ヤツは来た。
時間の流れとは、これ程早くて良いものなのだろうか。
あっという間に昼になり、午後3時のティータイムに。
私達3人はダイニングテーブルを囲み、沈黙の中お茶とお菓子を口にしていた。しかし、皆あまり進まない。
誰か、誰か何か話してくれっ‼︎ この沈黙はキツイッ……‼︎ 誰かぁぁぁっ‼︎‼︎
その時、私の思いを読み取ったかのようにチャイムが鳴った。まっさんは自室から飛び出してきては、小走りで玄関へと向かって行った。
(来た?)
(来たんじゃね?)
(いよいよだな)
(まず人柄を見てからさらけ出すかを判断しよう)
((うん))
3人は互いに目で会話をし、その後もリビングには緊張した空気が漂い続ける。その時、玄関の方からまっさんの明るい声が聞こえてきた。
「ああ! いらっしゃい、いらっしゃい! ささ、入って入って! 今は入居者全員揃ってるからさ。どうぞ〜」
「……どうも」
まっさんの勢いに完全に圧倒されたような、男子の声。
(なんか……聞いたことある声だな……)
(当たり前でしょ⁉︎ だってさ、同じ学校で学年も同じなんだよ? しっかりしてよね、心優)
(咲、心優に当たるなよ)
(当たってないし‼︎)
と3人の無言の会話が進むとともに、廊下から聞こえてくる2人分の足音が近くなって来た。そして……
ガチャ。
扉が開いたかと思うと、ヤツが姿を現した。あまりにも「リア充オーラ」が強すぎて、眩しいようにも感じる。『真のリア充 現る‼︎』とでも見出しが付いてきそうだ。
「……こんにちは」
ヤツの緊張したような震えた声が聞こえた。
眩しさに思わず細めていた目をゆっくりとこじ開けると、そこには、信じられない光景が広がっていた。
すらっと伸びた脚。程良くついた筋肉、そして、爽やかなイケメンスマイル…! そこに立っていたのは、学校で大人気のあの
美山快斗は、バスケ部のエースで、整った顔立ちと、スタイルの良さ、性格の良さから、学校中のアイドル的存在。一言で表すなら、爽やか系イケメン。
確かに、彼の笑顔はとてつもない威力を持っている。女子は皆、彼の笑顔でイチコロなのだから。
その時、隣から脇腹を肘で軽く突かれ、驚いて肩を揺らした。
(何ボーッとしてるの!)
咲っぺは先程よりも厳しい表情で居た。
私はごめん、と顔の前で両手を合わせ、相手が頷いたのを確認してから視線を目の前へと向けた。
正面には、いつの間にかヤツが座っている。少しビビった。
「……このお茶、美味しいですね。お菓子も」
彼は爽やかな笑顔でそう言った。私の左隣に座ったまっさんはウットリとした表情で彼に視線を送っている。
まさかとは思うけど、まっさん! その……「まさか」なの⁉︎
私は心の中でそう叫び、斜め向かいの歩に視線を投げかけると、彼も同じようなことを考えていたのか、表情が固まっていた。そして、目が合うと彼は苦い顔をして小さく首を横に振った。
咲っぺはまっさんを真顔でガン見したまま固まっていた。腐女子である彼女ですらドン引き。まあ、気持ちは解る。片方がイケメンでも、片方が容姿の怪しいオッサンって……。2次元で許せる例があっても……ねえ?
全会一致。まっさんはホモであった。
そんなことをぐるぐると考えている3人をよそに、ヤツは嬉しそうにお菓子を頬張っている。そして、お茶を一口飲み、深呼吸をすると、彼は口を開いた。
「あの、俺、来週、此処に引っ越す予定になっています。美山快斗です。よろしくお願いします」
そして彼は深々と頭を下げた。
おうおう。君はスゴイな。オタク3人と変態1人に向かって頭を下げられるなんて。立派すぎて涙が出るわ。つーか名前なら皆知ってるから!
「……あの、皆さんのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
なんだ、この輝きは。リア充オーラ全開だし、笑顔眩しすぎるし。この人は一体何者なんだ。ほんとに普通の男子高生? アイドルじゃない?
その時、左隣のまっさんがスッと手を挙げて言った。
「では、自己紹介、一番手、行きまーす」
その言葉に部屋中の視線が彼に集中した。
「ごほん。えー。
後半にいくにつれ、彼は早口になっていった。彼は、緊張するといつもこうなる。やはり、彼はホモなのか……?
チラリとヤツを見ると、彼は片方の眉を器用に上げ、視線を右斜め上へ向けていた。私には見える。彼の頭の上に「?」がある……!
「……あの、まっさん、のご本名は……?」
わかるわかる。私も初めてこのオッサンに会った時に思ったもの。あまりの怪しさに、本当に「おたく」ここで良いのか迷ったもの。
そのオッサンは、ヒゲの生えた口元に人差し指を当てて言った。
「ヒ・ミ・ツ♡」
おいーーーー‼︎‼︎‼︎‼︎ 最後のは何だよっ‼︎ ハートついてたぞ! しっかりしろぉぉーー‼︎‼︎
入居者3人は、そんなまっさんと、どこまでも笑顔のバスケ部エースを交互に見ていた。
「そうなんですか…。じゃあ、いつか教えてくださいね?」
バスケ部エースは少し首を傾げてさらに眩しい笑顔になった。そして彼は失神しそうなまっさんをよそに、そのまま続けた。
「あなたは……?」
ヤツの視線は、私の方へと向けられている。そうか。私か。一呼吸置いてから私は口を開いた。
「
出来るだけ、テンポ良く、淡々と済ませたつもりだ。今迄で1番良い出来の自己紹介だと思う。うん。
私が1人で満足していると、エースが言った。
「八生さんって、いっつも模試とかで学年トップですよね。廊下の貼り紙とか見て凄いな〜って思ってたんです。俺、勉強苦手なんで、今度教えてくださいね?」
「はあ……。はい……(?)」
私は笑顔の眩しさにあっけに取られ、気の抜けた返事をした。
「貴女は?」
エースは私から視線をずらした。
「
神尾の脚とは彼女のことよ。と、言いたいところだが、自己紹介の邪魔をしては悪いので、自分の中だけで済ませておく。
「あぁ、去年の地区大会で優勝してましたよね。大会新記録も出してて、凄かったです」
「ありがとうございます……」
咲っぺは人見知りが激しい為、返事は受け取り方によっては冷たく聞こえたかもしれない。
「……では、貴方は?」
咲っぺの返事に笑顔で頷き、隣に座っている歩の方へと体の向きを変えて言った。
「
歩はペコリと頭を下げた。
いやいやいや。幼馴染情報言わなくても良くない⁉︎ 嫌ってワケじゃないけどさ。幼馴染ってよく誤解されるじゃん!『え〜! 幼馴染なの⁉︎ いつから好きなの? いいよね〜幼馴染って。赤い糸で結ばれてる! って感じでチョー羨ましい〜‼︎』的な反応よくあるじゃん‼︎ややこしくなるからそういうのは……
「そうなんですか。幼馴染かぁ……。俺、転勤族で、そういうのいなかったんで羨ましいです」
おぉう‼︎ そういう「羨ましい」もあったのか! リア充は人をリア充に仕立て上げたりしないのか…! 素晴らしい‼︎
「そういえば」
1人で感動していると、左隣のオッサンが立ち上がった。
「もう少しで散髪の予約の時間だった。すっかり忘れてたわー。ちょっくら行ってくるわ。美山君はゆっくりしていってね」
あぁ……私の感動がオッサンによって掻き消された……。
「そっか。明日は株主総会なんだっけ? 別におめかしする必要ある?」
まっさんが出て行くと、咲っぺが口を開いた。
「確かに。散髪とか言っても、あの長髪が短髪になった事なんて一度もねーよな。口ひげだってあんまり変わんねーし」
と歩は少し不満そうに呟いた。
「そうなんですか……。え⁉︎ 株主⁉︎ まっさん、って……え?」
エースは目を丸くして3人の顔を見つめた。私達はしまった、と言うように顔をしかめる。
「まっさんって、大株主らしいですよ。怪しすぎるけど」
私は隠しても仕方がないので(と言うより、隠す必要も無さそうなので)説明を付け加えた。
「……そうなんだ……。……つーか、敬語、やめない? 俺たち、同じ家に住むんだし、家族同然じゃん!」
キラキラ〜とした彼の目には、私たち3人がしっかりと映っていた。
家族同然。その言葉は妙に私達の心に浸透し、みんなの表情が少しずつ和らいできた。
「そ、そうだね。じゃあ、敬語やめ‼︎」
咲っぺは元気良くそう言って笑った。
凄い…! 超人見知りの咲っぺが、ほとんど知らない人の前で笑った! リア充パワーすげー‼︎
「俺の事は快斗って呼び捨てでいいから。気軽に、ね?」
「わ、私の事は、好きに呼んでいいから!」
「私も!」
「俺も……」
「では、来週、よろしくお願いします」
16時頃、
私達3人は、会話を楽しみ、満腹だった。
この夕焼けのように……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます