムはアミリアを引き寄せ、
「とりあえずは大丈夫だ」と目もとを和らげた。
「ありがとう。わたしの騎士さん」
「やい、おれに礼くらい言ったらどうなんだ」
レムが兵士の顔の上で立ち上がっていた。
たしかに、こいつには2度も助けられた。アミリアは、この小さい化け物を見て、どう思っているだろう。彼女は驚きに目を見開いていた。
「前に、この人形はお守りだって言ったよね。その効果なんだ」
ウィルムは、苦しまぎれに説明した。
「すごい。これって魔法で動く人形みたい」
アミリアの目が輝きだした。恐れている様子はない。
アーサー王の時代にいるのも、わりと簡単に受け入れていた。物語の世界に入り込んだつもりで、むしろ喜んでいるらしい。
「魔法の人形なんだ。ひょんなことから知り合った。土牢に入れられたぼくを助け、アミリアを救いだす手助けをしてくれた」
ウィルムはレムに礼を言い、その体を持ち上げた。
兵士の死に顔があらわになった。その顔もまた、自分が刎ねた首と酷似していた。いや、まったく同じだ。背筋が凍りついた。
ウィルムは、ほかの2体の遺骸に向かった。兵士が3つ子だった、とは考えなかった。頭にあるのは、もっとありえない想像だ。
剣の先で、兜をはいでいく。
ウィルムを襲った4人は、みんな同じ顔をしていた。
1秒たりとも、この場にいたくなかった。ほどなく教会には人が集まり、大騒ぎになるだろう。ウィルムは、レムをベルトに戻した。
「できるだけ早く、この場を立ち去ろう」
アミリアの肩を抱いて、うながした。
生垣の外に、兵士の馬が待っていた。ウィルムが鼻面をたたいてやると、満足そうにいなないた。槍を生垣にたてかけ、手綱をつかんで騎乗した。
「うしろを向いて」
ウィルムは指示した。
アミリアが背中を向けると、ウィルムは両わきに手を伸ばし、馬上に持ち上げた。鞍の前に座らせ、アミリアの体の前で、手綱に手をまわす。
槍を取り、馬のわきを軽く蹴って、並足で進ませた。馬上の揺れが体に心地いい。ようやく騎士らしい姿になってきた。
馬を進ませながら、ウィルムはこれからの手立てを考えた。
ゲルダーを逃がした以上、都市の警備はさらに厳重になるはずだ。騎乗していては目立つ。いったん、どこかに身を隠そう。施療院には、もちろん戻れない。安全な場所を見つける必要があった。
それから船を調達しなければならない。この島から脱出するには必須だ。商人や船乗りを切り倒してでも、奪い取ろう。
角を曲がったとんた、ウィルムは、あっと驚いた。
その先の十字路に巨大な帆船があらわれた。まさに自分が望んでいたものだ。だが、どうして、こんな街なかに置かれているんだ。
ウィルムは、トロットで馬を急がせた。
帆船は、十字路の角におさまっていた。船首をこちらに向け、右舷を通りに向けている。左右の船側から伸びるロープで地面に固定されていた。建造中というわけではなく、すぐにも出帆できそうだ。
「わたしたちが乗ってきた船よりも大きい」
アミリアがななめに顔を向ける。
「はるかに大きいよ」
見上げる船腹は、3階建ての高さはあるだろう。帆が巻き上げられたマストの先端が、暮れはじめた空に高くそびえる。
しかし、こんな大きな船をどうやって街の外に引き出すつもりなのだろう。街路が狭く、とても通せそうにはなかった。しかし――。
「いったん身を隠す場所としてはいいかもしれない」
ウィルムは馬を降り、手綱をアミリアにあずけた。
船尾と隣家のあいだに、10フィート(約3メートル)ほどのすきまがある。ウィルムは、そこに馬を進めた。
突き当たりの壁に接して、小屋があった。なかをのぞくと大きな釜があり、ろくろが置かれている。棚に大小の土器が並んでいた。窯場のようだ。床には工具やロープなどが、ところ狭しと散らばっている。
ウィルムは馬を小屋に導きいれ、柱につないだ。ここに隠しておこう。槍を壁に立てかける。アミリアを馬から降ろし、小屋を出た。
ウィルムは、船腹に取り付けられたタラップを見上げた。
「登れそう?」
そうたずねると、アミリアが「やってみる」と応えた。
アミリアが登りはじめ、ウィルムはそのあとに続いた。
船べりからのぞきこんだアミリアが、声を発した。ウィルムは、アミリアと同じ位置まで上がり、彼女の肩ごしからのぞいた。
少年が甲板に寝転がり、半身を起こしていた。その顔も驚いていた。
「きみは誰?」
ウィルムは問いかけた。
「こっちが聞きたいよ。ここはぼくんちなんだから、勝手にのぞかないでよ」
「この船に住んでいるのか」
「そうだよ。ぼくはイシス。おじさんは?」
「ウィルム・コートだ。遍歴の騎士をしている」
「騎士なら大歓迎だ。こっちに、どうぞ」
アミリアを先に上げ、ウィルムは甲板に降りた。マントから、ちらりと剣がのぞくと、イシスが興味しんしんで見つめた。
アミリアを妻だと紹介し、自分たちは敵に追われていて、この船なら隠れ家にちょうどいいと考えた、と説明した。
「だったら、ここに隠れていなよ。騎士の手助けだったら、いくらでもする。ぼくも貴族に生まれていたら、ぜったい騎士になったよ。いまは魔法の勉強をしているけどね。ぼくの祖先はドルイドだったんだ」
マーリンみたいになれるといいね、と応えかけて、ウィルムは口をつぐんだ。この島では、マーリンは敵方なのだ。
教会の鐘が鳴りはじめた。そろそろ夕暮れだ。あの教会では、とっくに死体が見つかり、大騒ぎになっているはずだ。
ウィルムとアミリアは、イシスの案内で船内に降りた。
なかは三層になっていて、ウィルムたちは船室のひとつで夕飯をごちそうになった。出てきたのは、またあのパンで、ワインの味もひどかった。
イシスの父ダイクは陰気な人で、食事のあいだにぽつりぽつりと、この巨大帆船を造るようになった経緯を話しだした。
10年前に、森で
ダイクの話を聞いて、ウィルムは希望を抱いた。島を脱出するための船なんだ。だったら海に引き出す方法もあるはずだ。イシスにたずねると、
「それは聞かないでよ」
ばつが悪そうに顔を赤らめた。
ダイクがそっと立ち上がり、逃げるように船室を出て行った。
真相を聞いて、ふきだしそうになったが、イシスに悪いので、じっとこらえた。この船が使えないとなると、笑いごとじゃすまない。
その日は、船室のひとつに泊まった。ダイクの話から、この船を船着き場まで外に引き出すのは無理なようだ。やはり、川船を奪うしかない。
ウィルムは、寝わらをしいたベッドの上に、アミリアと並んで座った。4人を切り倒した疲れが、どっと押し寄せてきた。
アミリアの心配そうな眼差しがある。
「大丈夫だ。明日には船を奪い、ブリテン島に向けて出帆する」
ウィルムは、アミリアの膝に置かれた左手に、自分の手を重ねた。妻の薬指のリングはゆるく、なでると回転した。
うず潮に船がのまれたとき、この手を離さなければ、ブリテン島に叔父が用意した住まいで、いまごろは新婚生活をおくっていただろう。アミリアは気丈にふるまっているが、本当は辛いはずだ。
「アミリア」
ウィルムは、妻の体を抱き寄せ、しっかり包み込んだ。決して離すものか。アミリアが瞳を上げる。2人の唇が重なった。アミリアの唇がしだいに緩み、ウィルムに応えた。そのままゆっくりベッドに倒した。
気づいて、ベルトからレムを引き出し、寝わらの奥に突っ込んだ。
翌朝、ウィルムは蹄の音で目が覚めた。
たくさんの馬のいななきと、鉄の触れ合う音が響く。その騒音がふつうじゃないことに、ウィルムは寝わらから飛び起きた。
アミリアが不安そうな目を向ける。ウィルムは安心させるように目顔でうなずくと、マントをまとって船室をあとにした。
船内通路を急ぎ、昇降階段を上がって甲板に出た。船べりに身をかがめ、頭だけ出して様子をうかがう。
船の前の十字路は、何十騎もの騎馬と、それ以上の歩兵でうまっていた。
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