悩みの雲

 盆明け、みんなが帰ってくるという知らせを受けて私もその日のうちに「おたく」に戻った。

 玄関には、まっさんの靴と見慣れない女性の靴があった。

 まじかよ、お取り込み中だったらどうしよう。と思いつつも、そろりとリビングのドアを開ける。

「あ、心優おかえり」

「心優ちゃん! 久し振り!」

 ダイニングテーブルに向かい合って座って居たのは、まっさんと浦田さんだった。

 しかし、何故浦田さんがここに居るのだろう。今の私の担当さんは水澤さんだ。

「なんでここに居るのって顔してる。……あれ、もしかして言ってないの?」

 浦田さんは目を丸くしてまっさんを見る。

「……話してない。話すなら、みんなが帰ってきてからの方が良いんじゃない?」

「そっか」

「え、まさか、け、結婚……」

「だーれがこんな見た目の怪しいオジサンと結婚なんてするのよ。つーかこの人もう結婚してるんだから! まあまあ、みんなが揃うまで待ってなさい。ほら、お土産にお菓子買ってきたから」

 私はグループL〇NEに『重大発表アリ!出来る限り早めの帰宅を求む!』と打ち、絶叫しているスタンプを二つ送った。


 夕方、全員が帰ってきたところでまっさんが『重大発表』をした。

「そんな、大したものでもないからね⁉︎ あんまり期待しないで⁉︎」

「いいから早く〜!」

 まっさんが居心地悪そうにしているところに咲っぺが急かす。

「……その、実は……。浦田さんなんだけど、俺の実の娘なんだ」

 沈黙。

 ……沈黙。

 …………沈黙。

「え? 似てない」

 咲っぺは真顔(というか若干引き気味)で呟き、浦田さんがヘラヘラと笑いながら言う。

「私もそう思ったこと何回もあるよ〜! 似てないよね⁉︎ でも正真正銘親子なの!」

 まっさんはその言葉に若干ダメージを負ったようで表情が無になっている。

「え? じゃあ、まっさんの名前は……?」

浦田うらた 将司まさし

「あっっっ‼︎‼︎‼︎‼︎ ちょっとぉ! 言わないでよぉ! 秘密にしていたかったのに!」

「なんでよ、秘密にしていたって別に何もないじゃない。只でさえ怪しいのに名前まで伏せてたら怪しさ極まりないでしょう」

「確かに。まっさん怪しさ極めてた」

 どうして咲っぺはそんなに遠慮なくズバズバッと言ってしまうのか……。私自身も怪しすぎてドン引きしてたし、こんなところでシェアハウスさせるなんて親の頭大丈夫なのか、とか思ってたけど。

「でも、私が今日来たのは別に父親に会いに来たってワケじゃないのよね」

 きょとんとする我々を見ると、浦田さんはにまっと笑って私に向かって手招きした。

「最近の話を聞かせてもらいたくってね☆」



 *



 十数分後、私と浦田さんは近くのカフェに来ていた。

 入りたかったけどお高めだったのでずっと来れていなかった店だ。

「それで? 恋愛もの書く気になったそうね。何かショッキングな出来事でもあった?」

 その言葉にドキッとしてしまったのが彼女にバレたのだろう。はぐらかそうとしたが、彼女が聞くまで返さないといった調子だったので、手短にこの短期間に私の身に起きた多数のハプニングを説明した。

「ひょーーー! 青春してるじゃない! いーなー社会人になってからそんなキュンキュンすること味わってないわ……」

「でも、まだ答え出せてないし。それに……」

 私は視線を落とし、カップを握る手に力を込めた。

「水澤さんにはまだ言ってないんですけど……。その恋愛ものを書き上げたら、しばらくは筆を置こうかな……って」

 すると、はしゃいでいた浦田さんが急に静かになった。

 顔を上げると、真剣な表情で静かに言った。

「それは、なるべく早く水澤に言いなさい。理由もちゃんとあるんでしょうね?」

「……来年は私も受験生だし、それなのに過労でまた倒れたりなんてしたら、精神的にもこれまで以上にダメージが大きくなる。だから、また書きたいと思った時のために、好きな時に書き溜めて、落ち着いたらまた……」

「……そうね。貴女は小説家である以前に学生だものね。将来のためなんだから仕方ないわ。まぁ、まずは水澤に相談するのよ?」

「……はい」

 小さく頷くと、浦田さんは柔らかい声で言った。

「そんなに落ち込むことない。人生が終わるワケじゃない、むしろこれからなんだからね。……悩んで、悩んで、頑張ってこの答え出したんでしょう?」

 私は、その言葉に何度も頷き、涙がこぼれるのを堪えた。

 外は、雨が降り出しそうな重たい雲に覆われていた。

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