おまけ③〜髪飾り

 ゴムの伸びきった髪飾りを付け続けるのはダメなのだろうか?


 私は、水色の小さな蝶の飾りが付いたそれを手に取った。

 それは幼い頃、近くの家に住んでいた同い年の男の子がくれたもの。


 彼は、私が引っ越す時に顔をぐしゃぐしゃにしてこれを渡してきた。泣いているのか、笑っているのかわからない表情かおだった。

『ちょうちょ、さきちゃんにとってあげたかったけど、とれなかったから』

 そう言って彼は、涙を堪えきれなくなったのか、後ろを向いてしまった。

『ぼくのこと、わすれないでね、』

 その小さな背中を見つめて、私はただ、うん、としか頷けなかった。

 北海道の3月の、まだまだ春の気配すら感じられない、雪の日だった。


 私が覚えているのはそこまでで、この髪飾りをくれた男の子の名前も、顔も、なぜかボンヤリとしか思い出せない。確か苗字は「あ」から始まった気がする。


 そして、兄が進学した道外の同じ高校に入り、陸上部に入部したとき、関西弁を話す騒がしい男子が、なんとなくその少年と似ているような気がした。

「合川 信之です。短距離やりたいと思ってます。よろしくお願いします」

 標準語なのだが少しなまってる感じに、少し違和感を感じながらも彼の自己紹介が終わると拍手をする。

 あれ、おかしいな。なんでこんなに変な感じがするんだろう。2次元へのトキメキとは全く違うし、不快感でも無い。脳内の奥底に沈んでいた何かが、くすぐられている。


 いや、気のせいだ。


 私は自分の番が回ってきたことに気づくと、さっさと自己紹介を済ませた。


 その直後、つまり、部活が終わったときだ。

「なぁ! さっ……北野さん、」

 今絶対「咲」って下の名前で呼ぼうとしたよね?

「……何?」

「あの、俺のこと……覚えとらん?」

「……どこかで会ったことあったっけ?」

 ああ、違う。こんな事を言いたいわけじゃない。

「……っ。あ、人違いかなぁ。いやぁ、すまん! ほんじゃあ、明日な!」

 そう言って彼は耳まで赤くして去っていった。

 やはりそうなのだろうか。

 彼は、あの時の少年だったのだろうか。

 いや、だとしても奇跡的すぎる。地元ならまだわかる。しかしどちらの地元でもないこんなところで再会だなんて、少女漫画みたいなことありえない。


 翌日、私はやはり彼に聞いてみようと考えた。しかし、

「なぁなぁ! 北野って北海道に居らんかった?」

 先に言われた。

「……居たよ」

 そう言うと周りは「合川ってエスパーなのかな?」などと笑いながら通り過ぎて行く。

「……あのさ、合川君って、もしかして私の隣に住んでた『合川』くん?」

「……‼︎ 覚えててくれたん⁉︎ 名前聞いた時にもしかしたらって思ったんや! いやぁ、久しぶりやな!」

「何年振りだろう。ほんと久しぶり」

「俺、あの後奈良の方に引っ越してもーて、」

「そうなんだ! こんなところで会えるなんて、凄いよね」

 2人がそう言って笑っていると、

「お! 今年の1年は手が早いなぁ、もうカップル出来たのか! リア充め!」

「リア充か……くそっ」

 いや違うし。2次元あの方とならば喜んで肯定するけど、なんで久し振りに会った人と突然リア充にならなければいけないのかが謎ですが。

「先輩! 違いますよ! 久し振りに再会したっちゅーだけですよぉ!」

「そーなのかー? つか、練習始まるから、準備しろ」

「了解です!」

 彼はそう言うと、こちらへ振り返り、ニカッと笑った。私はその表情が凄く懐かしく感じ、気恥ずかしくなった。

「ちゅーわけで、またよろしくな! 咲!」

「うん」



 5月の高体連、私はあの髪飾りをつけて会場に向かった。流石に競技中はなんの飾りもないただの髪ゴムに付け替えるが、これはお守りなのだ。

 いつも勝負の時はこれを付ける。力が出るのだ。

 会場に着くと、真っ先に合川に鉢合わせた。

「今日がんば……あっ」

「……? おはよ」

「おぉ、そ、それっ、俺があげたやつとちゃう?」

 ……覚えてたぁーー‼︎ 覚えているわけないと思っていつも通り付けて来たのにっ! 恥ずかしいっ恥ずかしすぎるわっ!

「う、うん。覚えてたんだ……」

「あたりまえや! それ、俺の人生で初めてあげたやつなんや! 忘れるわけないやろ! あー……。今でも使ってくれてたんかぁ……。咲‼︎ 頑張れよっ‼︎ 燃え尽きるまで応援しちゃる!」

 なんでそんなにテンション高いの。すごい喜びようだな。

「今燃え尽きたらダメでしょ! 私より先輩応援しなさいよ!」

「そーやったぁー!」

 無駄に高いテンションで彼はワハハと大袈裟に笑う。なんでそれで海老反りになるのかは理解出来ないが……。しかし、応援してくれると言うなら私はそれに応えるのみだ。

 私は競技前に彼の背中を思い切り叩き、笑いかけた。

「さっき言ったこと、忘れてないよね⁉︎ 喉潰れるまで応援してよね!」

「いってぇ‼︎ ……おう‼︎ 頑張れよ! 咲‼︎」

 彼も負けずに、太陽のような笑顔を見せて手を振った。



 隣のクラスの、時々教科書の貸し借りをする、部活でよく話す、男友達。

 第一印象はそうだった。

 しかし、学校祭の準備期間に突入した頃。

 学祭というものは、誰もが浮かれ、時期的にも慣れが生じる為、本性が現れ始める。そこで私は彼の本性を知った。

「1-Aってメイド喫茶とかやるらしいよな! 女子のメイド服とかパンツ見えそうでドキドキするよな!」

 と、他クラスの男子が作業中にそう話しているのが聞こえた。

 最低……。よくもまぁ、こんな女子の前でそんなこと平気で話せるよな。デリカシーなさ過ぎ。と思いつつそのまま作業をしていると、聞きなれた声が。

「それええなぁ‼︎ あと、胸元とか開けて欲しい!」

 ……合川⁉︎ ちょっと待って、ピュアな感じの人かと思ってたんだけどっ。理由はわからないが、ショッキングだ。

 第一印象に「エロ」「変態」「スケベ」が追加された瞬間だった。

 別に私は下ネタとか平気なのだが、他の人への配慮が足りない。

 健全な男子なのだなぁ、と思った日だった。



 2年になって、私は彼と同じクラスになった。親友の心優とも同じクラスになったので、最初から素の自分を出していける。楽し過ぎて暴走する時もあるが、心優や彼らが止めてくれる。

 あの髪飾りは今も大切に持っている。




 私は今日も感謝を込めて「合川信之」の背中を叩く。

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