「おたく」で事件。
帰宅すると、「おたく」には誰1人居なかった。まっさんは最近、忙しいらしく、よく出張に行っている。今日も居ない。
「そういえばさ……」
私はキッチンでお湯を沸かす為、ヤカンに水を汲みながら快斗に話しかけた。
「さっき、私が電車の中で寝てたじゃない? 起きてから“いびきかいてなかったか”って聞いた時、快斗……君、さ、“それはない”って言ってたじゃん。『は』って何? 寝言言ってたとか⁉︎」
彼は私の問いにビクッと肩を震わせた。しかし答えは「何にもないよ」と言っただけで終わった。
あやしい……。
***
朝に壁ドンして、少々心優の怒りを買ってしまった気がした。だから、「俺の肩に寄りかからせた」なんて言ったら、きっと彼女は……。あれ。どういう反応するんだろう。
突然、好奇心が湧いてきた。
いや、ダメだ。彼女の怒りをこれ以上買うかも知れないようなマネはしてはいけない。
しかし、快斗の中では、好奇心も負けてはいなかった。
そうだ。彼女にちょっとしたドッキリを仕掛けよう。
快斗は、ニヤリと笑い、彼女にそれを見られないように口元を隠した。
***
ヤカンがピーッと音を立て、お湯が沸いた事を知らせた。
私は火を止め、ポットにお湯を注いだ。
ふ、と快斗の方を見ると、彼はボーッと窓の外を見ていた。いや、見てないな。完全に自分の中に入り込んでる。私だってよくやるから解る。すると、彼は突然ふっと笑い、口元を隠した。
普通なら、ドン引きするのかも知れないが、私は1ミリも引かずにただ頷いた。あぁ、リア充でも妄想はするのか。やっぱり、妄想は人間の生きる希望なのかしら。素晴らしい、妄想! ……なんて考えながら。
私は2つのマグカップに紅茶を注いだ。
私は、彼に紅茶を出し、自分は彼の正面に座った。と、いうか、そこが定位置だったから座っただけなんだけど。
「あのさ。」
10秒程の沈黙を破った彼は、マグカップを置いて言った。
「OWLさん、恋愛小説書くとしたら、どんなの書くと思う?」
お、おおう……。その話かね……。それは……知らないな。本人もそれわかんないからね。うん。もう少しでせっかくの紅茶を噴き出すところだったよ。
「どうだろう……。切ない片想い系?」
いやいや、書けるわけない。片想いなんて、動物園にいたワシとかにしかした事ないよ。人間相手なんて……無い無い。ありえない!
「俺もかな〜でも、意外と、平和な世界だったりして」
ごめんなさい。それもわからないわ。知らない世界。恋愛だけは、勉強してもさっぱり意味がわからない。それが私にとっての辛い現実なのだ。
私は部屋に入ると、快斗も部屋に入った事をこっそりと確認し、すぐにPCを開いた。
最近、全く小説が更新していなかった。よりによって、連載中の作品が。もう、どういう展開にしようか、とか忘れてますからね。
私は、PCのファイルを開き、話の構成を確認した。その確認も終わると、すぐに小説を書き始めた。
部屋の中には、キーを打つ音と、時計の秒針が振れる音だけが響き渡っていた。
30分程経ち、最新話を公開した。
私は、ホッと一息つき、閲覧数が増えていくのを眺めていた。
***
さっき電車の中で読んでいた本の続きを、ベッドの上に寝転がりながら読んでいると、机の上に置いてあったスマホがブーッと唸った。
快斗は本を閉じ、スマホを手に取ると、OWLが小説の最新話を更新していた。
彼は早速それを読む事にした。
しかし、それを5分程で読んでしまい、続きが気になって仕方がない。
そうだ、心優に知らせよう。
彼女もOWLのファンだと言っていた。もしかすると、既に読んでいるかもしれないが、それはそれで語り合える。
快斗はドアを開け、向かいの部屋にそっと入った。
あ。ノックするの忘れてたな。いいや。驚かしてみよう。
快斗は、気付かれないように彼女の背後に回った。彼女はPCの画面に釘付けだった。その画面には……。
「……え?」
思わず声が溢れた。目の前の彼女はビクッと肩を震わせて振り返った。
「ぎゃっ……‼︎ 快斗君⁉︎ なんで……?」
「OWLさん……の作品、更新されたよね……。ねぇ、それ……。もしかして……」
作者専用ページ。読者はその作品の閲覧数や掲示板以外の個人からのメッセージは見られないはず。だとしたら、心優が見ているこの画面は…?
「あ、あのね、快斗君……」
「もしかして、OWLさんって……心優だったの……?」
彼女は、ハッとして俯いた。そして再び顔を上げ、彼女は俺に言った。
「そういえばさっ! お昼ご飯まだだったねっ‼︎ 食べよっか!」
え? と快斗が彼女の顔を覗き込もうとすると、彼女は快斗の背中を押し、共に部屋を出た。
***
最悪の事態だ。快斗にバレた。今更誤魔化そうなんて、できっこない。
私は、チャーハンを作りながらチラリと彼の様子を伺った。
彼は、頬杖をついて私をじっと見つめている。瞬きひとつしていない。
「ほ、ほら、もうすぐ出来るから!食器出してよ!」
「……うん」
1秒すら私から目を離さない。やめてくれ。ちゃんと話すから、やめてくれっ……!
私は、チャーハンを2つの皿に盛りつけ、テーブルに運んだ。彼は相変わらず私を見ている。
「いただきます……」
「ます。」
おい。省きすぎだろ。舐めてんのか。
「あのさ……」
はい、キターー!
「心優がOWLさんってことで、間違いないの?あ、嘘つかないでね。」
「……。そうだよ。私だよ。OWLは」
仕方なく、告白した。
「あ。この事、誰にも言わないでよ⁉︎」
「わかってる。アレだけ話題になっても顔出し一切NGだもんね。周りからワーワー言われるの、嫌なんだろ?」
「……わかってるんじゃん」
なんだ。安心した。私がOWLだって事は「おたく」の住民は全員知ってる。彼らしか知らない。
「うん。美味い」
快斗は、そう言って笑った。
彼がこういう性格で本当に良かった。
私は、笑い返してチャーハンをかきこんだ。
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