世の中、素晴らしい…!
席替えをし、それぞれが自分の席に着く。私は1番後ろの窓側から2列目。そして左隣には
あれ。全員知ってるメンツだ。あれ。これって奇跡かな。これって、これって…
「八生。」
左隣から名前を呼ばれ、振り向くと、
『バスケの試合→今週末 土曜日(神尾総合体育館)10:00集合‼︎』
と書かれていた。
「えっ。早くない⁉︎」
私が問うと、彼は答えた。
「特等席なんだから、仕方ないでしょ。」
はぁ…。
「ほーう…。デートのお誘いですか?快斗センパーイ」
「よっしー!今度の試合の事だよ‼︎」
「ああ…なんだ。つまんねーの。」
何がだよ。
「み、心優…バスケの試合行くんだ。」
右隣から震えた声がした。
「…?佑も来る?」
「おぉ!小坂も来いよ‼︎特等席有るからよ!」
「…いや。いい…。」
チッ。釣れない奴。無愛想にも程があるだろ。
私は前の席に座る咲っぺの肩を軽く叩いた。
「…あのさ、バスケの試合って何か持っていくものあると思う?」
「…。特に無いんじゃない?私なんて、兄ちゃんの試合観に行っても、いっつもボーッと観てるだけだったし。ほら、ルール自体あんまり知らないし?」
「…同感っ!」
そう言って2人はクスリと笑った。
初日は、オリエンテーションがメインで、午前授業だった。
帰りのHRも終わり、クラスメイト達は腹を空かせながら帰って行った。
「咲っぺ、今日部活あるの?」
「うん…。ごめんねっ‼︎」
咲っぺは手を合わせて謝った。
「いいよいいよ。頑張ってね!」
「うん!ありがとう!」
陸上部は忙しそうだ。咲っぺは長距離の全国大会で入賞するくらいだし、歩だって高跳びの全国大会では、ギリギリ入賞に届かなくても、かなりの実力の持ち主だ。だから私は2人を応援する他なかった。仕方なく、1人で帰ろうと鞄を抱えたその時。
「八生。一緒に帰ろうぜ」
「壁ドンしないでよね。」
「根に持ってたの?本当にごめんって‼︎ワザとじゃないし!」
「後半は違った!」
「じゃあ、あの時押し潰されても良かったのかよ?」
ゔっ…。わかった。わかりましたよ。
「え⁉︎快斗、電車の中で壁ドンしたの⁉︎やるね〜」
卓人が会話に参戦してきた。
「別に、ワザとじゃ…」
「ふ〜ん。そーなんだー」
おいっ。卓人、その反応ムカつくからやめろ。
「あっ。俺も一緒に帰って良い?」
「どうぞどうぞ。君が居てくれた方が私も安心ですので。」
「おい。八生!」
私のおふざけが
「…。ごめん」
私は少し気まずくなり、教室を出た。
「…置いてくよ?」
ドアの前で立ち止まり、振り返った私の言葉に、2人はハッとして私の後を追った。
電車の中は、朝と違ってガラガラに空いていた。寂しいくらいに。
私達は並んで椅子に腰掛け、会話を楽しんだ。いや、バスケ部のお2人からバスケの面白さを延々と語られた、と言った方が良いかな。
「あっそろそろ降りる駅だから。じゃあな。」
そう言って卓人は話のキリの良いところで席を立ち、下車した。
気付くと、この車両には私と
「ねえ。」
「ん?何?」
「あのさ、タメなのに、苗字で呼ぶのに違和感感じてるのって、俺だけかな?」
ん?何を言いたいんだ…?
私は瞬きを繰り返した。
「だから、下の名前で呼ぶの、ダメかなって…。」
「え?別に良いと思うけど…?」
「よかった。」
ヤバい。可愛い。小動物みたい。頭撫でたいかも。
「心優」
「へ?」
「…試合、楽しみにしててな。」
「あ…。うん。」
ビッッックリした……‼︎ビックリしたよ‼︎突然、苗字じゃなくて下の名前で呼ばれるとこんなにも心臓がバクバクいうのかっ‼︎ホントにビックリしたぁ…
なんか、眠くなってきた…。
神尾高校の最寄駅から「おたく」の最寄駅まで、5駅。卓人が降りたのは1駅目。この辺りは東京と比べれば結構田舎だから、結構時間がかかる。
あと3駅…。本当にヤバい。ねむ…た……。
***
「…。寝てる…?」
快斗は、隣に座った女子高生をまじまじと見つめた。
マジで寝てる…。
そう思った瞬間、電車が停車し、心優の軸が傾いた。
危ないなぁ…。
と思った彼は、彼女の頬にそっと手を添え、自分の方へと引き寄せた。その時、電車が動き出し、彼女は快斗の肩にもたれるような形になった。
よく少女漫画とかで有りそうな、彼氏の肩に顔を乗せて眠る彼女…みたいなこの光景。
快斗は、周りに客が居なくて良かった、と溜息を吐き、本を開いた。
***
「…ゆう!心優!」
肩を揺すられ、目を覚ましたのは、丁度電車が動き出した時だった。
「次、降りる駅だよ。」
そう言われて私はハッとした。
寝てた。寝てたんだ、私…‼︎
「ねぇ、美山く…」
「名前。」
あ。下の名前で呼ぶんだっけ。
「…か、快斗…君…?」
君付けだけど、下の名前だから良いよね。呼び捨てなんて、そんな恐れ多い事出来っこない。
「私、寝てたんだよね?」
「うん。爆睡。」
「いびき…かいてなかった?」
「それはない。」
『は』って何⁉︎
「そっ…そっか…。」
私が視線を落とした時、一気に目が覚めた。
彼が手にしている本、それは私自身が書いたものだったからだ。初めてコンクールで入賞して、初めて書籍化した時のもの。それをっ…彼が今手にしている…⁉︎
「その本…。」
「え?あぁ、これ?OWLさんの小説、面白いよね。俺、本とかあまり好きじゃなかったんだけどさ、周りが皆読んでるから試しに読んでみたら、すっごいハマっちゃってさ〜今はもう、大ファン。これ読むのも、5回目くらい。」
その張本人が目の前に居るなんて、一緒にシェアハウスしてるなんて、思ってもいないだろうな…彼は。
「わ、私も〜…。お、OWLさんの小説好きでさ、OWLさんの書籍化した作品、全部持ってるんだ〜」
なんてな。出版社から贈られるんだよ。本を出した人は皆そうだと聞いている。少なくとも、私は貰ってますよ。
「マジで⁉︎今度貸してよ!」
「う、うん…。」
そんなに喜んでくれるなんて…。ありがとうございます…!感謝、感謝!
「でもさー。」
突然、彼の声のトーンが低くなった。
「OWLさんの小説ってさ、恋愛系1つもないよね。俺、読んでみたいなぁ〜OWLさんの恋愛小説。」
「ごめんなさい…。」
「え?なんで心優が謝ってんだよ!」
あ。やってしまった…!
「いや。なんか、OWLさん、きっと、そう思ってるのかな〜って…思って…」
無理矢理過ぎるよな。こんな誤魔化しかた、キツイよな…。
「…そうだな。」
引っかかってくれたあぁぁぁ‼︎‼︎ピュアかっ‼︎君は純粋な少年かっ‼︎素晴らしい!世の中、捨てたもんじゃないな‼︎
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます