第3話



 桜ちゃんはどうやら和菓子に興味を抱いてくれたようで、「水羊羹以外も食べてみたい」と言ってくれました。なので私は母にお願いし、いつもお弁当と一緒に入れてもらっているお店の余り物を二人分に増やしてもらうことにしました。(もちろん、そのうち一つはとびきり綺麗なものを。)

 その日に持って行ったのはかりんとうでした。「お友達になって」と言われたあの日から、桜ちゃんは私と二人でお昼を食べてくれます。私はそれが嬉しいことに変わりはなく、もちろん毎日舞い上がるような心持ちで、お弁当の味もろくに分からないようでした。しかし、どうもそれまで桜ちゃんとお昼を共にしていた女の子達の視線の様なものが気になるようで、私はそわそわと落ち着かないのです。それでいて桜ちゃんはその女の子達が此方へ来ても「お昼は杏と食べるから」と言って彼女達を追い払ってしまうのです。私は桜ちゃんの側に居ることが出来るのならそれだけで満足でしたが、彼女達と仲良くすることも可能であるのならばそれも好いという考えでしたので、幾度か彼女に「あの子達とは一緒に食べなくていいのですか」と尋ねたのですが、彼女は決まって「私は杏と二人で食べたいのよ」という返事と共に柔らかな微笑みが返ってくるのでした。

 私も私でそれ以上何も言わないのです。ええ、そうです。のではなくのです。つまり私は、今迄一緒にいた彼女達よりも自分を優先してもらえていることに一種の愉悦の様なものを感じていたのでしょう。

 そんな私の心を知ってか知らずか、桜ちゃんは楽しそうにかりんとうをつまんでいます。

「……美味しい、ですか?」

 私がそう聞くと、桜ちゃんは決まって答えるのです。

「ええ、とても。」と。



 かりんとうを食べ終わり、桜ちゃんがお手洗いに立ちました。私はついて行ったりはしません。桜ちゃんはどうやら、そういったことを嫌う様に感じていましたから。私は彼女が戻って来るまで、「明日は何を持って来ようか」といったことに思いを巡らせていました。そんな私の元へ、誰かが近づいて来ました。そちらに目を向けると、桜ちゃんといつも一緒にいたあの女の子達なのです。

「ねぇ原田さん」

 桜ちゃんを取り囲んでいた女の子の中でも、いつも桜ちゃんに一番べったりとくっついていた森田さんが、意地の悪そうな笑みを口元に貼り付けながら私の名前を呼びました。

「な、何かご用ですか……?」

 私が何かしたのでしょうか。やはり、彼女達は突然桜ちゃんと二人でお弁当を食べるようになった私のことを快くは思っていないのでしょう。もしかしたら、彼女達からすれば私は桜ちゃんを奪った罪人のようなモノなのかもしれません。

「ねぇ原田さん。あなた最近二宮さんと仲が良いのね。」

「は、はい……。ええと、桜ちゃんが、お友達になろうって言ってくださって……」

 私の返答に、クスクスと小さな笑い声が聞こえました。

なのに、二宮さんに敬語を使っているの?原田さんって、とても変わっているのね」

 彼女が何を言っているのかわからず、私は黙っていました。だって、桜ちゃんに敬語を使うなんてことは当たり前なのです。他の人へならまだしも、友人であるないに関わらず、桜ちゃんに敬語を使わないなんてことはあってはならないのです。

 私の沈黙を相手がどうとったのかは分かりませんが、彼女達はどこか勝ち誇ったような面持ちで言葉を交互に続けていきます。

「敬語を使ってるってことは二宮さんのこと、本当は友達だって思ってないってこと?」

「何それ酷い。二宮さんに失礼じゃない?二宮さんが可哀想よ」

「あなたがいつも一人ぼっちだから、二宮さんが気を遣って相手してくれてるのに……。あぁ、二宮さん可哀想」

「二宮さんが少し優しくしてくれたからって、少し調子に乗ってるんじゃないかしら?」

「まぁ、とんだ見当違いも良いとこね。二宮さんはあなたに同情しただけなのに。きっと二宮さんも困ってるわよ」

 そうなのでしょうか。そうなのかもしれません。そうだとして、彼女達はどうしてそれが分かるのでしょう?桜ちゃんがそう言ったのならそうなのでしょう。けれど私は、彼女の口から聞いたことしか信じません。信じる必要がありません。桜ちゃんは「杏と二人でお昼を食べたい」と言いました。桜ちゃんがそう言ったのです。それならば、その言葉を信じないでどうすると言うのでしょう?

 だから私には、彼女達の言っている意味がわからなかったのです。


「とんだ見当違いもいいとこなのは、杏じゃないわ」


 目の前の彼女達の向こうから、凛とした声が響きました。

「桜ちゃん……」

 私が呟いた名に、森田さんの顔が醜く引きつりました。

「私は何も困ってなどいないわ。杏とお友達になりたいと思ったのは私で、そこに同情なんて微塵もないもの。貴女達こそ、で私の大切な友人を困らせないでくれるかしら?」

 大切な友人。桜ちゃんの、大切な。私が、こんな私が。

 私は彼女達に言われたことも全て忘れて、ただ桜ちゃんの言葉に心を震わせました。

「桜ちゃん、お帰りなさい」

「杏、待たせてしまってごめんなさい。今日は少し混んでいたの」

「仕方のないことです。気にしないで」

 私はこの時、先程まで話していた彼女達の存在を本当に忘れてしまっていたのです。桜ちゃんがどうだったのかはわかりませんが、ただ、私達二人は何事もなかったかのように、森田さん達を無視するようにして話し始めました。

 もちろん、彼女達にとってはそれが面白いハズもありません。

「ねぇちょっと……」

「ごめんなさい森田さん。私、杏にお話があるの。貴女達の話も後で聞くから、それでいいかしら?」

 桜ちゃんの有無を言わさない物言いに、森田さん達もおずおずと引き下がりました。

「そうだ杏、明日のお昼は外で食べない?」

「外、ですか?」

「ええ。温室があるのは知ってるでしょう?その中にね、ちょっとした椅子なんかが置いてあるの。お花も咲いているし、ちょうど良いんじゃないかと思って」

 お花に囲まれた桜ちゃん。想像しただけで美しい構図です。私はこくこくと頷いて彼女の提案を承諾しました。

 もしかすると、森田さん達の視線に私が居心地の悪さを感じていたことに桜ちゃんが気づいてくれていたのでしょうか、などと考えることはやはりおこがましいことかもしれません。けれど私は、そう思いたいと思いました。


 私はふと、桜ちゃんにどうしても聞いてみたいことができました。

「あの、桜ちゃん」

「なぁに、杏?」

「一つ、聞いても良いですか?」

「構わないわ。どうしたの?」

「……何故桜ちゃんは、私と一緒にいてくれるのですか?…私である理由は、あるのでしょうか?」

 それは、もしかすると森田さん達の言ったようなことを自分でも心のどこかで思っていたから生まれた質問だったのかもしれません。

 彼女は私の質問に、きょとんとして答えました。

「わからないわ。私は杏だから一緒にいたいと思ったの。何故かと問われてもわからないし、杏がいなければ杏に興味を持つことはなかったわ。杏じゃない誰かに興味を抱いたかもしれない」

 ——けれどやっぱり、杏だったのよ。そう言って、桜ちゃんは優しく笑いました。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る