ホツツジの咲く頃に

@eric

第1話

 「樹木葬」という言葉を初めて聞いたのは、2011年夏に義母が亡くなった直後のことだ。それは、義母が闘病中、娘である私の妻に語った遺言だった。

 義母は現在、岩手県一関市で樹木葬の永年供養を行っているお寺「知勝院」に眠る。年1度の義母の墓参りは、私たち家族の恒例行事だ。

 9月、一ノ関駅の新幹線ホームに降り立つと、少し肌寒かった。今年も家族3人で自宅のある横浜から新幹線でやって来た。

 駅からはレンタカーのミニバンを借り、西へ約14キロ離れた知勝院に向かう。私は今回で5回目だが、3月に産まれた息子にとっては初めて。念のため持参した黄色のウインドブレーカーを息子に着せ、出発した。

 駅から車で30分。国道を離れるとすぐに緑が多くなり、田畑が現れる。小川が流れ、さびたトタン屋根のバス停が立っている。日差しを浴びた稲は、まぶしいくらいに黄金色で、稲刈りする農家の姿もあった。

 毎回思うが、まるで映画に出てくるような田舎の風景だ。

 義母は2011年8月にがんで亡くなった。52歳だった。花が好きだったという義母の遺言で、遺骨は樹木葬という方法で埋葬された。墓石の代わりとして、樹木や花を植えるのだ。

 山麓にある知勝院は1999年、日本で初めて樹木葬を行ったお寺とされ、度々新聞でも取り上げられている。裏手に、カエデやツツジが茂る里山が広がり、一画が埋葬地になっている。 遺骨は2~3年で土にかえるといい、義母の遺骨の上には、ホツツジが植えられた。

 お寺に着いて、義母が眠る里山までは歩いて登る。400メートル程の緩やかな坂道。道ばたで、紫のサワギキョウ、橙色のフシグロセンノウが咲いていた。9月だというのに、アジサイもかろうじて青を残していた。右手にアサザが浮いた小池が現れると、もうすぐでお墓に着く。今年は池をのぞきこむとオタマジャクシが見えた。

 まだ歩けない息子は、妻に抱かれたまま、頭上を飛ぶトンボを不思議そうに見つめていた。

 妻子の少し後を歩いた私はふと、「やがてこの坂道を、息子は元気に駆け上がっていくのだろうな」と思った。

 都心とは全く違うこの風景を、息子はどんな気持ちで眺めているのだろう。

 私は幼い頃、祖母の家に遊びに行くのが楽しみで仕方がなかった。実家から車で30分の隣町だったが、それでも子供の頃は長く感じた。

 車窓からいつも目印にしていたのが、国道右手の会社の看板だった。カタカナで確か「ニチユ」と書いてあった。私はこの看板が視界に入るとワクワクして、運転する母に必ず「ニチユが見えてきたから、おばあちゃんちもうすだね」と声をかけた。

 息子はこの先、何を目印にするのだろうか。小川か、トタン屋根のバス停か。あるいは、一ノ関駅の新幹線ホームに降り立った時かもしれない。その時にきっと、「もう少しでおばあちゃんのお墓だ」と思うに違いない。

 山に囲まれた知勝院には夏、ノコギリクワガタやハッチョウトンボ、エゾゼミもたくさん飛来するらしい。息子も年1回の一関の墓参りを心待ちにすることだろう。

 死を覚悟していた義母は、樹木葬関連の記事を切り抜いていたほどだったから、強い思いがあったはずだ。病床でも妻に、「花に生まれ変わりたいなぁ」と語っていたという。 花について全くの門外漢な私だが、この地に来るようになり、美しい山々の景色を見て、おいしい空気を吸い込むと、義母の気持ちが少し分かるようになってきた。

 景色をゆっくり眺めながら歩いて10分弱。お墓に到着。義母のホツツジは、植えた直後はくるぶしほどの高さだったが、膝の位置まで青々と生長していた。このホツツジ以外にあるのは、名前の記された木製のプレートのみ。その名前のマジックも、薄くなって消えかかっていた。周囲を見渡しても、「墓地」という感じは全くしない。義母の好物だったという赤飯をお供えし、線香をあげ、住職がお経をあげた。

 そこから30メートル程離れたところにはペット専用の区画があり、2012年に亡くなった義母の愛犬「バディー」も眠っている。妻は来る度に、「ママ、バディーとちゃんと散歩してるかなぁ」とつぶやく。初来訪の息子も、両手を合わせて「なむなむ」し、ホツツジの葉っぱを触って「バイバイ」した。

 住職が帰りの道中、「7、8月頃になると、円錐状の白い花を付けるようになりましたよ」と教えてくれた。そういえばまだ、ホツツジの花を見たことはなかった。

 来年はホツツジの咲く頃に、来よう。

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