襲来。

 朝からアカン……。アカンぞこれは……。

 私はただ黙々とフレンチトーストを口に突っ込んでいた。

 快斗の様子が可笑しいんだ。昨日、試合が終わって帰って来てから可笑しい。なんか、妙にチラチラ、チラチラ、こっち見てくるな〜と思ってたら、目が合った瞬間に勢いよく目逸らされるし、笑ってるんだか、よくわからない表情だし。なんか、怖い。

 でも、本人は何も言おうとしない。という事は、気にしなくても良いという意味だよね。そうだよね。よし。(関わりたくないだけ。)

 私は、最後の一口のホットココアを飲み干し、席を立とうとした。同時に、誰かのスマホが鳴り始めた。

「あ。俺だ」

 快斗はそう言ってテレビの前の座卓まで駆け寄り、スマホを手にした。


 ***


 誰だよ。清々しい朝食を邪魔する奴は。

 スマホを手に取ると、画面には“よっしー”の文字と彼の変顔写真が表示されている。どうやら、今朝早くから何度も掛けてきていたようだ。

「もしもし?」

『あっ! 快斗! やっと出た!』

 電話越しに、彼の明るい声が聞こえてきた。彼の今の表情が手に取るようにわかる。

「なんだよ。よっしー。朝から……」

『望センパイ、心優に一目惚れしたって話、本当か⁉︎』

「……なんだよ。本人に聞けよ。」

 朝から人の恋バナに首突っ込もうとするなんて、元気だな。つーか、何で知ってんだ?

『心優の連絡先とか、教えてないよな?』

「……教えてないけど?」

 そもそも知らない。

『ぜっっったい! 教えんなよっ‼︎‼︎』

 なんで? 彼の言っていることが、訳がわからなさすぎて言葉と言葉が脳内でこんがらがっている。

『あっ。とりあえず、今日快斗んち遊びに行くわ! 住所後でLINE入れといて! じゃあ、後で!』

「は⁉︎ えっ、ちょっ……」

 彼は一方的に喋った結果、ブツリと切って終わった。

 よくわからないが、とりあえずこのシェアハウスの住所を入力し、送信した。


 ***


「今の、卓人から?」

 私は、電話を終えたばかりの快斗に問いかけてみた。

「おう。なんか、うちに遊びに来るって」

「へぇ………。え?」

 今、なんと?

「うち、来るんだって」

「なんで⁉︎」

 私が言おうとしていたことを、そっくりそのまま咲っぺに言われてしまった。

「知らねーよ。一方的に喋って、勝手に切りやがった」

 ほう。彼らしい。

「……俺、練習あるから、お茶とか自分で出せよ?」

 歩が静かな声で言った。

「んな小学生じゃねーんだからよ、平気だって。つーか歩、今日も練習かよ」

「うん。今年は全国大会で入賞したいから」

「じゃあ、地区大会で新記録出さなきゃだね」

 そう話した咲っぺは、歩に対してだけでなく、自分自身にも言い聞かせているようにも見えた。

「そうだね! 歩も、咲っぺも、頑張ってよ‼︎ 今年こそは大会観に行くから!」

 昨年、私は大会当日に出版社から突如呼び出しを食らい、2人の晴れ舞台を観ることが出来なかったのだ。

「じゃあ、練習行って来る」

「「「いってらっしゃい」」」


 歩が出て程なくして、卓人がやってきた。速いな〜。

「おじゃましまーす……って、えっ⁉︎」

 リビングにやって来た彼は、まさか私や咲っぺが居るとは思わなかったのだろう。入ってくるなり、硬直した。

「いらっしゃい。今お茶出すね。そこ、座って」

「えっと……? ど……同棲?」

「……ちょっと違う。シェアハウス」

「……下宿みたいな感じだけどね」

「それ、まっさんに言ったら、違う! シェアハウス! って言われて、反論したら1週間くらい口聞いてくれなかったよ」

「じゃあ、禁句なんだ」

 おーい。卓人さんが硬直したままだぞ。快斗さん、咲っぺ、そろそろ彼を仲間に入れてあげてくれないか。

「で? 何の用で来たの?」

 私が問うと、彼は口に含んだお茶を噴き出しかけた。

 何だよ。聞いちゃイケナイやつかっ‼︎

 まさか……愛の告白⁉︎ ヤバっ! 卓人がそっち系だなんて、知らなかった……‼︎ ヤバい。現場を見守ってて良いっすか。

 私が妄想を膨らませていると、卓人と咲っぺが目配せをしていることに気が付いた。ハテナ……? と思っていると、咲っぺは勢いよく立ち上がり、言った。

「心優‼︎ コンビニ行こう‼︎ 私、アイス食べたいっ‼︎」

「そんなの、1人で行けばいいじゃん。こんな明るい時間に不審者とか変質者は出ないって」

「ひどいわ、心優‼︎ こんなにもか弱いガールに、1人で外を歩かせるつもり⁉︎ ……あーもー、良いから、とにかく行くよっ‼︎」

 彼女はそう言って私を強引に立ち上がらせ、外に出た。


「ちょっと、待ってよ‼︎ 咲っぺ!」

「……心優」

 彼女は玄関を出ると、立ち止まり、私の方へ振り向き、目を輝かせて言った。

「あの2人、前から怪しいと思ってたけど、やっぱりそうだったね‼︎」

 あ。彼女も私と同じような事を考えていたらしい。

 その後、私達は、腐った話に花を咲かせた。


 ***


「快斗、お前には重要な話があってここに来た」

「お、おう……?」

「もうすぐ球技大会があるだろ?そこで、だ」

 ゴクッと息を飲む。彼は真剣な表情で言った。

「八生心優という人間はだな、とてつもなく運動オンチなんだ」

 うん。知ってる。自分で言ってた。

「それで、あいつにバスケを選択させて、望先輩との接点をつくるんだっ‼︎」

「それは……。先輩の恋に協力するって事か?」

「そういう事だ。……あっ。いっその事、先輩があいつにバスケ教えちゃえば良いんじゃね?」

 な、なるほど……?

「何だよっ‼︎ ノリ気じゃねーのかよっ!」

「ち、ちがっ……!……ただ、先輩は迷惑だったりしないのかなって……」

「そこは大丈夫だ。ほら」

 彼はそう言ってスマホの画面を突きつけてきた。

 そこに映っていたのは、卓人と先輩のLINEでのやりとりだった。

 望先輩(以下:N)『俺は……恋に落ちた。』

 卓人(以下:T)『マジっすか⁉︎』

 と、いう冒頭から続き

 T『先輩、協力しますっ‼︎‼︎』

 N『うおおおおおっ‼︎‼︎ サンキューな! お前に相談して良かったわ!』

 先輩が真っ直ぐすぎてコッチが切なくなるわ。

「わかった。協力しよう」

 俺たちは、握手を交わした。

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