湿度94%
「ただいまぁ」
「心優ううううううあああああああああああああ」
玄関のドアを開けると咲っぺが私の名を叫びながらバタバタと駆け寄ってきた。
「無事? 怪我してない? 無事? 無事だよね⁉︎」
何をそんなに心配するんだ。
「心優! 今日1日どこ行ってたんだよ! L○NEしても既読つけないし……」
なるほど、あの大量通知は歩の仕業か。どうせクラスのグループだろうと思って通知切ってた。
「先輩と……望先輩と美術館行ってた。朝、歩に言ったはずなんだけど」
歩に視線が集中すると、彼はあたふたと手を振り、知らないと言った。
「あー、そういえば歩、半分くらい魂抜けたままだったような……」
「もうっ心配させないでよぉっ」
ぎゅっと咲っぺは抱きついてくると、ピクッと何かに反応し、突然私の匂いを嗅ぎ始めた。
「ちょ、変態っ‼︎ 何やってんの咲っぺ⁉︎」
「……望先輩の匂いがする」
「望先輩の匂いって……嗅いだことあるんかいっ」
「いや、練習終わった後とかに会ったら汗臭さに混ざってこの匂いが……」
と言ってまた嗅ぎ回る。
「咲っぺ鼻良すぎでしょ! つか、匂いなんて一緒にいたら移るもんでしょ!」
ピキーンと音を立てて空気が凍りついた。咲っぺは白目をむいて固まり、歩は無表情で固まった。快斗はさっきから仏頂面のままだ。
「……え、何?」
聞くと咲っぺと歩は大きくため息を吐く。
「普通移らないでしょ。」
「そうそう。ただ並んで歩くくらいで移ったら、どんだけ匂いキツイんだって話でしょ⁉︎」
えー……。
「先輩とハグするか、家に上がるかしなきゃそう簡単に移らないって! ……で、実際のところどうなの?」
咲っぺは顔をズイッと近付け、答えを迫って来た。
どっちも図星なんだけど。どうすればいいの。一応快斗いるし。答えづらいよ?
「……咲っぺ。女子トークしようか」
「えっ⁉︎ 何それ⁉︎ 咲‼︎ あとで内容教えろ!」
「歩……。それはダメだよぉ! 女子のプライバシーだよ☆」
咲っぺはウインクすると私の背中を押して階段を上がった。
「で? 何があったワケ?」
彼女の目が輝きまくっている。
「あのね……」
私は彼女に今日起きたことをザックリと説明した。
「……心優、青春だなっ‼︎」
いや、意味分かんないし。
「そっかそっか、望先輩が……! あ、歩たちには言わないから‼︎」
彼女は親指を立ててウインクし、部屋から出て行こうとしたその瞬間。
ゴツっと扉が鈍い音を立てて止まった。
まさか。そのまさかだよね。
「ってぇ……。油断したぁ」
「歩、快斗……」
***
「で、ここでこの公式を使う……そうそう、そんな感じ。基本こういう形の問題はこういう段階で解く、って覚えた方がラクかも」
「……なるほど?」
「大丈夫。快斗は記憶力が良いみたいだから、回数重ねれば問題無いよ」
咲っぺが夕食の片付けをしている間、2階の和室で私と快斗はいつも通り課題の消化をしていた。
昨日の今日というより、さっきの今、と言った方が良いかな。まぁ、あの話を聞かれたワケで、ちょっと居心地悪い。
「んーー、もー疲れたっ」
大問を一つ解き終わると、彼はペンを置き、グッタリと机に頭を乗せて唸り上げた。
「じゃー、私シャワー浴びて来るから。その間休憩ってことで」
私が手を机に手を付くと、快斗は顔を上げ、何か言いたげな表情をしていたが、ん、と頷いて畳の上に倒れこんだ。私は彼を踏まないように和室を出た。
***
課題を消化している間、咲が言っていた通り、微かに望先輩の匂いが心優からしていた。正直焦ったし、妬いた。
でも、心優は俺のものでは無い。
この前の告白だって、返事はもらってないし、いつでも良いと言ったのは自分自身であり、事実なのだ。正直、後悔している。
「早く返事くれないかなぁ……」
思わず、本音が溢れる。溜息に溜息を重ね、畳の上に転がる自分自身を嘲笑ってやりたい。
「……望先輩にはどう返事したんだよ」
「……何が?」
心優の声がしたので飛び起きると、彼女は濡れた髪を拭きながら和室に入ってくるところだった。
「……いやっなんでもないしっ」
「望先輩にどう返事したかって?」
「だからっ……」
聞きたくない。怖い。俺は慌てて耳を塞ぎ、目を瞑る。
「……快斗、」
「……なんでしょーか」
「私ね、恋愛が何かわからないの」
……は⁉︎
「私ね、中学の時に失恋したの」
「……知ってる。この前朝公園で会った奴だろ。純友先輩から聞いたよ」
「そっか……」
彼女の瞳は目の前のものを映しておらず、切なげな表情で、呟く。
「それから、小説を書くようになって、自分を変えたくて、でもいつの間にか一番知りたかったものを見失って。何が何だかわからないって言うか……」
「でも、俺が今好きなのは、今の心優だよ」
以前の彼女は知らないが、俺が今好きなのは、目の前にいる、今の心優なのだ。
そっと彼女に近付くと、頭を撫でてやった。小さい。
いつもバスケットボールばかりに触れていた事もあって、彼女の頭が物凄く小さく、割れ物に触れている感覚に陥った。
無意識に自分の顔は赤く染まってしまい、余計に恥ずかしくなる。
ここまで来たら、もういい。この想いをぶつけよう。
「……心優、」
「な、何……?」
俺は彼女を抱き寄せ、スッとその空気を吸い込んだ。
「……よかった。先輩の匂い、消えたな」
「……えっ、ちょ、何言って……」
グッと腕に力を入れ、俺は彼女を抱きしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます