Welcome to our house!

水楢 葉那

春休み

春休み、進級の日。我が家「おたく」で。

 4月1日。エイプリルフール。

 今日から此処に住むのか……。

 昨年の今日、私はシェアハウス「おたく」の目の前で大きな荷物を抱えて扉が開くのを待っていた。

 高校進学と同時に、親の海外赴任をキッカケに、シェアハウスに住む事になった。親に「1人暮らしがしたい」と強請ねだった結果である。

 此処はまるで天国だ。そう、だって此処は……


「おーい。朝ご飯出来てるぞー」

 ベッドの上で大の字になっていた私は聞き慣れた声とドアをノックする音で我に返る。

「ほーい」

 気の抜けた返事をして、椅子に無造作に掛けられたパーカーを片手に扉を開けると、朝食の香りが辺りを包み込んだ。

「今日はあゆむ特製のフレンチトーストだって! 早く食べよう心優みゆう!」

 親友であり、「おたく」のハウスメイトの1人、北野きたのさきが私の背後に回って背中を押してくる。

「咲っぺ、声デカイ」

「なんで10代が二日酔いのオッサンみたいな事言ってんの。寝坊した心優が悪い〜」

「すんませんね……」

 一階に下りていくと、ダイニングテーブルに人数分の皿が並んでいた。

 真っ先に席に着いて新聞を広げている長髪&口ヒゲの、とっっっても怪しい容姿のオッサンは「おたく」のオーナー“まっさん”。

「何? 咲っぺ、もしかして俺の事言ってんの? 二日酔いのオッサンって」

「そーかもしれませんねぇ……」

 と彼女は怪しげな笑みを浮かべながら定位置に着いた。

 私もそれに習うようにして隣に座る。

「心優、頭バクハツしてる」

 片手にフライパンを持ったこの少年は私の幼馴染であり、同じく「おたく」のハウスメイト、小坂こさかあゆむ

「ん? そう言う歩も髪の毛逆立ってるよ?」

「知ってる。つーかいつもの事だから」

 彼はそう言ってフライパンを流しに置き、席に着いた。

「でもいつも以上に酷いよ。ちょっと前のめりになってる」

「後で直す。つーか咲っぺ、またセノビ○ク飲むのかよ。いい加減諦めろ」

「いやですぅー。身長まだ必要なんですぅー」

「咲っぺ……今のままで十分だと思うけど……?」

「心優! なんてこと言うの? 私、との身長差が12センチになるまで諦めないわよ‼︎」

 咲っぺはワザとらしい演技でいった。彼女は現時点で身長165センチ。「彼」とは、彼女が好きな二次元の人物を示す。彼女の情報によると、「彼」の身長は180センチの設定らしい。彼女が身長を欲しがっているのはそれが要因。

「世間では『身長差12センチが理想的』とかいうけど、本当にそうなのか?」

 歩はそう言ってフレンチトーストを頬張る。

「知らないけど……。まぁ、咲っぺがそうしたいなら良いんじゃない?」

 とまっさんがコーヒーを啜る。

「そう言えば歩、映画の前売り券、買えた?」

「おう。ギリギリでな。グッズもちゃんとゲットしたからな」

 ドヤ顔の彼に、マジか、と呟き、咲っぺはセノビ○クを一気に飲み干した。

 歩がゲットした映画の前売り券とグッズは、彼が好きなアニメの物。

「心優は観に行くの?」

「ううん。行かない。お財布の健康を考えたら厳しい」

「意味はなんとなくわかるけど、お財布の健康って……」

 まっさんは苦笑いして新聞を閉じた。

「あれ? まっさん、新聞読んでたのかと思ったら!」

 咲っぺはまっさんの手元の本を指差した。彼は新聞を読むふりをしてカメラの雑誌を読んでいたようだ。

 その必要性あるのかな。

 それぞれが朝食を済ませ、洗い物係に当たっている咲っぺが皿を下げ始める。私たちは、それを合図に動き始める。こうして「おたく」の1日が始まるのだ。


 お気付きだとは思うが、一応言っておくと、このシェアハウス「おたく」は、オタクの集まりなのである!

「おたく」という名前は、まっさんの「オタクしかいないから」という発言によって名付けられた。

 親に強請ねだり、1人暮らしは許されなかったものの、このシェアハウスは「オタクの家」という事で、親の目を気にすることなくのびのびとオタクライフを楽しめる、天国のような家なのだ。

 歩は、私がシェアハウスに住む事を聞き「心優だけなんて不安」と言って一緒に此処に来た。多分、彼も親の転勤があったからだろう。咲っぺはシェアハウスに来て初めて知り合った。彼女はこの地域出身ではなさそうだ。しかし偶然にも学校もクラスも同じということもあり、あっという間に仲が良くなった。まっさんは、正直詳しい事は知らない。謎多き人物だ。噂によると、大株主だとか……。



「心優、歩のこと呼んできてくれないか?」

 リビングのソファーでTVを観ていると、まっさんが話しかけてきた。

「良いけど……」

 私はため息混じりに言って二階へ上がった。

「歩ー?まっさんが呼んでるよ」

「AYUMU」と書かれたプレートを下げた扉をノックし、声を掛けると、彼は面倒臭そうな顔を覗かせた。


「何?急に」

 再びダイニングテーブルに全員が着席し、歩が不満そうに言った。

 するとまっさんは咳払いをし、真剣な顔で言った。

「さっき、朝食の時に言い忘れてたんだけど……。新しい入居者が決まりましたぁーー‼︎‼︎」

 1人で手を叩いて喜ぶ彼に、

「「「え。」」」

 私たち3人は同時に同じ反応。

「それでな。その入居者が今日、此処に来るんだよ。あ、まだ引っ越さないけどね。来週だったかな?」

「時間は?」

「……午後のティータイム辺りを目掛けて来るらしい」

 へー。と皆の反応は薄い。そこで私は最も気になることを彼に問うてみた。

「その人は、オタクなの?」

「……それがな、この前直接会ってみたら、オタクオーラ0なんだよ。それどころか、リア充オーラがキラキラ〜って感じ」

 まっさんがそう答えた瞬間、部屋の空気が凍りついた。

 聞かなきゃ良かった……。

「その人は……どこの学校なの? 何歳? つーか、男? 女?」

 咲っぺは身を乗り出して質問を次から次へと投げかけた。

「君達と同じ神尾高校、同い年。男。以上! その他の質問は受け付けません! 会ってからのお楽しみです!」

「何だよソレ‼︎」

「もっと教えろ!」

 などとブーイングの嵐。まっさんはそんなことなど全く気にする素振りも見せずに席を立ち、自分の部屋に籠もった。

「くそッ‼︎ 逃げやがったぞ! あのオッサン‼︎」

「落ち着け! 歩‼︎ 撮りためたアニメ観て、グッズ眺めて、妄想して気持ちを沈めよっ‼︎」

「咲っぺが一番落ち着いてないよ」

「うるさい! 心優‼︎ こうなったら作戦会議じゃ‼︎」

 彼女は叫び、席に着いた。歩は彼女が黙ったのを確認してから口を開いた。

「相手がオタクでは無いとすると、やはり我々の生活を見てドン引き間違いなしだ。ここで……。一、オタクをさらけ出す。二、オタクを頑張って隠す。三、相手をこっちに引きずり込む。のいずれかになると思う」

「ふむ。一だと相手はドン引きする。しかし、オタクという偏見を解消してくれるチャンスでもある……」

 歩の言葉に私は頷きながら呟いた。すると今度は咲っぺが口を開いた。

「二は、いつかバレる可能性が高い。それに、この膨大なグッズや同人誌薄い本をどうするんだ。危険すぎるぞ」

「確かに。三は、相手がなかなか手強い可能性もある」

「…じゃあ、決まりだな」

「「「一に決定!」」」

 それぞれが互いを人差し指で指し、それを合図にしたかのように解散した。

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