ドッキリ☆

『一目惚れしちゃったんだ』

 望先輩の言葉が快斗の脳内をヘビーローテーションしている。

 衝撃といえば衝撃だけど、何か違う、と言うか。……なんだろう。凄くモヤモヤする。

 快斗は、スポーツバッグを抱えて電車に乗っていた。

 電車がたてる音も、周りの人の話し声も、録音したものをスピーカーから聞いているようだ。

 彼は大きく溜息を吐き、電車を降りた。


 帰宅すると、快斗はシャワーを浴び、着替えた。今日はいつも以上に暖かく、汗もかきやすかったのだ。

 風呂場から出て来ると、キッチンで歩が何かをしていた。

「何作ってんの?」

「ん? まだ秘密。」

「え〜なんだよそれ〜。気になるじゃん!」

「ダメ。まだ教えない」

 彼はそう言って材料をサッと隠そうとした。いや、丸見えだけど。お菓子か。お菓子だな! 女子力高っ!

 しかし、これは見えなかったことにしようと、快斗は、楽しみにしてるからな、と声を掛けてから自室へと向かった。

 階段を上がると、右手の和室から笑い声が聞こえてきた。

「わははははっ! マジか〜!」

「そんなに笑う⁉︎」

「はははっ! まあ、良かったんじゃない? それはそれで」

「え〜……? あ」

 咲と心優が楽しそうに会話をしていたが、快斗が覗いているのに気が付いたのか、話し声が止まった。

「風呂入ってたんだ」

 咲は、目に涙を溜めて言った。笑い過ぎたのだろう。顔が真っ赤だ。

「おう。試合、観に来てくれて、ありがとな」

「「いえいえ」」

 2人は息ピッタリだ。仲の良い証かな。

「ねえ、快斗、心優がOWLだって知った時、どう思った?」

 咲は突然問うてきた。

「え。マジかってなって、驚きすぎて一瞬フリーズした」

 正直に答えると、咲は続けた。

「心優、快斗の存在に気づいた時、なんて言ってたの?」

「うーん、確か『ぎゃっ!』って叫んでた……?」

 すると彼女は心優の方に振り返り

「残念、覚えてたね」

 と言った。心優は、も〜ヤダ〜! と言って赤くなった顔を両手で覆い隠した。

『一目惚れしちゃったんだ』

 彼女のそんな姿を見て、先輩の言葉がまた脳内を通過した。その途端、快斗は彼女を見ていられなくなり、黙って自室へ向かった。


 ***


 次の日の朝。

 私は朝日で目を覚ました。

 時計はまだ5時を指している。日曜日だぞ、ふざけんな、と呟き、布団を被った。

 ……ん? 布団?

 私は跳ね起きた。

 どうなってるんだ? えっと、昨日は夜遅くまで、小説を書き溜めて置こうと思ってずっとPCに向かってキーを打ち続けて、寝たのは……。何時だっけ。この感覚からして、私は確実に寝落ちしたと考えられる。えっと、じゃあ、誰がベッドまで運んでくれたかだよね。あれ。誰だろ。全然わかんないや。

 その時、部屋のドアがコンコン、と控えめにノックされた。

「……? どうぞ?」

 ドアの向こうに居たのは、快斗だった。

「……どうしたの?」

「……朝ご飯、何作れば良いか分かんなくて……」

 なんで私に聞くんだ? と聞こうとすると、先に彼は答えを出した。

「歩に聞こうとしたら、爆睡で全く起きてくれないし、咲は部屋に鍵掛けてるしで……」

 なんだ。可哀想に。

「良いよ。手伝ってあげる」

「……!ありがとうっ!」

 彼は先程までの困り果てた仔犬のような表情から一転、ホッとタンポポのような温かい笑顔になった。


「とりあえず、フレンチトースト作ろっか?」

「うん。つーか、メニューは心優にお任せで!」

「よし。作り方教えるから、ちゃんと覚えてよ?」

 私が言うと、彼はコクンと頷き、笑いかけた。

 ヤバ。可愛いぞ。今はフクロウと肩を並べるくらいだったぞ。


「……という感じ。とりあえず、今言った通りに作ってみて」

「うん」

 彼はそう言ってパンを切り始めた。

「そういえばさ」

 私はふ、と思った事を彼に問い掛けてみた。

「昨日、私寝落ちしたはずなのにさ、ちゃんとベッドで寝てたんだよね。誰か運んでくれたのかなぁ?」

 すると、一瞬彼の手が止まった。

「……あぁ。俺が運んだ……」

 なぬ⁉︎ お主がベッドまで運んでくれたのかっ‼︎

「恐れ多いっ!」

「は⁉︎」

「……いや、なんか、あ、ありが、とう……?」

 どうしよう。心臓が持たない。メチャクチャ心臓バクバクなってんだけどっ⁉︎

 そして、彼は突然耳元で囁いた。

「お姫様抱っこ、したんだよ?」

 はああぁぁぁぁっ⁉︎ 何それっ! 可笑しいよっ! お姫様だっ……

「……嘘だよ。歩に手伝って貰った。何顔赤くしてんだよ」

 あ、なんだ、嘘か……。……ん⁉︎

「赤くないもん! つーか騙したなっ‼︎」

「騙したんじゃないよ、ドッキリ☆」

「同じじゃん!」

 彼の無邪気な笑顔に私はただ、立ち尽くしているしかなかった。

 ……ふざけんな。

 私は熱くなった頬に手を添え、溜息をついた。子供に悪戯された母親の気持ちが少し、分かった気がした瞬間だった。

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